〇冒頭ヒキ・廃屋前・夕暮れ
山間の寒村。ボロボロの廃屋の前に立つ雫(16歳)。紫の瞳のアップ。
村人たちが石を投げつける。
村人「化け物!」「穢れが!」「こっち見るな!」
石が雫の頬をかすめ、血が流れる。身を縮める雫。逃げ場はない。
雫「ごめんなさい……ごめんなさい……」
罵声が響く中、小さく謝り続ける雫。
雫モノローグ『私は化け物。触れたものを穢す、呪いの子』
雫の手が木の扉に触れる。黒い染みがジワリと広がり、木が腐っていく様子。
雫モノローグ『決して、誰にも触れてはならない。それが私に課せられた――生きるための"ルール"』


〇廃屋内部・夜
薄暗い部屋。床には藁が敷いてあるだけ。窓には格子。牢獄のような空間。
扉が開き、長い棒の先に食器を引っ掛けた椿(22歳)が入ってくる。
 椿:雫の義姉。きつい目つきの女性。
椿「……っ!」
棒を振って食器を床に放り投げる。中身がこぼれる。
雫「ありがとう、椿姉さん」
椿「誰が話していいと言った! 気持ち悪い」※吐き捨てるように
びくっとする雫。
椿「あんたさえいなければ、私はこんな山奥に縛られずに済んだのに」
雫「……ごめんなさい」
鼻を鳴らして、踵を返して出て行く椿。扉が乱暴に閉められる。


〇雫の回想・幼少期
雫モノローグ『私が生まれた時、お母さんは私に触れて手が爛れた』
出産の場面。産婆が赤ん坊の雫に触れた瞬間、悲鳴を上げる。
「呪いだ!」「穢れの子が生まれた!」と騒ぐ村人たち。
雫モノローグ『母さんは私を抱くことも、授乳もできなかったそうだ』
追い詰められた母親の姿。我が子を見つめるが、触れられない。
雫モノローグ『私が生まれて数ヶ月後。お母さんは、川に身を投げた』
月明かりに照らされた川。母親のシルエット。
雫モノローグ『椿姉さんは、お父さんが再婚した相手の連れ子だった』
幼い椿が、赤ん坊の雫を遠くから怯えた目で見ている様子。
雫モノローグ『呪われた娘が怖くなったのだろう。お父さんは、私を置いて消えた』
村長(70歳)と椿の母(45歳)が話しているシーン。
村長「ガキとはいえ、殺せば面倒になるじゃろう。山奥に閉じ込めておくかの」
椿の母「さっさと殺してしまえばいいのに。生かしておくことに、私にはなんの得が?」
村長「そうじゃのう。最低限の"養育費"は渡す。好きにするといい……死ななければ」
意地悪くニヤリと笑う村長。
雫モノローグ『こうして私は、人目につかないこの廃屋で暮らすことになった』

〇現在に戻る・廃屋内部
格子窓から月を見上げる雫。
雫(誰かに触れることも、触れられることも。私には許されない)
雫(でも、もしも願いが叶うなら……)
自分の手を見つめる。黒い筋が入った両手。
雫(人の温もりを、知ってみたい)


〇帝都・対鬼毒特務機関・昼
近代的な建物。軍服姿の人々が行き交う。
会議室。地図を囲む立花少尉(25歳)と上官。
 立花少尉:爽やかな短髪の青年。透の右腕的存在。
立花「先ほど北部の村から、鬼人(きじん)の報告がありました。最近多いっスねえ」
上官「またそんな辺境に……厄介だな」
立花モノローグ『50年前。西洋から持ち込まれた、呪術と毒が混ざった兵器"鬼毒(きどく)"が世界を襲った』
50年前の戦場写真。鬼化した兵士たちが味方を襲う記録映像。
立花モノローグ『死体は鬼化して甦り、噛まれれば感染する。毒が回ると、人は心を失った、“鬼人(きじん)”となる』
立花モノローグ『大国が滅びかけたこの戦いは"毒戦争"と呼ばれた』
地図上に記された鬼毒被害地域。赤い印が各地に広がっている。
立花モノローグ『長きにわたって続いた戦争が終わって3年――大規模な討伐は済んだが、各地でいまだ鬼人は現れる』
重い表情で最新の被害報告書を見つめる上官。
立花モノローグ『そうした残党を処理するのも、俺たちの役目だ』
扉が勢いよく開く。廊下を歩く人々が一斉に敬礼。
「神代大尉!」
扉が開き、黒い軍服の男が入ってくる。神代透(27歳)。
 神代透:対鬼毒特務機関のエース。整った顔立ちの黒髪の男。冷たい目をした美青年。
透「俺が出る」
上官「おう、頼んだぞ英雄様」
透「立花、ついてこい」
立花「はい!」
透、振り返らずに部屋を出ていく。立花、慌てて後を追う。

〇森・夕方
透と立花が馬で森を進んでいる。
立花「大尉、この辺りで鬼人の目撃情報があったんですよね」
透「ああ。村に被害が出る前に片付ける」
透、ふと胸を押さえる。顔色が悪い。
立花「大尉……また、痛むんですか」
透「問題ない。先に村の様子を見てこい。俺は少し休んでから追う」
立花「しかし……」
透「命令だ」
立花、心配そうな顔で馬を走らせる。
透、馬を降りて木に寄りかかる。額に汗。
透「くっ……」

〇森・夕方
椿「さっさと済ませなさいよ!!」
森の入り口、どさっと切り株に座る椿。手鏡で自分の顔を眺めている。
椿「ふふっ、今日も完璧……」※髪をいじりながら
雫の方など見向きもしない。
雫モノローグ『一日に一回。この身体は、毒抜きをしなければならない』
雫は森の奥へ歩いていく。
素手で木の幹に触れる。黒い染みがジワリと広がり、木が枯れていく。
雫「ごめんなさい……」
雫(こうしないと、部屋に毒が溜まってしまうから)
雫(生きているだけで、何かを傷つけるなんて。最悪ね)
森の奥から、苦しそうな呻き声が聞こえる。
雫「……?」
恐る恐る声のする方へ。

〇森の奥
木に寄りかかって苦しむ透。額に汗、顔色が悪い。
片手で胸を庇うように押さえ、荒い呼吸。
透「っ……」
現れる雫。透の姿を見て立ち止まる。
雫(すごく苦しそう)
雫「あの……大丈夫ですか?」
透は雫を見る。紫の瞳が夕日に照らされている。
透「近寄るな!」※表情は見えずに怒声
雫「(ビクッとして)す、すみませんっ!」
立ち去ろうと歩き出す雫。後ろから、ゼーハーと辛そうな透の息遣い。
雫(息が荒い。怪我をしているのかしら)
雫(……見捨てることなんて、できない)
雫「あの、お医者様なら山の下のっ」
再び踵を返して駆け寄った瞬間、足元の根に躓く雫。バランスを崩し、倒れそうになる。
雫「っ!」
透「おいっ……!」
咄嗟に雫の腰を抱き寄せる透。雫の体が透の胸元に収まる。
見上げると、すぐ近くに透の顔がある。
雫(……ち、近い!!!)
心臓がうるさい。
透の瞳に夕日が映り込んでいる。透の苦しそうな表情が、ふっと和らぐ。
雫、ハッと我にかえり。
雫「ご、ごめんなさい!」
慌てて手を引く。膝をついて頭を下げる。
雫「触ってしまって……本当に、申し訳ありません……!」
雫(どうしよう。苦しみ出すかもしれない、死んでしまうかも……)
震える雫。目から涙がこぼれる。
透は自分の腕を見る。※腕には何も起きていない。
透(痛みが……消えた?)
雫は立ち上がり、走り出す。
透「待て」
手を伸ばす透。だが振り返らずに、逃げる雫。
透「……何者だ」
雫の瞳の印象的なアップ。
透(あの紫の瞳。もう一度、会わなければ)


〇森の入り口
まだ手鏡を見ている椿。息を切らして戻ってくる雫に気づき、慌てて鏡をしまう。
椿「遅い! 何してたのよ!」
雫「ご、ごめんなさい……」
椿「まったく。さっさと戻るわよ」
雫を睨みつけ、先に歩き出す椿。
俯いたまま後をついていく雫。
雫(さっきの人……大丈夫だったかな)
自分の手を見つめる。
雫(人の手って、あんなに温かいんだ)
自分の手を胸の前で握りしめる。
雫(もう会うことはないだろうけど……無事でいてほしい)
雫の紫の瞳が静かに光る。


〇村長宅・夜
村長と椿が話している。そこに正臣(23歳)が入ってくる。
 正臣:領主の息子であり、椿の婚約者。
正臣「鬼人の件、猟師から詳しく話を聞きました」
村長「それで?」
正臣「森の奥で遭遇したそうです。軍が調査に来るかもしれません」
椿「軍が来るの? 困るわ……」
村長「……あのガキのことが知られたらまずいのう」
正臣「ええ。軍に内密に化け物を飼っていたと疑われかねないですし」
正臣と村長が目を合わせる。
村長「……やむを得ん。今夜、始末をつけるか」
椿の目が冷たく光る。
椿「ふふ……やっと、この日が来たのね」


〇村の広場・夜
松明を手にした村人たちが集まっている。
椿「正臣さん、私、怖いわ!」
正臣、わざとらしく腕を掴む椿を優しく抱きしめる。
正臣「大丈夫だ、椿。君は俺が守る。」
正臣「皆さん、今夜こそ村の穢れを払いましょう!」
村人たちの歓声。
正臣「さあ、化け物退治の時間だ」
松明を掲げ、悪役の顔でニヤリと笑う正臣。