〇冒頭ヒキ・廃屋前・夜
松明の明かりが闘を照らす。廃屋を取り囲む村人たち。
正臣「今夜で終わりだ。村の穢れを浄化する!」
椿「さあ、焼き殺しなさい!」
松明が投げ込まれ、炎が燃え上がる。
燃え盛る廃屋を眺めながら笑う椿と正臣。
〇廃屋の中・同時刻
煙が充満していく。咳き込む雫。
雫(ああ……全部終わるんだ)
諦めたように目を閉じかける雫。
その時、窓の外からすすり泣く声が。
背伸びをして覗くと、藁小屋の陰で、火に囲まれて泣いている幼い子供。
雫「――っ!」
目を見開く雫。
鍵のかかった扉に駆け寄る。押しても引いても開かない。
雫(開かない……でも、あの子が……!)
雫は意を決して、素手で扉の鍵部分を握りしめる。
ジュウウ、と音がして、金属が腐食していく。
雫「っ……!」
毒で鍵を焼き切る。扉が開く。
〇燃える廃屋の外・夜
雫は火の中へ飛び込んでいく。
燃え盛る炎の中を走る。熱い。息ができない。
雫(あの子を助けなきゃ)
素手で燃える木材を掴み、道を作る。
雫(熱い……でも、なんでだろう?)
雫(火傷の広がりが、遅い気がする)
毒が火傷を中和している。だが体力は奪われていく。
子供のそばに辿り着く。自分の着物の裾を破り、子供の手に巻く。
雫「お姉ちゃんの手を離さないで」
布越しに手を引き、火の粉が降る中を進む。
背中に火が燃え移る。構わず歩く。
雫「……っ!」
ようやく火の外へ。子供を降ろした瞬間、雫は崩れ落ちる。
子供の母親が駆けつけ、子供を抱きしめる。雫を一瞥するが、何も言わずに去っていく。
雫(よかった……あの子、無事だった)
ぐったりと地面に倒れたまま、夜空を見上げる雫。
雫「綺麗な、空……」
パタパタと足音がして、椿と正臣の声がする。
椿「いたわ! 正臣さま、こっち!」
駆け寄る正臣。倒れている雫を見下ろす。
椿「あら、まだ息があるじゃない」※冷笑
正臣「逃げ出すなんて、往生際が悪い奴だ」
ぼんやりとした意識の中で、正臣のことを見つめる雫。
〇雫の回想
走馬灯のように浮かぶ記憶。
雫モノローグ『誰とも話さない。目も合わせてもらえない』
雫モノローグ『そんな日々の中、珍しく声をかけてきた人がいた』
廃屋の前に立つ青年・正臣(15歳)。格子の向こうにいる幼い雫(8歳)。
正臣「君、いつもひとりなんだな」
雫「……」※警戒した目
正臣「怖がらなくていい……そうだ」
懐から綺麗な紫の石を取り出す。
正臣「これ、あげるよ」
雫「……私に?」
正臣「君の瞳と同じ色だろう?」※にっこり笑う
石を受け取る雫。初めてもらった贈り物。
正臣「なんだ、よく見ればなかなかの美人じゃないか」
雫モノローグ『正臣さんは、この村の領主さまの息子だと聞いていた』
雫モノローグ『そんな人が私なんかと関わって、大丈夫だろうか』
それから正臣は時々、廃屋を訪れるようになった。
正臣「今日は何をしていたの?」
雫「窓から、鳥を見ていました」
正臣「そうか。今度、絵を持ってきてあげよう」
雫「……ありがとうございます」
雫モノローグ『あの頃の私にとって、正臣さんと話す時間は光だった』
雫モノローグ『彼だけは、私を怖がらないでいてくれたから』
その様子をぎりぎりと爪を噛んで睨んでいる椿。
〇回想続き・数日後
雫モノローグ『――けれど。狭い山奥の娯楽のない村で、隠し事などできるはずもない』
村の井戸端。噂話をする女たち。
女A「聞いた? 正臣さま、あの化け物のところに通ってたらしいわよ」
女B「まさか! 次期領主さまが、なんであんなところに?」
焦った表情の正臣が現れる。
正臣「ち、違う! 誤解なんだ!」
女たち「正臣さま……」
椿「正臣さんは被害者なの。あの化け物に誘い込まれたのよ」
女A「誘い込まれた?」
正臣「そっ、そう! そうなんだ! 哀れな声で助けを求めるから、つい情けをかけてしまった。そうしたら毎日のように僕のことを呼ぶようになって……気味が悪くなって関わるのをやめたんだ」
女B「まあ……なんて恐ろしい」
女たち、同情の目で正臣を見る。
雫モノローグ『噂はすぐに広がった』
雫モノローグ『化け物が次期領主を誘惑した。穢れが正臣さまを狙っている、と』
石を投げつけられる雫。以前より激しい。
村人「正臣さまに近づくな!」「化け物が!」
雫は黙って耐える。
〇回想続き・廃屋
廃屋の前に立つ椿。得意げな顔。
椿「聞いた? 私、正臣さまと婚約したの」
雫「……おめでとうございます」
椿「正臣さまはね、あんたみたいな化け物に関わったことをとても後悔してたわ」
雫「……椿姉さんが幸せなら、よかったです」
椿「ふん。気持ち悪い」※吐き捨てて去る
雫モノローグ『椿姉さんは私から正臣さんを奪ったんじゃない』
雫モノローグ『最初から、私のものなんて何もなかった』
格子の向こうで、紫の石を握りしめる雫。
〇同時刻・森・夜
馬を駆る透と立花。
立花「大尉、あの火は……」
透「村だ。急ぐぞ」
〇現在に戻る・廃屋前・夜
倒れている雫。遠のく意識。
正臣「まだ息があるな」
正臣が小さなナイフを振り上げる。
正臣「僕がやる。村のためだ」
椿「さすが正臣さま」
正臣「お前のせいで、どれだけ迷惑したか」
棒が振り上げられる。
雫は目を閉じる。
雫(全部、終わるんだ)
雫モノローグ『もしも最後に願いが叶うなら』
昼間、森で透に触れた瞬間のフラッシュ。
雫(もう一度だけでいい。あの手のぬくもりを……感じたい)
ナイフが振り下ろされる寸前――
馬蹄の音。
透「止まれ!」
全員が動きを止める。
馬から降り立つ透。黒い軍服。
透「対鬼毒特務機関、神代透大尉だ」
正臣「た、大尉殿……」
正臣、動揺しながらも取り繕う。
正臣「ちょうどよかった。この女は危険な化け物でして、我々は村を守るために……」
透「黙れ」
透は正臣を一瞥もせず、倒れている雫に近づく。
椿「ちょっと! その化け物には毒が……!」
透は構わず雫を抱き上げる。どよめく村人たち。
雫が薄く目を開ける。
雫「あなたは……」
透「ああ」
雫「私に触らないで……死んで、しまう……」
透「俺は平気だ」
雫の目から涙がこぼれる。
正臣「お待ちください! その女は化け物で……」
透「化け物だと?」
その時、小さな影が駆け寄ってくる。さっき雫が助けた子供。
子供「お姉ちゃん!」
母親「戻りなさい!」
子供は透の足元で立ち止まり、雫を見上げる。
子供「お姉ちゃん、死んじゃうの?」
透「……死なせない」
子供「よかった……お姉ちゃん、僕を火の中から助けてくれたの」
母親が子供を引き離す。透は静かに村人たちを見渡す。
透「聞いたか。この娘は火の中に飛び込んで子供を救った。お前たちが見殺しにしようとした子供をだ」
椿「……っ」
透「鬼人の件は調査済みだ。森に残っていた鬼毒兵器の残骸が原因とわかった。この娘とは無関係だ」
正臣「し、しかし……」
透「お前たちはこの娘を迫害し、殺そうとした。その罪は重い」
椿「私たちは悪くありません! この女が……」
椿は正臣の腕を掴む。
椿「正臣さま、何か言ってください!」
正臣「俺は関係ない。この女を世話していたのは椿だ」
椿「え……? 正臣さま、私たち一緒に……」
正臣「うるさいっ! お前が勝手にやったことだ。俺は無関係だ」
透「……お前、確かこの村の領主・三郷の息子だったな」
正臣「は、はい……」
透「息子の教育にまで口を出すつもりはないが……次期領主とあろうものが弱い者に力を振るう姿を、父君が見たらどう思うだろうな」
正臣「……っ」
透「帝都に戻り次第、領主殿には書簡を送らせてもらう」
正臣の顔が蒼白になる。
正臣「ま、待ってください……!」
透「行くぞ」
透は雫を抱いたまま、村に背を向ける。
立花「大尉に逆らわない方がいい。身のためだ」
正臣「くっ……」
椿「正臣さま……正臣さま!」
正臣は椿を振り払い、透を追いかけようとするが、立花に止められる。
崩れ落ちる椿。逃げ場を失った正臣。
椿「嘘よ……こんなの嘘!」
椿「アイツのせいよ!!! 全部あの化け物のせいなんだから……!」
〇村外れの川辺・夜明け前
透が雫の傍に来る。
透モノローグ『紫の瞳……間違いない』
透モノローグ『この娘は、あのときの』
透「……まだ少し血が出ているな」
雫「え? あ、これは大したことないので……」
雫の指先には、鍵を毒で焼き切った時の傷がある。
透は何も言わず、雫の指先を口に含む。
雫「!?」
雫(いいいい今、な、舐めっ……!?)
心臓が跳ね上がる。顔が熱い。
透「軍でできるのは簡易的な手当だ。あとで医者に見せる」
雫「で、でも……っ! 私の体には毒がっ!」
透「少し黙っていろ」
雫「……っ」
きゅっと指先に布を巻かれ、顔を赤らめる雫。
沈黙。川の音だけが響く。
透「傷は浅い。すぐ治る」
雫「……はい」
透「名は」
雫「……雫、です」
透「なぜ火の中に飛び込んだ」
雫「……あの子が、泣いていたから」
透「誰にも感謝されないとわかっていても、か」
雫「どうせ終わる命なら、何かの役に立ちたかっただけです。生きていたって、周りに迷惑をかけるだけですから」
透「……」
手を差し出す透。朝日が差し込み、その手を照らす。
透「お前がいらないと言うのなら。その命、俺が貰おう」
透「雫。俺の妻になれ」
雫「つ、妻!?」
雫「……っ」
雫(妻……? 私が……?)
透「おそらく、その毒は俺には効かない。つまりお前に触れられるのは……」
透、ニヤリと笑い、雫の顎に手を当て顔を上げさせる。
透「この世で俺だけだ」
透の瞳の中に映る雫の姿のアップ。
雫(化け物と呼ばれる私を……この人は、望んでくれるの?)
涙がこぼれる。でも、唇が震えながら笑みの形になる。
透「たとえお前が拒んでも。俺は欲しいものは必ず手に入れる」
雫モノローグ『ずっと夢見ていた』
雫モノローグ『誰かに触れたい。温もりを知りたい。……誰かに、必要とされたい』
透「雫、俺と帝都に来い」
雫モノローグ『叶うはずなどないと、諦めていたのに』
雫「……拒む理由なんて、ありません」
震える手を伸ばす。透の手に触れる。
雫(あったかい……)
森で初めて触れた時と同じ。大きくて、温かい手。
透の手が、雫の手を包み込む。
雫(ああ……夢じゃ、ないんだ)
雫「お供します。どこまでも」
透の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
朝日が昇る。手を繋いだまま、歩き出すふたりのシルエット。
雫モノローグ『十六年間、私はずっと暗闇の中にいた』
雫モノローグ『誰かと手を繋ぐだけで、こんなにも心が満たされるなんて』
雫モノローグ『この手を離さなければ、どこまでも歩いていける――そんな気がした』
松明の明かりが闘を照らす。廃屋を取り囲む村人たち。
正臣「今夜で終わりだ。村の穢れを浄化する!」
椿「さあ、焼き殺しなさい!」
松明が投げ込まれ、炎が燃え上がる。
燃え盛る廃屋を眺めながら笑う椿と正臣。
〇廃屋の中・同時刻
煙が充満していく。咳き込む雫。
雫(ああ……全部終わるんだ)
諦めたように目を閉じかける雫。
その時、窓の外からすすり泣く声が。
背伸びをして覗くと、藁小屋の陰で、火に囲まれて泣いている幼い子供。
雫「――っ!」
目を見開く雫。
鍵のかかった扉に駆け寄る。押しても引いても開かない。
雫(開かない……でも、あの子が……!)
雫は意を決して、素手で扉の鍵部分を握りしめる。
ジュウウ、と音がして、金属が腐食していく。
雫「っ……!」
毒で鍵を焼き切る。扉が開く。
〇燃える廃屋の外・夜
雫は火の中へ飛び込んでいく。
燃え盛る炎の中を走る。熱い。息ができない。
雫(あの子を助けなきゃ)
素手で燃える木材を掴み、道を作る。
雫(熱い……でも、なんでだろう?)
雫(火傷の広がりが、遅い気がする)
毒が火傷を中和している。だが体力は奪われていく。
子供のそばに辿り着く。自分の着物の裾を破り、子供の手に巻く。
雫「お姉ちゃんの手を離さないで」
布越しに手を引き、火の粉が降る中を進む。
背中に火が燃え移る。構わず歩く。
雫「……っ!」
ようやく火の外へ。子供を降ろした瞬間、雫は崩れ落ちる。
子供の母親が駆けつけ、子供を抱きしめる。雫を一瞥するが、何も言わずに去っていく。
雫(よかった……あの子、無事だった)
ぐったりと地面に倒れたまま、夜空を見上げる雫。
雫「綺麗な、空……」
パタパタと足音がして、椿と正臣の声がする。
椿「いたわ! 正臣さま、こっち!」
駆け寄る正臣。倒れている雫を見下ろす。
椿「あら、まだ息があるじゃない」※冷笑
正臣「逃げ出すなんて、往生際が悪い奴だ」
ぼんやりとした意識の中で、正臣のことを見つめる雫。
〇雫の回想
走馬灯のように浮かぶ記憶。
雫モノローグ『誰とも話さない。目も合わせてもらえない』
雫モノローグ『そんな日々の中、珍しく声をかけてきた人がいた』
廃屋の前に立つ青年・正臣(15歳)。格子の向こうにいる幼い雫(8歳)。
正臣「君、いつもひとりなんだな」
雫「……」※警戒した目
正臣「怖がらなくていい……そうだ」
懐から綺麗な紫の石を取り出す。
正臣「これ、あげるよ」
雫「……私に?」
正臣「君の瞳と同じ色だろう?」※にっこり笑う
石を受け取る雫。初めてもらった贈り物。
正臣「なんだ、よく見ればなかなかの美人じゃないか」
雫モノローグ『正臣さんは、この村の領主さまの息子だと聞いていた』
雫モノローグ『そんな人が私なんかと関わって、大丈夫だろうか』
それから正臣は時々、廃屋を訪れるようになった。
正臣「今日は何をしていたの?」
雫「窓から、鳥を見ていました」
正臣「そうか。今度、絵を持ってきてあげよう」
雫「……ありがとうございます」
雫モノローグ『あの頃の私にとって、正臣さんと話す時間は光だった』
雫モノローグ『彼だけは、私を怖がらないでいてくれたから』
その様子をぎりぎりと爪を噛んで睨んでいる椿。
〇回想続き・数日後
雫モノローグ『――けれど。狭い山奥の娯楽のない村で、隠し事などできるはずもない』
村の井戸端。噂話をする女たち。
女A「聞いた? 正臣さま、あの化け物のところに通ってたらしいわよ」
女B「まさか! 次期領主さまが、なんであんなところに?」
焦った表情の正臣が現れる。
正臣「ち、違う! 誤解なんだ!」
女たち「正臣さま……」
椿「正臣さんは被害者なの。あの化け物に誘い込まれたのよ」
女A「誘い込まれた?」
正臣「そっ、そう! そうなんだ! 哀れな声で助けを求めるから、つい情けをかけてしまった。そうしたら毎日のように僕のことを呼ぶようになって……気味が悪くなって関わるのをやめたんだ」
女B「まあ……なんて恐ろしい」
女たち、同情の目で正臣を見る。
雫モノローグ『噂はすぐに広がった』
雫モノローグ『化け物が次期領主を誘惑した。穢れが正臣さまを狙っている、と』
石を投げつけられる雫。以前より激しい。
村人「正臣さまに近づくな!」「化け物が!」
雫は黙って耐える。
〇回想続き・廃屋
廃屋の前に立つ椿。得意げな顔。
椿「聞いた? 私、正臣さまと婚約したの」
雫「……おめでとうございます」
椿「正臣さまはね、あんたみたいな化け物に関わったことをとても後悔してたわ」
雫「……椿姉さんが幸せなら、よかったです」
椿「ふん。気持ち悪い」※吐き捨てて去る
雫モノローグ『椿姉さんは私から正臣さんを奪ったんじゃない』
雫モノローグ『最初から、私のものなんて何もなかった』
格子の向こうで、紫の石を握りしめる雫。
〇同時刻・森・夜
馬を駆る透と立花。
立花「大尉、あの火は……」
透「村だ。急ぐぞ」
〇現在に戻る・廃屋前・夜
倒れている雫。遠のく意識。
正臣「まだ息があるな」
正臣が小さなナイフを振り上げる。
正臣「僕がやる。村のためだ」
椿「さすが正臣さま」
正臣「お前のせいで、どれだけ迷惑したか」
棒が振り上げられる。
雫は目を閉じる。
雫(全部、終わるんだ)
雫モノローグ『もしも最後に願いが叶うなら』
昼間、森で透に触れた瞬間のフラッシュ。
雫(もう一度だけでいい。あの手のぬくもりを……感じたい)
ナイフが振り下ろされる寸前――
馬蹄の音。
透「止まれ!」
全員が動きを止める。
馬から降り立つ透。黒い軍服。
透「対鬼毒特務機関、神代透大尉だ」
正臣「た、大尉殿……」
正臣、動揺しながらも取り繕う。
正臣「ちょうどよかった。この女は危険な化け物でして、我々は村を守るために……」
透「黙れ」
透は正臣を一瞥もせず、倒れている雫に近づく。
椿「ちょっと! その化け物には毒が……!」
透は構わず雫を抱き上げる。どよめく村人たち。
雫が薄く目を開ける。
雫「あなたは……」
透「ああ」
雫「私に触らないで……死んで、しまう……」
透「俺は平気だ」
雫の目から涙がこぼれる。
正臣「お待ちください! その女は化け物で……」
透「化け物だと?」
その時、小さな影が駆け寄ってくる。さっき雫が助けた子供。
子供「お姉ちゃん!」
母親「戻りなさい!」
子供は透の足元で立ち止まり、雫を見上げる。
子供「お姉ちゃん、死んじゃうの?」
透「……死なせない」
子供「よかった……お姉ちゃん、僕を火の中から助けてくれたの」
母親が子供を引き離す。透は静かに村人たちを見渡す。
透「聞いたか。この娘は火の中に飛び込んで子供を救った。お前たちが見殺しにしようとした子供をだ」
椿「……っ」
透「鬼人の件は調査済みだ。森に残っていた鬼毒兵器の残骸が原因とわかった。この娘とは無関係だ」
正臣「し、しかし……」
透「お前たちはこの娘を迫害し、殺そうとした。その罪は重い」
椿「私たちは悪くありません! この女が……」
椿は正臣の腕を掴む。
椿「正臣さま、何か言ってください!」
正臣「俺は関係ない。この女を世話していたのは椿だ」
椿「え……? 正臣さま、私たち一緒に……」
正臣「うるさいっ! お前が勝手にやったことだ。俺は無関係だ」
透「……お前、確かこの村の領主・三郷の息子だったな」
正臣「は、はい……」
透「息子の教育にまで口を出すつもりはないが……次期領主とあろうものが弱い者に力を振るう姿を、父君が見たらどう思うだろうな」
正臣「……っ」
透「帝都に戻り次第、領主殿には書簡を送らせてもらう」
正臣の顔が蒼白になる。
正臣「ま、待ってください……!」
透「行くぞ」
透は雫を抱いたまま、村に背を向ける。
立花「大尉に逆らわない方がいい。身のためだ」
正臣「くっ……」
椿「正臣さま……正臣さま!」
正臣は椿を振り払い、透を追いかけようとするが、立花に止められる。
崩れ落ちる椿。逃げ場を失った正臣。
椿「嘘よ……こんなの嘘!」
椿「アイツのせいよ!!! 全部あの化け物のせいなんだから……!」
〇村外れの川辺・夜明け前
透が雫の傍に来る。
透モノローグ『紫の瞳……間違いない』
透モノローグ『この娘は、あのときの』
透「……まだ少し血が出ているな」
雫「え? あ、これは大したことないので……」
雫の指先には、鍵を毒で焼き切った時の傷がある。
透は何も言わず、雫の指先を口に含む。
雫「!?」
雫(いいいい今、な、舐めっ……!?)
心臓が跳ね上がる。顔が熱い。
透「軍でできるのは簡易的な手当だ。あとで医者に見せる」
雫「で、でも……っ! 私の体には毒がっ!」
透「少し黙っていろ」
雫「……っ」
きゅっと指先に布を巻かれ、顔を赤らめる雫。
沈黙。川の音だけが響く。
透「傷は浅い。すぐ治る」
雫「……はい」
透「名は」
雫「……雫、です」
透「なぜ火の中に飛び込んだ」
雫「……あの子が、泣いていたから」
透「誰にも感謝されないとわかっていても、か」
雫「どうせ終わる命なら、何かの役に立ちたかっただけです。生きていたって、周りに迷惑をかけるだけですから」
透「……」
手を差し出す透。朝日が差し込み、その手を照らす。
透「お前がいらないと言うのなら。その命、俺が貰おう」
透「雫。俺の妻になれ」
雫「つ、妻!?」
雫「……っ」
雫(妻……? 私が……?)
透「おそらく、その毒は俺には効かない。つまりお前に触れられるのは……」
透、ニヤリと笑い、雫の顎に手を当て顔を上げさせる。
透「この世で俺だけだ」
透の瞳の中に映る雫の姿のアップ。
雫(化け物と呼ばれる私を……この人は、望んでくれるの?)
涙がこぼれる。でも、唇が震えながら笑みの形になる。
透「たとえお前が拒んでも。俺は欲しいものは必ず手に入れる」
雫モノローグ『ずっと夢見ていた』
雫モノローグ『誰かに触れたい。温もりを知りたい。……誰かに、必要とされたい』
透「雫、俺と帝都に来い」
雫モノローグ『叶うはずなどないと、諦めていたのに』
雫「……拒む理由なんて、ありません」
震える手を伸ばす。透の手に触れる。
雫(あったかい……)
森で初めて触れた時と同じ。大きくて、温かい手。
透の手が、雫の手を包み込む。
雫(ああ……夢じゃ、ないんだ)
雫「お供します。どこまでも」
透の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
朝日が昇る。手を繋いだまま、歩き出すふたりのシルエット。
雫モノローグ『十六年間、私はずっと暗闇の中にいた』
雫モノローグ『誰かと手を繋ぐだけで、こんなにも心が満たされるなんて』
雫モノローグ『この手を離さなければ、どこまでも歩いていける――そんな気がした』

