ようやく立石は、肩で息をしながらも、落ち着きを取り戻した。おれがすすめたイスに座って、奥歯をかみしめている。
「バカだな……あんなの。気にするなよ、ほっとけばよかったのに」
 本人がこう言ってるんだ。でも、そう言われたからって、怒りはおさまらない様子だった。
「気にするだろ普通! あいつら、先輩のこと何も知らねぇのに」
 なんか意外だった。いつもの立石じゃない。
「立石だって、おれのことそんなに知らないだろ?」
 そう言った瞬間、立石は強く、おれを見据えた。
「……知ってるよ」
「え?」
「帆高先輩がどうして絵を描いてるのか。どんな夢を持っているのかまで」
 にわかに、鼓動がはやく打ちはじめた。
「それ、どういうこと……? なんで立石が知ってるのさ?」
 歯の間から息を押しだすようにたずねると、立石は口もとを引きしめた。
「偶然だけど、進路指導の先生と話してるのを立ち聞きした。先輩、プロの絵描き目指してるって。そのために美大にいくって」
「!」
「それから毎日、帆高先輩が美術室で絵を描いてんの見て……おれ、すげーかっこいいなって思ったんだ。自分は何も考えてなくて、今がよければいいって思ってて、なんかかっこ悪くて……恥ずかしくなった」
 立石がポツンポツンともらす言葉は、いつもみたいに軽くない。芯のある、熱のこもった声だった。
 まさか、かっこいいだなんて。そんなふうにおれを見ていたなんて。知らなかった。全然気づかなかった。胸の内がじんわりと温められ、何も言えなくなる。
 立石の瞳が光を反射して、きれいだ。ふいに、なんの脈絡もなくそんなことを思ってしまった。