〇冒頭・街道を走る馬車・朝
揺れる馬車の中。向かい合って座る透と雫。
窓の外を食い入るように見つめる雫。流れていく景色。山、川、空。
雫「あの……透様」
透「透、でいい」
雫「で、でも……」
透「……」※険しい顔で腕を組む
雫「じゃ、じゃあ……透、さん」※小さな声で
透「それでいい」
沈黙。雫、意を決して口を開く。
雫「あの……さっき、私の毒が効かないと言っていましたが。それは、どういう……」
透「お前は、自分のことをどこまで知っている」
雫「え?」
透「自分の毒のことや、なぜそういう体質になったのか」
雫「わかりません。生まれた時からこうで……誰も、教えてくれなかったから」
透「……千年前、この国には特殊な力を持つ一族がいた」
雫「一族……?」
透「詳しくは着いてから話す。だが、お前は決して"化け物"などではない。それだけは覚えておけ」
雫、目を見開く。
雫モノローグ『化け物じゃない……? 私が……?』
その時――馬車が急停止する。
雫、バランスを崩して前のめりに。
透、咄嗟に雫を支える。
透「っ! 大丈夫か」
雫「は、はい……」※透の腕の中で顔を赤くする
御者台から立花の声。
立花「大尉殿! 前方に鬼人が5体! 迂回しますか?」
透「すぐに行く。雫はここで待っていろ」
透、雫を離して馬車を降りる。
雫(聞きそびれてしまった……)
雫(私の毒のこと、透さんは何か知っているの?)
〇街道・馬車の外
馬車を囲む5体の鬼化した人間。目は赤く光り、体中に黒い紋様が走っている。
鬼人:鬼毒に侵され、人の心を失った者。
立花、刀を構えて馬車を守っている。
透「下がっていろ」
透、ゆっくりと刀を抜く。
鬼人たちが一斉に襲いかかる。
透、1体目の爪をかわし、一閃。首が飛ぶ。
2体目、3体目が左右から同時に。透、身を翻しながら二体を両断。
4体目が背後から飛びかかる。振り向かずに刀を突き立てる。
立花「さすがは大尉。俺の出番はなさそうっスね」
馬車の窓から、雫が呆然と見ている。
雫モノローグ『3年前、敵の将軍を討ち取り、毒戦争を終わらせた男』
5体目が雄叫びを上げて突進してくる。透、正面から迎え撃ち、一刀のもとに斬り伏せる。
一瞬の出来事。すべての鬼人が地に倒れる。
透「……終わりだ」※刀の血を払い、鞘に収める
五体の骸を背に、静かに立つ透。
雫モノローグ『救国の英雄——廃屋にいた私でさえ、その名は聞いたことがあった』
透、倒れた骸に向かって静かに手を合わせる。
立花「大尉……」
透「奴らは人を襲い、人を喰らう。それでも元は人間だ。弔いくらいはしてやる」
透、馬車に戻ってくる。
透「怪我はないか」
雫「は、はい……」
透、雫の顔を覗き込む。
透「……震えているぞ」
雫「え……あ……」
自分の手を見ると、確かに震えている。
透、その手をそっと握る。
透「もう大丈夫だ」
雫、透の手の温もりに、震えが止まる。
雫(不思議。この人がいるだけで、怖さが消えていく)
雫モノローグ『ああ、私は今。守られているんだ』
〇街道・馬車の中・夕方
窓の外を見ている透。
透「あれが中継拠点だ」
窓の外に屋敷が見えてくる。
透「鬼人は遠方の山や村の中に出ることも多い。そうした依頼のために、鬼毒特務機関の拠点が街道沿いに点在している」
雫「そうだったんですね」
透「本邸から側近や世話係を何人か先に向かわせてある。今日はここで休もう」
馬車が門の前で止まる。
〇中継拠点・夕方
街道沿いの屋敷。門の前に三人の人影と、一匹の白い獣。
源蔵「お帰りなさいませ、大尉殿」
透「世話になる。紹介しておく」
透、雫の背に手を添えて前に出す。
透「雫だ。俺の妻になる」
柊「……え」※笑顔のまま固まる
柊「ええええええ!?」
小雪「ま、まあ……!」※目を丸くする
源蔵「……これは驚きました」
柊「大尉が結婚……あの大尉がっ……!?」
透「何か言いたいことでも?」※冷たい目
柊「いえいえ、おめでとうございます」※肩をすくめる
透「雫、こちらは源蔵。俺の父の代から仕えている執事だ。元退魔師でもある」
源蔵「雫様、よろしくお願いいたします」※深く頭を下げる
源蔵:60代、元退魔師の執事。透の亡き父に仕えていた古参。
透「こっちは柊。陰陽師だ」
柊「柊です。よろしくお願いしますね、雫さん」※にっこり
柊:20歳、陰陽師の美青年。飄々とした性格。
透「そして小雪。身の回りの世話を任せる」
小雪「小雪と申します。何なりとお申し付けくださいませ」※丁寧にお辞儀
小雪:16歳、銀髪の女中。どこか儚げな雰囲気。
雫「あ、あの……よろしくお願いします」※緊張しながら頭を下げる
白い狐が雫に近づき、くんくんと匂いを嗅ぐ。
大福:柊の式神。もふもふの白狐。
雫「わっ……」※驚いて後ずさる
柊「ああ、こいつは大福。僕の式神です。怖くないですよ」
大福、雫の足元に座り、尻尾をぱたぱた振る。
雫「式神……」
柊「陰陽術で契約した使い魔みたいなものです」
雫「……可愛い」※おそるおそる手を伸ばす
大福、雫の手に頭をすりつける。
柊「珍しい。大福は人見知りなんですが」
透、大福に手を伸ばす。大福、すっと顔を背ける。
柊「大尉は特に嫌われてますからねー」
透「……」※微妙な顔
柊「怖い顔ばっかりしてるから、式神に好かれないんですよ」
透「余計なお世話だ」
雫「ふふっ」※思わず笑ってしまう
透、雫を見る。雫、ハッとして口を押さえる。
雫「あ……すみません、私……」
透「なぜ謝る」
透、ポンと雫の頭に手を乗せて。
透「ここでは好きなだけ笑っていい。泣きたければ泣けばいい。全て、お前の自由だ」
雫、胸が熱くなる。目が潤む。
雫「……はい」
柊、小雪、源蔵、その様子を見守っている。
柊「(小声で)大尉、あんな顔もできるんですね」
小雪「(小声で)素敵です……」
源蔵「(小声で)若様も変わられた」
ギロッと三人を睨む透。※コミカルに
それぞれの持ち場に散っていく三人。
〇中継拠点・雫の部屋前
源蔵が雫を案内している。小雪がついてくる。
源蔵「こちらが雫様のお部屋でございます」
源蔵「何かございましたら、小雪にお申し付けください。では、失礼いたします」
源蔵、一礼して去る。小雪が残る。
小雪「雫様、何かご入用のものはございますか?」※にこっと笑って
雫「ありがとうございます……大丈夫です」
雫、小雪の銀色の髪に目を留める。
雫「あの……小雪さんの髪、綺麗な色ですね」
小雪「気づかれました? 実は私、半妖なんです」
雫「半妖?」
小雪「雪女の血を引いてるんですよ。だからこの髪色で」
雫「そうなんですか。綺麗です」
小雪「ふふ、ありがとうございます」
雫「あの、私。触れたものを傷つけてしまう体質で、きっとこれから色々ご迷惑を……」
小雪、穏やかに微笑む。
小雪「対鬼毒特務機関には、人間だけじゃなく人外の者たちも集まっているんです」
小雪「ここでは誰も、雫様のこと怖がったりしません。安心してください」
雫、目が潤む。
雫「……ありがとうございます」
小雪「そうそう! 私、雫様と同い年なんです。よければ、仲良くしてください」
雫、小雪の柔らかい笑顔に、表情が和らぐ。
雫「……はい!」
〇中継拠点・雫の部屋・夜
ベッドで目を覚ます雫。窓の外を見ると、満天の星空。
雫「……綺麗」
雫、そっと部屋を出る。
〇中継拠点・中庭・夜
満天の星空。雫、庭に出て空を見上げている。
大福がとことこやってきて、足元に座る。
雫「ふふふ、可愛い」※しゃがんで撫でる
透「眠れないのか」
雫「あ……」※振り返る
透、縁側に腰かけている。その手には杯。
雫「透さんこそ、起きていらしたんですか」
透「ああ。少し考え事をな」
雫「……お邪魔でしたか?」
透「いや」
透、隣に座るよう目で促す。雫、少し離れて座る。
透「もっと近くに来い」
雫「え……」
透「毒のことを気にしているなら、必要ない。俺には効かないと言ったろう」
雫、おずおずと透の隣に座る。
二人、並んで星空を見上げる。
雫「……こんなにたくさんの星、初めて見ました」
透「戦場にいた頃、眠れない夜はいつも空を見ていた」
雫「え?」
透「どんな地獄のような場所にも、美しいものはある。そう思えることが救いだった」
雫「私も、廃屋の格子窓から、よく空を見ていました」
空を横切る光。
雫「あっ! 流れ星。初めて見ました」
透「そんなの、これからいくらでも見せてやる」
雫「え?」
透「流れ星も、海も、雪も。その目で見たことのないもの、全てを」
ドキッとして俯く雫。
雫「透さんは、お願い事しないんですか?」
透「そういうのは信じないからな。願って叶うなら、誰も苦労しない」
雫「……そうですよね」
透「だが、雫は願えばいい。どんな願いも、俺が叶えてみせる」
雫「……っ」
雫、顔が熱くなる。
雫モノローグ『なんて人だろう。こんなことを、当然のように言うなんて』
透「信じられない、という顔だな。ならまずは一つ、叶えてやる」
雫「え?」
透、懐から何かを取り出す。薄紫の刺繍が施された、可愛らしい白い手袋。
雫「……手袋?」
透「柊に術を施させた。生活をするのに、色々と不便だろう。これをつけていれば、毒を抑えられる」
雫、手袋を受け取る。震える手で、つけてみる。
透「根本的な治療は帝都で医師と進める。完治するまでの間は、これがあれば毎日の毒抜きも必要ない」
雫の目から涙が溢れる。
雫「……本当に?」
透「ああ」
雫モノローグ『生まれてから、ずっと、何かを傷つけて生きてきた』
過去の雫が花を枯らしてしまっている様子のフラッシュ。
雫モノローグ『それは、この先一生続く私の罪だと思っていた』
雫、涙が止まらない。
雫モノローグ『でもこの人は、その罪から私を解放してくれた』
透、雫を抱き寄せる。
透「よく頑張ったな」
雫、透の胸に顔を埋めて泣く。
雫モノローグ『この腕の中は、こんなにも温かい』
星空の下、抱き合う二人。
〇同時刻・村
村長の屋敷。椿と椿の母が話している。
椿の母「化け物が、軍に連れて行かれたぁ?」
椿「ええ。神代っていう大尉に。しかも『毒が効かない』とか言って平気で触ってて……」
ギリッと爪を噛む椿。
椿「私はあいつのせいで正臣様にも捨てられて、村中の笑い者なのに……!」
椿の母「椿、ちょっと落ち着きな」
椿「落ち着けるわけないでしょ!? 私の人生、全部あいつに滅茶苦茶にされたのよ!」
椿の母「……いいことを教えてやろう。アイツの毒に軍事的な価値があるなら、話は変わる」
椿の母「『16年間、化け物を保護してきた』と主張すれば、相応の報奨金を要求できるかもしれない。あるいは『妹を無理やり連れ去られた』と訴えれば、賠償金だって……」
椿「でも、お金なんかもらったって!!」
椿の母「椿。世の中はね、金なんだよ」
椿「……?」
椿の母「金さえあれば、正臣なんかよりもっといい相手と縁談ができる。あの化け物のおかげで、あんたは幸せになれるのさ。皮肉な話だけどね」
椿、冷たく笑う。
椿「……あいつが幸せになるなんて、絶対に許さない」
椿「今度こそ、アイツを利用してやる」
〇中継拠点・雫の部屋前・深夜
透が雫を部屋まで送ってきた。
透「今日はゆっくり休め」
雫「はい……透さんも。今日は、ありがとうございました」
「ああ。帝都に着いたら、もっと綺麗に見える場所がある。また一緒に見よう」
雫、顔が熱くなる。
雫「……おやすみな——」
透「……っ」
突然、透が胸を押さえてよろめく。壁に手をついて体を支える。
雫「透さん!?」
透の額に汗が浮かぶ。袖口から、黒い紋様がちらりと覗く。
雫、目を見開く。
雫(透さんの腕にあるのは……黒い紋様? 昼間の鬼人と、同じ……)
雫(透さんの体に、何が起きているの……!?)
揺れる馬車の中。向かい合って座る透と雫。
窓の外を食い入るように見つめる雫。流れていく景色。山、川、空。
雫「あの……透様」
透「透、でいい」
雫「で、でも……」
透「……」※険しい顔で腕を組む
雫「じゃ、じゃあ……透、さん」※小さな声で
透「それでいい」
沈黙。雫、意を決して口を開く。
雫「あの……さっき、私の毒が効かないと言っていましたが。それは、どういう……」
透「お前は、自分のことをどこまで知っている」
雫「え?」
透「自分の毒のことや、なぜそういう体質になったのか」
雫「わかりません。生まれた時からこうで……誰も、教えてくれなかったから」
透「……千年前、この国には特殊な力を持つ一族がいた」
雫「一族……?」
透「詳しくは着いてから話す。だが、お前は決して"化け物"などではない。それだけは覚えておけ」
雫、目を見開く。
雫モノローグ『化け物じゃない……? 私が……?』
その時――馬車が急停止する。
雫、バランスを崩して前のめりに。
透、咄嗟に雫を支える。
透「っ! 大丈夫か」
雫「は、はい……」※透の腕の中で顔を赤くする
御者台から立花の声。
立花「大尉殿! 前方に鬼人が5体! 迂回しますか?」
透「すぐに行く。雫はここで待っていろ」
透、雫を離して馬車を降りる。
雫(聞きそびれてしまった……)
雫(私の毒のこと、透さんは何か知っているの?)
〇街道・馬車の外
馬車を囲む5体の鬼化した人間。目は赤く光り、体中に黒い紋様が走っている。
鬼人:鬼毒に侵され、人の心を失った者。
立花、刀を構えて馬車を守っている。
透「下がっていろ」
透、ゆっくりと刀を抜く。
鬼人たちが一斉に襲いかかる。
透、1体目の爪をかわし、一閃。首が飛ぶ。
2体目、3体目が左右から同時に。透、身を翻しながら二体を両断。
4体目が背後から飛びかかる。振り向かずに刀を突き立てる。
立花「さすがは大尉。俺の出番はなさそうっスね」
馬車の窓から、雫が呆然と見ている。
雫モノローグ『3年前、敵の将軍を討ち取り、毒戦争を終わらせた男』
5体目が雄叫びを上げて突進してくる。透、正面から迎え撃ち、一刀のもとに斬り伏せる。
一瞬の出来事。すべての鬼人が地に倒れる。
透「……終わりだ」※刀の血を払い、鞘に収める
五体の骸を背に、静かに立つ透。
雫モノローグ『救国の英雄——廃屋にいた私でさえ、その名は聞いたことがあった』
透、倒れた骸に向かって静かに手を合わせる。
立花「大尉……」
透「奴らは人を襲い、人を喰らう。それでも元は人間だ。弔いくらいはしてやる」
透、馬車に戻ってくる。
透「怪我はないか」
雫「は、はい……」
透、雫の顔を覗き込む。
透「……震えているぞ」
雫「え……あ……」
自分の手を見ると、確かに震えている。
透、その手をそっと握る。
透「もう大丈夫だ」
雫、透の手の温もりに、震えが止まる。
雫(不思議。この人がいるだけで、怖さが消えていく)
雫モノローグ『ああ、私は今。守られているんだ』
〇街道・馬車の中・夕方
窓の外を見ている透。
透「あれが中継拠点だ」
窓の外に屋敷が見えてくる。
透「鬼人は遠方の山や村の中に出ることも多い。そうした依頼のために、鬼毒特務機関の拠点が街道沿いに点在している」
雫「そうだったんですね」
透「本邸から側近や世話係を何人か先に向かわせてある。今日はここで休もう」
馬車が門の前で止まる。
〇中継拠点・夕方
街道沿いの屋敷。門の前に三人の人影と、一匹の白い獣。
源蔵「お帰りなさいませ、大尉殿」
透「世話になる。紹介しておく」
透、雫の背に手を添えて前に出す。
透「雫だ。俺の妻になる」
柊「……え」※笑顔のまま固まる
柊「ええええええ!?」
小雪「ま、まあ……!」※目を丸くする
源蔵「……これは驚きました」
柊「大尉が結婚……あの大尉がっ……!?」
透「何か言いたいことでも?」※冷たい目
柊「いえいえ、おめでとうございます」※肩をすくめる
透「雫、こちらは源蔵。俺の父の代から仕えている執事だ。元退魔師でもある」
源蔵「雫様、よろしくお願いいたします」※深く頭を下げる
源蔵:60代、元退魔師の執事。透の亡き父に仕えていた古参。
透「こっちは柊。陰陽師だ」
柊「柊です。よろしくお願いしますね、雫さん」※にっこり
柊:20歳、陰陽師の美青年。飄々とした性格。
透「そして小雪。身の回りの世話を任せる」
小雪「小雪と申します。何なりとお申し付けくださいませ」※丁寧にお辞儀
小雪:16歳、銀髪の女中。どこか儚げな雰囲気。
雫「あ、あの……よろしくお願いします」※緊張しながら頭を下げる
白い狐が雫に近づき、くんくんと匂いを嗅ぐ。
大福:柊の式神。もふもふの白狐。
雫「わっ……」※驚いて後ずさる
柊「ああ、こいつは大福。僕の式神です。怖くないですよ」
大福、雫の足元に座り、尻尾をぱたぱた振る。
雫「式神……」
柊「陰陽術で契約した使い魔みたいなものです」
雫「……可愛い」※おそるおそる手を伸ばす
大福、雫の手に頭をすりつける。
柊「珍しい。大福は人見知りなんですが」
透、大福に手を伸ばす。大福、すっと顔を背ける。
柊「大尉は特に嫌われてますからねー」
透「……」※微妙な顔
柊「怖い顔ばっかりしてるから、式神に好かれないんですよ」
透「余計なお世話だ」
雫「ふふっ」※思わず笑ってしまう
透、雫を見る。雫、ハッとして口を押さえる。
雫「あ……すみません、私……」
透「なぜ謝る」
透、ポンと雫の頭に手を乗せて。
透「ここでは好きなだけ笑っていい。泣きたければ泣けばいい。全て、お前の自由だ」
雫、胸が熱くなる。目が潤む。
雫「……はい」
柊、小雪、源蔵、その様子を見守っている。
柊「(小声で)大尉、あんな顔もできるんですね」
小雪「(小声で)素敵です……」
源蔵「(小声で)若様も変わられた」
ギロッと三人を睨む透。※コミカルに
それぞれの持ち場に散っていく三人。
〇中継拠点・雫の部屋前
源蔵が雫を案内している。小雪がついてくる。
源蔵「こちらが雫様のお部屋でございます」
源蔵「何かございましたら、小雪にお申し付けください。では、失礼いたします」
源蔵、一礼して去る。小雪が残る。
小雪「雫様、何かご入用のものはございますか?」※にこっと笑って
雫「ありがとうございます……大丈夫です」
雫、小雪の銀色の髪に目を留める。
雫「あの……小雪さんの髪、綺麗な色ですね」
小雪「気づかれました? 実は私、半妖なんです」
雫「半妖?」
小雪「雪女の血を引いてるんですよ。だからこの髪色で」
雫「そうなんですか。綺麗です」
小雪「ふふ、ありがとうございます」
雫「あの、私。触れたものを傷つけてしまう体質で、きっとこれから色々ご迷惑を……」
小雪、穏やかに微笑む。
小雪「対鬼毒特務機関には、人間だけじゃなく人外の者たちも集まっているんです」
小雪「ここでは誰も、雫様のこと怖がったりしません。安心してください」
雫、目が潤む。
雫「……ありがとうございます」
小雪「そうそう! 私、雫様と同い年なんです。よければ、仲良くしてください」
雫、小雪の柔らかい笑顔に、表情が和らぐ。
雫「……はい!」
〇中継拠点・雫の部屋・夜
ベッドで目を覚ます雫。窓の外を見ると、満天の星空。
雫「……綺麗」
雫、そっと部屋を出る。
〇中継拠点・中庭・夜
満天の星空。雫、庭に出て空を見上げている。
大福がとことこやってきて、足元に座る。
雫「ふふふ、可愛い」※しゃがんで撫でる
透「眠れないのか」
雫「あ……」※振り返る
透、縁側に腰かけている。その手には杯。
雫「透さんこそ、起きていらしたんですか」
透「ああ。少し考え事をな」
雫「……お邪魔でしたか?」
透「いや」
透、隣に座るよう目で促す。雫、少し離れて座る。
透「もっと近くに来い」
雫「え……」
透「毒のことを気にしているなら、必要ない。俺には効かないと言ったろう」
雫、おずおずと透の隣に座る。
二人、並んで星空を見上げる。
雫「……こんなにたくさんの星、初めて見ました」
透「戦場にいた頃、眠れない夜はいつも空を見ていた」
雫「え?」
透「どんな地獄のような場所にも、美しいものはある。そう思えることが救いだった」
雫「私も、廃屋の格子窓から、よく空を見ていました」
空を横切る光。
雫「あっ! 流れ星。初めて見ました」
透「そんなの、これからいくらでも見せてやる」
雫「え?」
透「流れ星も、海も、雪も。その目で見たことのないもの、全てを」
ドキッとして俯く雫。
雫「透さんは、お願い事しないんですか?」
透「そういうのは信じないからな。願って叶うなら、誰も苦労しない」
雫「……そうですよね」
透「だが、雫は願えばいい。どんな願いも、俺が叶えてみせる」
雫「……っ」
雫、顔が熱くなる。
雫モノローグ『なんて人だろう。こんなことを、当然のように言うなんて』
透「信じられない、という顔だな。ならまずは一つ、叶えてやる」
雫「え?」
透、懐から何かを取り出す。薄紫の刺繍が施された、可愛らしい白い手袋。
雫「……手袋?」
透「柊に術を施させた。生活をするのに、色々と不便だろう。これをつけていれば、毒を抑えられる」
雫、手袋を受け取る。震える手で、つけてみる。
透「根本的な治療は帝都で医師と進める。完治するまでの間は、これがあれば毎日の毒抜きも必要ない」
雫の目から涙が溢れる。
雫「……本当に?」
透「ああ」
雫モノローグ『生まれてから、ずっと、何かを傷つけて生きてきた』
過去の雫が花を枯らしてしまっている様子のフラッシュ。
雫モノローグ『それは、この先一生続く私の罪だと思っていた』
雫、涙が止まらない。
雫モノローグ『でもこの人は、その罪から私を解放してくれた』
透、雫を抱き寄せる。
透「よく頑張ったな」
雫、透の胸に顔を埋めて泣く。
雫モノローグ『この腕の中は、こんなにも温かい』
星空の下、抱き合う二人。
〇同時刻・村
村長の屋敷。椿と椿の母が話している。
椿の母「化け物が、軍に連れて行かれたぁ?」
椿「ええ。神代っていう大尉に。しかも『毒が効かない』とか言って平気で触ってて……」
ギリッと爪を噛む椿。
椿「私はあいつのせいで正臣様にも捨てられて、村中の笑い者なのに……!」
椿の母「椿、ちょっと落ち着きな」
椿「落ち着けるわけないでしょ!? 私の人生、全部あいつに滅茶苦茶にされたのよ!」
椿の母「……いいことを教えてやろう。アイツの毒に軍事的な価値があるなら、話は変わる」
椿の母「『16年間、化け物を保護してきた』と主張すれば、相応の報奨金を要求できるかもしれない。あるいは『妹を無理やり連れ去られた』と訴えれば、賠償金だって……」
椿「でも、お金なんかもらったって!!」
椿の母「椿。世の中はね、金なんだよ」
椿「……?」
椿の母「金さえあれば、正臣なんかよりもっといい相手と縁談ができる。あの化け物のおかげで、あんたは幸せになれるのさ。皮肉な話だけどね」
椿、冷たく笑う。
椿「……あいつが幸せになるなんて、絶対に許さない」
椿「今度こそ、アイツを利用してやる」
〇中継拠点・雫の部屋前・深夜
透が雫を部屋まで送ってきた。
透「今日はゆっくり休め」
雫「はい……透さんも。今日は、ありがとうございました」
「ああ。帝都に着いたら、もっと綺麗に見える場所がある。また一緒に見よう」
雫、顔が熱くなる。
雫「……おやすみな——」
透「……っ」
突然、透が胸を押さえてよろめく。壁に手をついて体を支える。
雫「透さん!?」
透の額に汗が浮かぶ。袖口から、黒い紋様がちらりと覗く。
雫、目を見開く。
雫(透さんの腕にあるのは……黒い紋様? 昼間の鬼人と、同じ……)
雫(透さんの体に、何が起きているの……!?)

