男は黙って階段を上がっていく。
「ねえ、なんで助けてくれたの!?」
その黒いマントの背中に向かって、リンネは素直な疑問をぶつけた。
見目麗しい古代種だが、魔力の使えないはぐれエルフの群れは世俗を離れ、とにかく人目につかないように逃亡者さながらの生き方を迫られてきた。群れの中での暮らししか知らず、外部の者とほとんど交流したことのないリンネは、見ず知らずの男のとった行動の理由が想像できない。
(とりあえず、助けてくれたし、悪いやつじゃなさそう……たぶん……)
などと楽観的なことを思いながら、リンネは男の後をついていく。
「俺は奴隷が好きじゃない。それで商売しているようなやつらはなおさらだ」
だが、返ってきた言葉は辛辣なものだった。
「このエスメラを含む大陸の連合〝セントラル〟は未だに奴隷制が横行している。お前のような人間以外の種族……非人間族はもちろん、教会から異端とみなされた魔法を使う者は、人間だろうが奴隷に堕とされる。どんなに優れた知恵や技を持つ者でさえ、権力者にとっては道具扱いだ。連合の許諾した教会に属する清く正しい魔術師しか自由を持てないなんて、そんなのは御免だ」
リンネは男が何を言っているのかよくわからなかった。
だが、奴隷の悲惨な扱いが好きじゃないので助けてくれた、という予想は当たっているのかもしれない。冷たく見えるが、結構いいやつなのかも……とリンネは子どもらしく楽観を重ねながら男の振るう力を見た。
紅い宝石の指輪をかざすだけで、石の建造物は崩落し、男とリンネを追ってくる兵士たちの道を閉ざしていく。
(魔法って便利なんだなぁ)
地上に出ると、奴隷を扱う商店が軒を連ねている市場は戦争状態だった。
あちこちで悲鳴と怒声が聞こえる。市場じゅうの檻の鍵ははじけ飛んで、力自慢の奴隷たちが市場の番兵たちと戦っていた。
流血と暴力が横行する現場を前に、リンネは萎縮して前方にいる男の外套を掴んだ。男はちらりと振り返ったが、何も言わずリンネに合わせて歩みの速度を緩める。
通りを抜け、街角に出た瞬間、リンネの視界を大きな影が覆いつくした。驚いて顔を上げると、男と同様に灰色の外套とフードで身を包んだ顔の見えない男がそこに立っている。
男は魔術師よりも長身で、肩幅もあった。おまけに、背中には驚くほど巨大で分厚い剣を背負っている。
あまりの恐怖にビクン!と肩が震えた。とっさに魔術師のマントをめくって、その中に隠れようとする。
「おい、こら、入ってくるな。こいつは俺の〝従魔〟だ」
魔術師はひっついてくるリンネの頭を押し戻そうとして言った。
言われてもすぐリンネは納得できず、ぷるぷると震える身体をマントで隠しながら灰色の男を見る。
濃い灰色のフードの中に一瞬、褐色の肌と彫りの深い顔立ちが見えた気がするが、それは彼がフードを目深にかぶり直したことですぐ見えなくなる。
男は低い声で魔術師に問うた。
「マスター。俺は何をしたらいい」
「適当にそのへんで奴隷たちの味方をしろ。もうすぐ都市の警備についている魔導士軍団がおでましになるだろう。そいつらは俺が相手をするから、それまでに奴隷たちを導け。落ち合う場所はオアシスの隠れ家だ。いいな?」
「承知した」
簡潔な言葉でやりとりして、灰色の男は機敏にその場を後にした。
会話に取り残されたリンネはやや呆然として魔術師を見る。
「時間がない。行くぞ」
そう言って彼は歩みを再開した。
手の中からするりとマントが抜け落ちていきそうになり、リンネは慌ててその端を掴み直しながら歩き出す。
市場では、戦える奴隷以外の、女や子ども、力の弱い者が檻を出てもいいのかとおろおろと情勢を見守っていた。
そこを黒衣の魔術師は訪ねていき、「灰色のマントの男の後を追え」と指示していく。
奴隷たちを逃すまいと番兵たちは押し寄せたが、またしても男が指輪をかざし、石造りの建物を崩落させ、奴隷たちだけの退路を創り上げた。
「その指輪、すごいすごいっ! もしかしてわたしでも使える!?」
「〝石の言葉〟と俺の魔力があってこそ使える力だ。たやすく言うな」
「ふーん……そうなんだあ!」
魔術というものを間近で見た試しがなく、リンネは興味津々にその光景を眺めた。
市場を一通り巡ると、魔術師の男は街の目抜き通りへと躍り出る。
奴隷以外も扱う商店や露店が並ぶ通りは今や無人だった。商売人や住民は奴隷たちの叛乱騒ぎを受けて、家に立てこもっているらしい。
男は大きな通りの真ん中を堂々と渡った。
まるで誰かに見つかってほしいと言わんばかりに。
リンネの胸はどきどきと鼓動した。こんな都市の広い通りを歩くなんて、ちょっと前の暮らしでは想像もできなかった。はぐれエルフの群れは常に人里を避け、人目を偲び、人間の文明から隔絶された自然の中を生き延びてきた。
それがある日、平和な群れは人間に襲撃され、リンネは仲間のもとから引き剝がされた。
群れの仲間たちも奴隷商の手にかかって売り飛ばされた。人間にとって魅力的な造形をしたはぐれエルフたちをまとめて取引するのは、富と権力のある王侯貴族でさえ難しい。ひとりひとり、個別に取引された。そして、リンネだけが大陸連合の南端、砂漠の都市エスメラまで移送され、数週間を色んな人々の好奇の目に晒されて過ごしてきた。
きっと仲間も同じ思いをしているに違いない。
リンネが自分の唇を結び、手の中のマントもきゅっと握り締めると、魔術師は突然立ち止まった。
その瞬間、ローブを着込んだ人々がそろりそろりと歩調の合った動きで現れ、目の前に立ちはだかった。赤銅色のローブに、同じ紋様の刺繍がされた、格調高い制服のようなそれは、一見して彼らの地位の高さを思わせる。
「〝異端者〟め。奴隷どもを救う英雄にでも名乗りをあげる気か」
侮蔑に満ちた台詞を吐き、彼らは男を睥睨する。
「教会の犬どもに異端呼ばわりされるいわれはない。お前らの石頭で、俺の扱う魔術の高貴さが理解できるとも思えんがな」
「貴様!!」
あくまで涼しく反論した若い魔術師に、ローブの男たちはいきり立つ。
彼らにとって、教会の教えにない魔術がいかに忌まわしく、憎むべき存在であることか。
彼らの信じる魔術とは、世界の正義であり、人々の規範であり、権威そのものだ。
その絶対的な秩序に反する存在は認めない。そうやって、彼らは己の信じるものだけを強固な足場として、今の世界を造り、適応外の存在たちを弾圧してきた。
その行動の結果が、奴隷市場だ。
「――≪炎獄灼禍赤竜砲≫!!」
男たちが一斉に荘厳な呪文を唱えると、虚空からおびただしい数の火矢が現れ、リンネたちをめがけて殺到してくる。
闇夜を裂く眩い火花に、リンネは臆し、手にしたマントで目の前を覆い隠そうとした。
だが、彼は漆黒のそれを翻し、リンネの目の前を明らかにした。押し寄せる火矢の大群に、エルフの少女が息を呑み、恐怖したその瞬間。
「【反射】」
ぱちん、と黒衣の魔術師が指を鳴らす。
一斉に飛び掛かってきた火矢は、男の身体に達する直前、急に軌道を返し、やはり一斉に飛び立った。
赤いローブの男たちの頭上に火矢が降り注ぐ。
一瞬にしてリンネたちの目の前は火の海となった。
激しく燃え盛る炎に白い頬と金の髪を照らされ、橙色にかがやきながら、リンネはその情景に言葉を失う。
反旗を翻した自分たちの呪文に攻撃され、赤いローブを燃やされる男たちは悲鳴をあげながらも、次の呪文の詠唱にとりかかった――それより先に、黒衣の魔術師が虚空に手を伸ばす。
「リンネ。俺がお前に〝新時代〟の魔法ってやつを見せてやる――」
彼が何もない宙を弄る。そこだけ景色が歪曲し、収束して、黒い穴が穿たれた。
その闇の中に拳を突き入れ、引き戻すと、男の手の中には長い錫杖が握られていた。
百年を自然の中で生きてきたリンネが見たこともない、黒灰色の木目でできたそれは、先端に蒼く黒くかがやく宝玉を掲げ、そこからでたらめな、闇に覆われた夜を一瞬にして晴らすほどの極光を放った。
「【火球】」
冷静に、ひどく簡潔に、呪文は唱えられた。
杖の先にかがやきが集まったかと思うと、それは赤く燃え盛る炎となって渦巻き、目で追う暇もないほどの速度で巨大化した。
その灼熱のかがやきは夜の闇のすべてを焼き尽くし、都市すべてを明るく照らすほどかと思われた。
家に退避していた住人たちは、あまりの明るさに何が起こったのかと窓や扉の隙間から外の大通りの様子をたしかめる。
彼らが目にしたものは、まさしく砂漠に太陽が落ちてきたような圧倒的な光の海――そして、爆発だ。
地表に着弾し、大炎上した火球は、一本の巨大な火柱となって天を昇った。
爆風に黒いマントとリンネの髪がたなびく。真昼のような清冽な光を町じゅうに放って、燃え盛る天の火柱を前に、蒼き漆黒の宝玉は静かに沈黙した。
杖を収めて、燃え盛る火の海を横目に、男はリンネを振り返る。
「これが――魔法?」
ぽかんと口をひらいたリンネは、震える声で訊ねた。
火柱の立てる風に煽られた黒いフードから、男の顔がこぼれ出る。
長い黒髪に、紫色の闇を浮かべた瞳。
フードを被っていてもわかった端整な顔立ちが今あらわとなって、リンネの視線を奪った。
「ああ、正真正銘の魔法だ。今のところ、俺だけが世界で唯一使える、な」
彼女が生まれて初めて出会った魔法使いは、どこか勝利を宣言するとも、皮肉ともとれるつぶやきをこぼして、――微笑った。
リンネは男とその後ろでかがやく火柱に魅入られたように言葉を失って、しばらく立ち尽くしていた。
「ねえ、なんで助けてくれたの!?」
その黒いマントの背中に向かって、リンネは素直な疑問をぶつけた。
見目麗しい古代種だが、魔力の使えないはぐれエルフの群れは世俗を離れ、とにかく人目につかないように逃亡者さながらの生き方を迫られてきた。群れの中での暮らししか知らず、外部の者とほとんど交流したことのないリンネは、見ず知らずの男のとった行動の理由が想像できない。
(とりあえず、助けてくれたし、悪いやつじゃなさそう……たぶん……)
などと楽観的なことを思いながら、リンネは男の後をついていく。
「俺は奴隷が好きじゃない。それで商売しているようなやつらはなおさらだ」
だが、返ってきた言葉は辛辣なものだった。
「このエスメラを含む大陸の連合〝セントラル〟は未だに奴隷制が横行している。お前のような人間以外の種族……非人間族はもちろん、教会から異端とみなされた魔法を使う者は、人間だろうが奴隷に堕とされる。どんなに優れた知恵や技を持つ者でさえ、権力者にとっては道具扱いだ。連合の許諾した教会に属する清く正しい魔術師しか自由を持てないなんて、そんなのは御免だ」
リンネは男が何を言っているのかよくわからなかった。
だが、奴隷の悲惨な扱いが好きじゃないので助けてくれた、という予想は当たっているのかもしれない。冷たく見えるが、結構いいやつなのかも……とリンネは子どもらしく楽観を重ねながら男の振るう力を見た。
紅い宝石の指輪をかざすだけで、石の建造物は崩落し、男とリンネを追ってくる兵士たちの道を閉ざしていく。
(魔法って便利なんだなぁ)
地上に出ると、奴隷を扱う商店が軒を連ねている市場は戦争状態だった。
あちこちで悲鳴と怒声が聞こえる。市場じゅうの檻の鍵ははじけ飛んで、力自慢の奴隷たちが市場の番兵たちと戦っていた。
流血と暴力が横行する現場を前に、リンネは萎縮して前方にいる男の外套を掴んだ。男はちらりと振り返ったが、何も言わずリンネに合わせて歩みの速度を緩める。
通りを抜け、街角に出た瞬間、リンネの視界を大きな影が覆いつくした。驚いて顔を上げると、男と同様に灰色の外套とフードで身を包んだ顔の見えない男がそこに立っている。
男は魔術師よりも長身で、肩幅もあった。おまけに、背中には驚くほど巨大で分厚い剣を背負っている。
あまりの恐怖にビクン!と肩が震えた。とっさに魔術師のマントをめくって、その中に隠れようとする。
「おい、こら、入ってくるな。こいつは俺の〝従魔〟だ」
魔術師はひっついてくるリンネの頭を押し戻そうとして言った。
言われてもすぐリンネは納得できず、ぷるぷると震える身体をマントで隠しながら灰色の男を見る。
濃い灰色のフードの中に一瞬、褐色の肌と彫りの深い顔立ちが見えた気がするが、それは彼がフードを目深にかぶり直したことですぐ見えなくなる。
男は低い声で魔術師に問うた。
「マスター。俺は何をしたらいい」
「適当にそのへんで奴隷たちの味方をしろ。もうすぐ都市の警備についている魔導士軍団がおでましになるだろう。そいつらは俺が相手をするから、それまでに奴隷たちを導け。落ち合う場所はオアシスの隠れ家だ。いいな?」
「承知した」
簡潔な言葉でやりとりして、灰色の男は機敏にその場を後にした。
会話に取り残されたリンネはやや呆然として魔術師を見る。
「時間がない。行くぞ」
そう言って彼は歩みを再開した。
手の中からするりとマントが抜け落ちていきそうになり、リンネは慌ててその端を掴み直しながら歩き出す。
市場では、戦える奴隷以外の、女や子ども、力の弱い者が檻を出てもいいのかとおろおろと情勢を見守っていた。
そこを黒衣の魔術師は訪ねていき、「灰色のマントの男の後を追え」と指示していく。
奴隷たちを逃すまいと番兵たちは押し寄せたが、またしても男が指輪をかざし、石造りの建物を崩落させ、奴隷たちだけの退路を創り上げた。
「その指輪、すごいすごいっ! もしかしてわたしでも使える!?」
「〝石の言葉〟と俺の魔力があってこそ使える力だ。たやすく言うな」
「ふーん……そうなんだあ!」
魔術というものを間近で見た試しがなく、リンネは興味津々にその光景を眺めた。
市場を一通り巡ると、魔術師の男は街の目抜き通りへと躍り出る。
奴隷以外も扱う商店や露店が並ぶ通りは今や無人だった。商売人や住民は奴隷たちの叛乱騒ぎを受けて、家に立てこもっているらしい。
男は大きな通りの真ん中を堂々と渡った。
まるで誰かに見つかってほしいと言わんばかりに。
リンネの胸はどきどきと鼓動した。こんな都市の広い通りを歩くなんて、ちょっと前の暮らしでは想像もできなかった。はぐれエルフの群れは常に人里を避け、人目を偲び、人間の文明から隔絶された自然の中を生き延びてきた。
それがある日、平和な群れは人間に襲撃され、リンネは仲間のもとから引き剝がされた。
群れの仲間たちも奴隷商の手にかかって売り飛ばされた。人間にとって魅力的な造形をしたはぐれエルフたちをまとめて取引するのは、富と権力のある王侯貴族でさえ難しい。ひとりひとり、個別に取引された。そして、リンネだけが大陸連合の南端、砂漠の都市エスメラまで移送され、数週間を色んな人々の好奇の目に晒されて過ごしてきた。
きっと仲間も同じ思いをしているに違いない。
リンネが自分の唇を結び、手の中のマントもきゅっと握り締めると、魔術師は突然立ち止まった。
その瞬間、ローブを着込んだ人々がそろりそろりと歩調の合った動きで現れ、目の前に立ちはだかった。赤銅色のローブに、同じ紋様の刺繍がされた、格調高い制服のようなそれは、一見して彼らの地位の高さを思わせる。
「〝異端者〟め。奴隷どもを救う英雄にでも名乗りをあげる気か」
侮蔑に満ちた台詞を吐き、彼らは男を睥睨する。
「教会の犬どもに異端呼ばわりされるいわれはない。お前らの石頭で、俺の扱う魔術の高貴さが理解できるとも思えんがな」
「貴様!!」
あくまで涼しく反論した若い魔術師に、ローブの男たちはいきり立つ。
彼らにとって、教会の教えにない魔術がいかに忌まわしく、憎むべき存在であることか。
彼らの信じる魔術とは、世界の正義であり、人々の規範であり、権威そのものだ。
その絶対的な秩序に反する存在は認めない。そうやって、彼らは己の信じるものだけを強固な足場として、今の世界を造り、適応外の存在たちを弾圧してきた。
その行動の結果が、奴隷市場だ。
「――≪炎獄灼禍赤竜砲≫!!」
男たちが一斉に荘厳な呪文を唱えると、虚空からおびただしい数の火矢が現れ、リンネたちをめがけて殺到してくる。
闇夜を裂く眩い火花に、リンネは臆し、手にしたマントで目の前を覆い隠そうとした。
だが、彼は漆黒のそれを翻し、リンネの目の前を明らかにした。押し寄せる火矢の大群に、エルフの少女が息を呑み、恐怖したその瞬間。
「【反射】」
ぱちん、と黒衣の魔術師が指を鳴らす。
一斉に飛び掛かってきた火矢は、男の身体に達する直前、急に軌道を返し、やはり一斉に飛び立った。
赤いローブの男たちの頭上に火矢が降り注ぐ。
一瞬にしてリンネたちの目の前は火の海となった。
激しく燃え盛る炎に白い頬と金の髪を照らされ、橙色にかがやきながら、リンネはその情景に言葉を失う。
反旗を翻した自分たちの呪文に攻撃され、赤いローブを燃やされる男たちは悲鳴をあげながらも、次の呪文の詠唱にとりかかった――それより先に、黒衣の魔術師が虚空に手を伸ばす。
「リンネ。俺がお前に〝新時代〟の魔法ってやつを見せてやる――」
彼が何もない宙を弄る。そこだけ景色が歪曲し、収束して、黒い穴が穿たれた。
その闇の中に拳を突き入れ、引き戻すと、男の手の中には長い錫杖が握られていた。
百年を自然の中で生きてきたリンネが見たこともない、黒灰色の木目でできたそれは、先端に蒼く黒くかがやく宝玉を掲げ、そこからでたらめな、闇に覆われた夜を一瞬にして晴らすほどの極光を放った。
「【火球】」
冷静に、ひどく簡潔に、呪文は唱えられた。
杖の先にかがやきが集まったかと思うと、それは赤く燃え盛る炎となって渦巻き、目で追う暇もないほどの速度で巨大化した。
その灼熱のかがやきは夜の闇のすべてを焼き尽くし、都市すべてを明るく照らすほどかと思われた。
家に退避していた住人たちは、あまりの明るさに何が起こったのかと窓や扉の隙間から外の大通りの様子をたしかめる。
彼らが目にしたものは、まさしく砂漠に太陽が落ちてきたような圧倒的な光の海――そして、爆発だ。
地表に着弾し、大炎上した火球は、一本の巨大な火柱となって天を昇った。
爆風に黒いマントとリンネの髪がたなびく。真昼のような清冽な光を町じゅうに放って、燃え盛る天の火柱を前に、蒼き漆黒の宝玉は静かに沈黙した。
杖を収めて、燃え盛る火の海を横目に、男はリンネを振り返る。
「これが――魔法?」
ぽかんと口をひらいたリンネは、震える声で訊ねた。
火柱の立てる風に煽られた黒いフードから、男の顔がこぼれ出る。
長い黒髪に、紫色の闇を浮かべた瞳。
フードを被っていてもわかった端整な顔立ちが今あらわとなって、リンネの視線を奪った。
「ああ、正真正銘の魔法だ。今のところ、俺だけが世界で唯一使える、な」
彼女が生まれて初めて出会った魔法使いは、どこか勝利を宣言するとも、皮肉ともとれるつぶやきをこぼして、――微笑った。
リンネは男とその後ろでかがやく火柱に魅入られたように言葉を失って、しばらく立ち尽くしていた。
