〇冒頭ヒキ・神代家本邸前・昼
馬車が門をくぐる。雫、窓から屋敷を見上げて息を呑む。
雫「これが……透さんの、お家……」
雫モノローグ『村で見たどんな建物より大きい。まるで、お城みたい』
帝都の一等地に佇む壮大な屋敷。白壁に瓦屋根、和洋折衷の優美な造り。
透「今日から雫の家でもある」
雫「私の……」
馬車が止まる。透が先に降り、雫に手を差し出す。
雫、その手を取って降りる。
門の前に整列する使用人たち。人間だけではない。狐の耳を持つ者、青白い肌の者、小さな翼を背負った者。
使用人一同「お帰りなさいませ、大尉殿」
雫、様々な姿の人々に目を見開く。
透「驚いたか」
雫「あ、いえ……その……」
※第3話の小雪との会話のフラッシュ
小雪『対鬼毒特務機関には、人間だけじゃなく人外の者たちも集まっているんです』
小雪『誰も、雫様のこと怖がったりしません。安心してください』
雫モノローグ『ここでは、私は化け物じゃないんだ』
透「行くぞ。中を案内する」
雫「はいっ」
〇神代家本邸・雫の部屋前・昼
透が廊下の奥の部屋の前で立ち止まる。
透「ここが雫の部屋だ」
襖を開ける。
陽当たりの良い広い和室。窓からは庭園が一望できる。
調度品は上品で、文机には花が活けてある。奥には寝室に続く襖。
雫「こんな……こんな立派な部屋、私なんかが使っていいんですか?」
透「当たり前だろう。足りないものがあればなんでも言え」
雫、部屋の中央に立ち、ゆっくりと見回す。
雫モノローグ『あの廃屋とは、何もかもが違う』
雫モノローグ『藁を敷いただけの床。格子のはまった窓。鉄錆の匂い』
雫モノローグ『ここには、光がある。温もりがある』
雫の目から涙がこぼれる。
雫「私の……居場所……」
透、そっと雫の頭を撫でる。
透「もう泣かなくていい」
雫「ごめんなさい、嬉しくて……」
透「謝る必要はない」
雫、涙を拭いて笑顔を見せる。
雫「ありがとうございます、透さん」
透、ふっと目元を緩める。
〇神代家本邸・雫の部屋・夕方
雫、文机の前に座っている。窓から夕日が差し込む。
コンコン、とノックの音。
小雪「雫様! お茶をお持ちしました」
雫「小雪さんっ! いつ帝都に?」
小雪「先ほど到着いたしました。柊様や源蔵様も一緒ですよ」
雫「よかった……知っている人がいると安心します」
小雪、お茶を置きながら微笑む。
小雪「これからはずっとお傍におりますから」
再びノックの音。透が入ってくる。
透「雫、少し話がある」
小雪「では、私はこれで」※一礼して下がる
透、雫の向かいに座る。表情が少し硬い。
透「雫を連れ帰ったこと、軍には報告してある」
雫「……はい」
透「毒喰いの末裔となれば、隠し通せるものではないからな」
透「上層部の中には、雫の力を軍事利用しようと考える者もいる」
雫「軍事……利用……」
透「だが、案ずるな。雫は俺の婚約者だ。誰にも手出しはさせない」
雫「透さん……」
透「明後日、軍の式典のあとに祝賀会がある。そこで雫を婚約者として正式に紹介する」
雫「え!?」
透「俺の妻になる女だと示せば、軍とはいえ、軽々しく手を出せなくなるだろう」
雫「でも……私なんかが行っても……作法も何も知らないし……」
透、真っ直ぐに雫を見つめる。
透「堂々としていろ。雫は何も恥じることはない」
雫、胸が熱くなる。
雫「……はい。頑張ります」
透「衣装は小雪に任せてある」
透、立ち上がりかけて、ふと足を止める。
透「……楽しみにしている」
雫「え?」
透「雫の晴れ姿だ」
〇神代家本邸・雫の部屋・式典当日の朝
小雪が、雫の支度をしている。
小雪「雫様、こちらの衣装をご用意いたしました」
広げられるのは、和洋折衷の華やかな衣装。
淡い紫を基調としたドレス。裾には藤の花の刺繍。和装の帯を模したリボンがアクセントになっている。
雫「こんな綺麗なもの……私が着ていいんですか?」
小雪「もちろんです。大尉殿が、雫様の瞳の色に合わせてお選びになったそうですよ」
雫「透さんが……」
髪を結い上げられ、簪を挿される。薄く化粧を施される。
小雪「祝賀会は式典の後ですから、会場までは源蔵さんがお送りしますね」
小雪「はい、出来上がりです」
雫、鏡の前に立つ。映っているのは、見たこともない自分の姿。
雫「……これが、私?」
小雪「とてもお綺麗です、雫様」
雫、信じられないように自分の頬に触れる。
雫モノローグ『嘘みたい……本当に私なの?』
雫モノローグ『透さん、喜んでくれるかな……』
緊張で手が震える。
〇式典会場・入口・夕方
壮麗な洋館。正面玄関には赤い絨毯が敷かれている。
次々と到着する馬車。着飾った淑女たち、正装の軍人たち。
会場入口付近。令嬢たちが扇で口元を隠しながら、ひそひそと話している。
令嬢A「ねえ、見て」
軍服姿の立花が歩いてくる。
令嬢B「立花少尉……相変わらず爽やかで素敵」
立花、ちらりとこちらを見て軽く手を振る。令嬢たち、顔を赤くして騒ぐ。
続いて、柊が歩いてくる。肩には小さくなった大福。
令嬢A「あれは柊様……! 神代家お抱えの陰陽師でしょう?」
柊、令嬢たちに気づいてにっこり微笑む。
柊「こんばんは、お嬢様方」
令嬢たち「はあ……」※うっとりとため息
そこへ——。
会場の空気が、一変する。
ざわめきが静まり、全員の視線が入口に集中する。
令嬢B「あ、あれはっ……!」
黒い正装軍服の男が、悠然と歩いてくる。金のモールが燭台の光を受けて輝く。
★キメ絵・透の正装姿。凛々しく威厳に満ちた立ち姿。
神代透。
令嬢たち「神代大尉……!」
令嬢A「毒戦争を終わらせた英雄……いつ見ても目の保養だわ」
透、真っ直ぐ前だけを見て歩いている。令嬢たちの視線など意に介さない。
そこに、馬車がやってくる。透、馬車の前で足を止める。扉を開ける。
中から、淡い紫のドレスを纏った雫が姿を現す。
★キメ絵・ドレス姿の雫。緊張した面持ちで透を見上げている。
会場が、しん、と静まり返る。
透「っ……」※一瞬、息を呑む
透「……綺麗だ」
透、手を差し出す。
透「行くぞ」
手を取り合い、並んで歩き出す透と雫。
令嬢A「誰、あの綺麗な人……」
令嬢B「神代大尉が、自ら手を!?」
ざわめきが波のように広がる。
雫モノローグ『みんながこっちを見てる……』
雫、透の腕をぎゅっと握る。
透「俺だけを見ていろ」※小声で
雫「……はい」
透、雫を守るように歩く。その眼差しは、雫だけを見ている。
〇式典会場・広間・夜
シャンデリアが輝く広間。オーケストラの生演奏。
透と雫が歩いていく。行く先々で敬礼される。
令嬢たちが透を取り囲もうとする。
令嬢C「神代大尉、一曲ご一緒していただけません?」
透「悪いが、彼女以外と踊る気はない」
雫だけを見つめる透。令嬢たち、残念そうな顔で去っていく。
雫モノローグ『みんな綺麗な人ばかり……私なんかが透さんの隣にいていいのかな』
その時——。
「神代大尉。久しいな」
低い声。透の表情が一瞬で硬くなる。
振り向くと、壮年の軍人が立っている。桐生少将(50代)。
桐生少将:軍の重鎮。鬼毒の軍事利用を推進する強硬派。
透「桐生少将」
桐生の視線が雫に移る。値踏みするような目。
桐生「ほう……これが報告にあった毒喰いの娘か」
雫「……っ」
桐生「千年ぶりの末裔。鬼毒を浄化できる唯一の存在」
桐生、雫の顎に手を伸ばそうとする。透、雫を背に庇う。
桐生「そう固くなるな。今日は祝いの席だ」
桐生「毒喰いの力があれば、鬼毒兵器の研究は飛躍的に進む。いずれ、我が国の鬼毒の感染者も兵士として制御できるようになるかもしれん」
雫モノローグ『鬼毒を……兵器として使い続けるために、私を……?』
透「彼女は俺の妻になる女だ。実験台にはさせない」
桐生「私情で国の宝を独占か。英雄も堕ちたものだ」
緊迫した空気。周囲の人々が遠巻きに見ている。
桐生「まあいい。せいぜい可愛がってやれ」
桐生、透の耳元に顔を寄せ、囁く。
桐生「化け物に手を噛まれんようにな」
ひゅっ——。
桐生の頬に、一筋の赤い線が走る。
桐生「っ……!」
透の片手。爪が鋭く伸び、黒い紋様が浮かんでいる。鬼化の兆候。
周囲には見えない角度。だが桐生だけは、はっきりと見た。
透「次に同じ言葉を吐いたら」
透の目が、冷たく光る。
透「本物の化け物の怖さを、思い知らせてやる」
桐生「ひっ……!」
桐生、頬の血を拭う手が震えている。
桐生、何も言えずに足早に去っていく。
透、静かに手を下ろす。爪は元に戻っている。
雫、透の背中を見つめている。
雫モノローグ『でも私のせいで、透さんが自分の体を……』
雫、そっとその場を離れる。
〇式典会場・バラ園・夜
月明かりの下、バラが咲き誇っている。
雫、一人で庭園に出ている。深呼吸をして、気持ちを落ち着けようとしている。
雫モノローグ『ダンスもできない、作法も知らない』
雫モノローグ『私がいると、透さんに余計な火の粉が降りかかる』
足音。透が歩いてくる。
透「こんなところにいたのか」
雫「あ……透さん……」
雫「すみません、私のせいで……」
透「アイツとはもともと反りが合わない。雫のせいじゃない」
雫「……」
透「それより、雫に謝らなければならない」
雫「え?」
透「守ると言いながら、不快な思いをさせてしまった。俺の落ち度だ」
雫、驚いて透を見上げる。
雫「そんな……透さんは何も悪くないです」
沈黙。月が雲の切れ間から顔を出す。
バラ園が銀色の光に照らされる。
透「……踊れるか」
雫「え?」
透、雫の手を取る。
雫「私、踊ったことがなくて……」
透「なら、俺が教える」
遠くから、会場のオーケストラの音が微かに聞こえてくる。
透、雫の腰に手を回す。
透「力を抜け。俺に任せろ」
ゆっくりと、二人が動き始める。
雫モノローグ『透さんの手が、私を導いてくれる』
最初はぎこちなかったステップが、次第に滑らかになる。
月明かりの下、バラに囲まれて踊る二人。
雫モノローグ『夢みたい……』
透、雫の手を取り、くるりと回す。
ふわりとドレスの裾が舞う。
透「雫」
雫「はい」
透「あの男が何を言おうと、雫は兵器なんかじゃない」
雫「……」
透「俺が命をかけて守ると決めた人だ」
雫、涙を浮かべて笑う。
雫「……透さんは、ずるいです」
透「……?」
雫「そんなこと言われたら……もう、離れられなくなる」
透、雫を引き寄せ、ふっと笑う。
透「最初から、離すつもりなどない」
ダンスが終わる。二人、見つめ合う。
その時——透がふらりとよろめく。
雫「透さん?」
透「……すまない、少し……」
額に汗。さっき鬼化の力を使った反動だ。
透、雫の顔を見下ろす。月明かりに照らされた紫の瞳。
透「……雫」
透、雫の顎にそっと手を添える。
雫「……っ」
透、ゆっくりと顔を近づけ——唇を重ねる。
雫の体が淡く光る。透の表情が和らいでいく。
月明かりの下、キスをする二人。
雫モノローグ『貪るような、獣のような』
雫モノローグ『でも、それすらも嬉しいと思ってしまう』
雫モノローグ『求められることが、こんなにも幸せだなんて』
雫モノローグ『ああ……私、透さんのことを——』
やがて、透がゆっくりと離れる。まっすぐ雫を見て。
透「愛している」
雫、息を呑む。
雫「……私も、です」
透、雫を抱き寄せる。雫、その胸に顔を埋める。
寄り添う二人のシルエット。
〇神代家本邸・庭園・翌日の昼
雫、庭園を散歩している。大福が後をついてきている。
雫、ふと立ち止まり、昨夜のことを思い出す。
雫モノローグ『愛している——』
雫、顔が熱くなる。
雫「……っ」
大福「ニャー?」
雫「な、なんでもないの」
雫モノローグ『透さんは今日、朝から軍の仕事で屋敷にいない』
雫モノローグ『帰ってきたら、どんな顔をすればいいんだろう……』
源蔵が足早に歩いてくる。
源蔵「雫様。お客様がお見えです」
雫「お客様?」
源蔵「雫様の……お姉様とお義母様だと」
雫、顔から血の気が引く。
〇神代家本邸・応接間・昼
椿と椿の母が座っている。
椿の母、部屋を見回しながら目を光らせている。
椿の母「へえ……立派なお屋敷だねえ。さすが神代家だ」
椿、上品な着物姿。にこやかな笑顔を浮かべている。
雫が案内されて入ってくる。
椿「まあ、雫!」
椿、立ち上がる。
椿「急にいなくなるから、心配したのよ?」
雫「……椿姉さん……」
椿の母「雫、随分といい暮らしをさせてもらってるじゃないか。育ての親に、少しは感謝してもらわないとねえ」
椿、微笑んだまま——雫の耳元に顔を寄せる。
椿「迎えに来たわよ、化け物」
囁く声は、氷のように冷たい。
雫「……っ!」
椿、すぐに満面の笑みに戻る。
椿「積もる話もあるでしょう? お茶でもいただきながら、ゆっくりお話ししましょう」
椿の目が、暗く光る。
馬車が門をくぐる。雫、窓から屋敷を見上げて息を呑む。
雫「これが……透さんの、お家……」
雫モノローグ『村で見たどんな建物より大きい。まるで、お城みたい』
帝都の一等地に佇む壮大な屋敷。白壁に瓦屋根、和洋折衷の優美な造り。
透「今日から雫の家でもある」
雫「私の……」
馬車が止まる。透が先に降り、雫に手を差し出す。
雫、その手を取って降りる。
門の前に整列する使用人たち。人間だけではない。狐の耳を持つ者、青白い肌の者、小さな翼を背負った者。
使用人一同「お帰りなさいませ、大尉殿」
雫、様々な姿の人々に目を見開く。
透「驚いたか」
雫「あ、いえ……その……」
※第3話の小雪との会話のフラッシュ
小雪『対鬼毒特務機関には、人間だけじゃなく人外の者たちも集まっているんです』
小雪『誰も、雫様のこと怖がったりしません。安心してください』
雫モノローグ『ここでは、私は化け物じゃないんだ』
透「行くぞ。中を案内する」
雫「はいっ」
〇神代家本邸・雫の部屋前・昼
透が廊下の奥の部屋の前で立ち止まる。
透「ここが雫の部屋だ」
襖を開ける。
陽当たりの良い広い和室。窓からは庭園が一望できる。
調度品は上品で、文机には花が活けてある。奥には寝室に続く襖。
雫「こんな……こんな立派な部屋、私なんかが使っていいんですか?」
透「当たり前だろう。足りないものがあればなんでも言え」
雫、部屋の中央に立ち、ゆっくりと見回す。
雫モノローグ『あの廃屋とは、何もかもが違う』
雫モノローグ『藁を敷いただけの床。格子のはまった窓。鉄錆の匂い』
雫モノローグ『ここには、光がある。温もりがある』
雫の目から涙がこぼれる。
雫「私の……居場所……」
透、そっと雫の頭を撫でる。
透「もう泣かなくていい」
雫「ごめんなさい、嬉しくて……」
透「謝る必要はない」
雫、涙を拭いて笑顔を見せる。
雫「ありがとうございます、透さん」
透、ふっと目元を緩める。
〇神代家本邸・雫の部屋・夕方
雫、文机の前に座っている。窓から夕日が差し込む。
コンコン、とノックの音。
小雪「雫様! お茶をお持ちしました」
雫「小雪さんっ! いつ帝都に?」
小雪「先ほど到着いたしました。柊様や源蔵様も一緒ですよ」
雫「よかった……知っている人がいると安心します」
小雪、お茶を置きながら微笑む。
小雪「これからはずっとお傍におりますから」
再びノックの音。透が入ってくる。
透「雫、少し話がある」
小雪「では、私はこれで」※一礼して下がる
透、雫の向かいに座る。表情が少し硬い。
透「雫を連れ帰ったこと、軍には報告してある」
雫「……はい」
透「毒喰いの末裔となれば、隠し通せるものではないからな」
透「上層部の中には、雫の力を軍事利用しようと考える者もいる」
雫「軍事……利用……」
透「だが、案ずるな。雫は俺の婚約者だ。誰にも手出しはさせない」
雫「透さん……」
透「明後日、軍の式典のあとに祝賀会がある。そこで雫を婚約者として正式に紹介する」
雫「え!?」
透「俺の妻になる女だと示せば、軍とはいえ、軽々しく手を出せなくなるだろう」
雫「でも……私なんかが行っても……作法も何も知らないし……」
透、真っ直ぐに雫を見つめる。
透「堂々としていろ。雫は何も恥じることはない」
雫、胸が熱くなる。
雫「……はい。頑張ります」
透「衣装は小雪に任せてある」
透、立ち上がりかけて、ふと足を止める。
透「……楽しみにしている」
雫「え?」
透「雫の晴れ姿だ」
〇神代家本邸・雫の部屋・式典当日の朝
小雪が、雫の支度をしている。
小雪「雫様、こちらの衣装をご用意いたしました」
広げられるのは、和洋折衷の華やかな衣装。
淡い紫を基調としたドレス。裾には藤の花の刺繍。和装の帯を模したリボンがアクセントになっている。
雫「こんな綺麗なもの……私が着ていいんですか?」
小雪「もちろんです。大尉殿が、雫様の瞳の色に合わせてお選びになったそうですよ」
雫「透さんが……」
髪を結い上げられ、簪を挿される。薄く化粧を施される。
小雪「祝賀会は式典の後ですから、会場までは源蔵さんがお送りしますね」
小雪「はい、出来上がりです」
雫、鏡の前に立つ。映っているのは、見たこともない自分の姿。
雫「……これが、私?」
小雪「とてもお綺麗です、雫様」
雫、信じられないように自分の頬に触れる。
雫モノローグ『嘘みたい……本当に私なの?』
雫モノローグ『透さん、喜んでくれるかな……』
緊張で手が震える。
〇式典会場・入口・夕方
壮麗な洋館。正面玄関には赤い絨毯が敷かれている。
次々と到着する馬車。着飾った淑女たち、正装の軍人たち。
会場入口付近。令嬢たちが扇で口元を隠しながら、ひそひそと話している。
令嬢A「ねえ、見て」
軍服姿の立花が歩いてくる。
令嬢B「立花少尉……相変わらず爽やかで素敵」
立花、ちらりとこちらを見て軽く手を振る。令嬢たち、顔を赤くして騒ぐ。
続いて、柊が歩いてくる。肩には小さくなった大福。
令嬢A「あれは柊様……! 神代家お抱えの陰陽師でしょう?」
柊、令嬢たちに気づいてにっこり微笑む。
柊「こんばんは、お嬢様方」
令嬢たち「はあ……」※うっとりとため息
そこへ——。
会場の空気が、一変する。
ざわめきが静まり、全員の視線が入口に集中する。
令嬢B「あ、あれはっ……!」
黒い正装軍服の男が、悠然と歩いてくる。金のモールが燭台の光を受けて輝く。
★キメ絵・透の正装姿。凛々しく威厳に満ちた立ち姿。
神代透。
令嬢たち「神代大尉……!」
令嬢A「毒戦争を終わらせた英雄……いつ見ても目の保養だわ」
透、真っ直ぐ前だけを見て歩いている。令嬢たちの視線など意に介さない。
そこに、馬車がやってくる。透、馬車の前で足を止める。扉を開ける。
中から、淡い紫のドレスを纏った雫が姿を現す。
★キメ絵・ドレス姿の雫。緊張した面持ちで透を見上げている。
会場が、しん、と静まり返る。
透「っ……」※一瞬、息を呑む
透「……綺麗だ」
透、手を差し出す。
透「行くぞ」
手を取り合い、並んで歩き出す透と雫。
令嬢A「誰、あの綺麗な人……」
令嬢B「神代大尉が、自ら手を!?」
ざわめきが波のように広がる。
雫モノローグ『みんながこっちを見てる……』
雫、透の腕をぎゅっと握る。
透「俺だけを見ていろ」※小声で
雫「……はい」
透、雫を守るように歩く。その眼差しは、雫だけを見ている。
〇式典会場・広間・夜
シャンデリアが輝く広間。オーケストラの生演奏。
透と雫が歩いていく。行く先々で敬礼される。
令嬢たちが透を取り囲もうとする。
令嬢C「神代大尉、一曲ご一緒していただけません?」
透「悪いが、彼女以外と踊る気はない」
雫だけを見つめる透。令嬢たち、残念そうな顔で去っていく。
雫モノローグ『みんな綺麗な人ばかり……私なんかが透さんの隣にいていいのかな』
その時——。
「神代大尉。久しいな」
低い声。透の表情が一瞬で硬くなる。
振り向くと、壮年の軍人が立っている。桐生少将(50代)。
桐生少将:軍の重鎮。鬼毒の軍事利用を推進する強硬派。
透「桐生少将」
桐生の視線が雫に移る。値踏みするような目。
桐生「ほう……これが報告にあった毒喰いの娘か」
雫「……っ」
桐生「千年ぶりの末裔。鬼毒を浄化できる唯一の存在」
桐生、雫の顎に手を伸ばそうとする。透、雫を背に庇う。
桐生「そう固くなるな。今日は祝いの席だ」
桐生「毒喰いの力があれば、鬼毒兵器の研究は飛躍的に進む。いずれ、我が国の鬼毒の感染者も兵士として制御できるようになるかもしれん」
雫モノローグ『鬼毒を……兵器として使い続けるために、私を……?』
透「彼女は俺の妻になる女だ。実験台にはさせない」
桐生「私情で国の宝を独占か。英雄も堕ちたものだ」
緊迫した空気。周囲の人々が遠巻きに見ている。
桐生「まあいい。せいぜい可愛がってやれ」
桐生、透の耳元に顔を寄せ、囁く。
桐生「化け物に手を噛まれんようにな」
ひゅっ——。
桐生の頬に、一筋の赤い線が走る。
桐生「っ……!」
透の片手。爪が鋭く伸び、黒い紋様が浮かんでいる。鬼化の兆候。
周囲には見えない角度。だが桐生だけは、はっきりと見た。
透「次に同じ言葉を吐いたら」
透の目が、冷たく光る。
透「本物の化け物の怖さを、思い知らせてやる」
桐生「ひっ……!」
桐生、頬の血を拭う手が震えている。
桐生、何も言えずに足早に去っていく。
透、静かに手を下ろす。爪は元に戻っている。
雫、透の背中を見つめている。
雫モノローグ『でも私のせいで、透さんが自分の体を……』
雫、そっとその場を離れる。
〇式典会場・バラ園・夜
月明かりの下、バラが咲き誇っている。
雫、一人で庭園に出ている。深呼吸をして、気持ちを落ち着けようとしている。
雫モノローグ『ダンスもできない、作法も知らない』
雫モノローグ『私がいると、透さんに余計な火の粉が降りかかる』
足音。透が歩いてくる。
透「こんなところにいたのか」
雫「あ……透さん……」
雫「すみません、私のせいで……」
透「アイツとはもともと反りが合わない。雫のせいじゃない」
雫「……」
透「それより、雫に謝らなければならない」
雫「え?」
透「守ると言いながら、不快な思いをさせてしまった。俺の落ち度だ」
雫、驚いて透を見上げる。
雫「そんな……透さんは何も悪くないです」
沈黙。月が雲の切れ間から顔を出す。
バラ園が銀色の光に照らされる。
透「……踊れるか」
雫「え?」
透、雫の手を取る。
雫「私、踊ったことがなくて……」
透「なら、俺が教える」
遠くから、会場のオーケストラの音が微かに聞こえてくる。
透、雫の腰に手を回す。
透「力を抜け。俺に任せろ」
ゆっくりと、二人が動き始める。
雫モノローグ『透さんの手が、私を導いてくれる』
最初はぎこちなかったステップが、次第に滑らかになる。
月明かりの下、バラに囲まれて踊る二人。
雫モノローグ『夢みたい……』
透、雫の手を取り、くるりと回す。
ふわりとドレスの裾が舞う。
透「雫」
雫「はい」
透「あの男が何を言おうと、雫は兵器なんかじゃない」
雫「……」
透「俺が命をかけて守ると決めた人だ」
雫、涙を浮かべて笑う。
雫「……透さんは、ずるいです」
透「……?」
雫「そんなこと言われたら……もう、離れられなくなる」
透、雫を引き寄せ、ふっと笑う。
透「最初から、離すつもりなどない」
ダンスが終わる。二人、見つめ合う。
その時——透がふらりとよろめく。
雫「透さん?」
透「……すまない、少し……」
額に汗。さっき鬼化の力を使った反動だ。
透、雫の顔を見下ろす。月明かりに照らされた紫の瞳。
透「……雫」
透、雫の顎にそっと手を添える。
雫「……っ」
透、ゆっくりと顔を近づけ——唇を重ねる。
雫の体が淡く光る。透の表情が和らいでいく。
月明かりの下、キスをする二人。
雫モノローグ『貪るような、獣のような』
雫モノローグ『でも、それすらも嬉しいと思ってしまう』
雫モノローグ『求められることが、こんなにも幸せだなんて』
雫モノローグ『ああ……私、透さんのことを——』
やがて、透がゆっくりと離れる。まっすぐ雫を見て。
透「愛している」
雫、息を呑む。
雫「……私も、です」
透、雫を抱き寄せる。雫、その胸に顔を埋める。
寄り添う二人のシルエット。
〇神代家本邸・庭園・翌日の昼
雫、庭園を散歩している。大福が後をついてきている。
雫、ふと立ち止まり、昨夜のことを思い出す。
雫モノローグ『愛している——』
雫、顔が熱くなる。
雫「……っ」
大福「ニャー?」
雫「な、なんでもないの」
雫モノローグ『透さんは今日、朝から軍の仕事で屋敷にいない』
雫モノローグ『帰ってきたら、どんな顔をすればいいんだろう……』
源蔵が足早に歩いてくる。
源蔵「雫様。お客様がお見えです」
雫「お客様?」
源蔵「雫様の……お姉様とお義母様だと」
雫、顔から血の気が引く。
〇神代家本邸・応接間・昼
椿と椿の母が座っている。
椿の母、部屋を見回しながら目を光らせている。
椿の母「へえ……立派なお屋敷だねえ。さすが神代家だ」
椿、上品な着物姿。にこやかな笑顔を浮かべている。
雫が案内されて入ってくる。
椿「まあ、雫!」
椿、立ち上がる。
椿「急にいなくなるから、心配したのよ?」
雫「……椿姉さん……」
椿の母「雫、随分といい暮らしをさせてもらってるじゃないか。育ての親に、少しは感謝してもらわないとねえ」
椿、微笑んだまま——雫の耳元に顔を寄せる。
椿「迎えに来たわよ、化け物」
囁く声は、氷のように冷たい。
雫「……っ!」
椿、すぐに満面の笑みに戻る。
椿「積もる話もあるでしょう? お茶でもいただきながら、ゆっくりお話ししましょう」
椿の目が、暗く光る。

