「ちがうだろ!!」
 おれは真っ赤になって、立石をどんと突きとばそうとした。けれどもやはり、やつの腕のなかでもがくだけで、どうにもならない。
「なんのつもりだよ……」
「なんのつもりって、先輩のこと好きだから」
「え……」
 おれは唐突に、あの日の記憶を思い出した。
『……先輩……好き……だ……』
 鼻にかかったような甘い声。
 ドキッとした。
 あれは、あれは!
「おれ……先輩のこと——」
「まっ、待て」
 もしや、おれのことだったのか!? あの先輩っていうのは! すぐさま確認したかったけれど。
「言わせろよ」
 立石はおれの肩をまわし、正面からまっすぐ見て言った。
 おれは無意識にうめき声をあげていた。
「や、やだよ」
「どうしても?」
 立石は傷ついたような顔をしていた。でも、こういうことに慣れていなかったおれは、思いやることができなかった。
「おれたち、おと、男どうしだぞ。おまえモテるんだし、わざわざおれなんか選ばなくても……」
 だけど、立石は真剣な目をして続ける。
「先輩といっしょにいれば、おれ……変われる気がするんだ。もっとちゃんと誰かを大事にして、ちゃんとがんばれる気がする。だからさ……おれを嫌いになんなよ」
 ぎゅっと胸が締めつけられた。こんなまっすぐな気持ちをぶつけられて、おれは返す言葉を探せなかった。
 でも知っていることがある。それは、立石がいいヤツってことだ。それだけは、なんにも変わりはないんだ。