【二〇二五クリスマス企画】 妹に裏切られた後宮の最下妃の私が今宵、ご懐妊いたしました

 美鶴よりも先に千鬼丸のもとへたどり着いた弧月が、小さな我が子をひょいと抱き上げる。
 まだ慣れない弧月の抱っこは心地が悪いのかいつもはすぐに身じろいで逃げ出す千鬼丸。だが今は気にならないのか、もみの木を見上げ興奮気味に喜んでいた。
 そんな赤子の様子に頬を緩めながら、弧月は苦笑し柔らかな声で話す。

「どうやら、この蝋燭は千鬼丸が点けたようだな。先ほどのように自らの炎を飛ばして点けたのだろう」

 幾分感心するような弧月の言葉に美鶴は誇らしい気持ちも湧いたが、それ以上に不安の方が勝る。

「それは優秀なことで喜ばしいのですが……もし蝋燭に点けられなければ木に燃え移っていたかも知れません。やはり、危険なことに変わりはないです。今回は予知の内容を弧月様にお伝えすることも遅れてしまいましたし……でも、間に合ったようで本当に良かった」

 心配から不満は口にしたが、今はやはり千鬼丸が無事でいてくれたことを素直に喜ぶ。
 手を伸ばし、父に抱かれた千鬼丸のふくよかな頬を撫でる。滑らかで柔らかいその感触に、やっと心に安寧が訪れた気がした。

「間に合った……か」

 美鶴と同じように慈しみの眼差しで千鬼丸を見ていた弧月が、軽く眉を寄せ苦笑いの表情を作り呟く。

「間に合った故に千鬼丸が無事に済んだのか……もしくは、間に合わなくとも無事に済んだのか」
「弧月様?」

 何が言いたいのか分からず、美鶴は小首を傾げ見上げるように問いかけた。
 そんな美鶴へと視線を移した弧月は、「今思い出したのだがな」と話し始める。

「そういえば、俺だけでなく千鬼丸も運命をねじ伏せる力があったのではなかったか?」
「え? ……あっ!」

 弧月の言葉の意味がすぐには理解できなかったが、理解できた途端ある事件を思い出した。
 千鬼丸がまだ美鶴の腹にいた頃、灯と香が野犬に襲われる予知を視た。そのときは弧月に伝え、助けとなる者を派遣してもらう前に事件が起こってしまったのだが、それでも二人は無事に済んだ。
 おそらく、腹の子――千鬼丸にも弧月と同じ運命をねじ伏せる力があるのだろうという結論に至っていたのだが、その後検証できるようなこともなかったため少々忘れていた。
 今回のことは、計らずともあのときの結論が正しかったのだと証明されることとなったようだ。
 驚く美鶴と弧月に見つめられた千鬼丸は、弧月の腕の中で元気にはしゃいでいる。

「たーた! ふぁーあ! ぅきゃあー!」

 深夜だというのに、本当に赤子は元気だ。
 元気すぎて弧月の腕から転げ落ちそうになり、慌てて美鶴が支える。千鬼丸はそのまま美鶴の方へとよじ登り、自力で美鶴の腕の中へと納まってしまった。

「まったく、俺が抱くのでは不服か?」

 不満を口にしつつも、弧月はどこか面白そうだ。千鬼丸の代わりのように美鶴の肩に腕を回し、身を寄せる。

「では仕方ないので、母ごと抱くとしよう」
「弧月様……」

 からかっているような口調だったので少々咎めるように名を呼んだが、その行為自体は嬉しかった。
 おそらく、防寒としては少々心許ない格好の自分を温めようとしてくれているのだろう。
 弧月も美鶴がちゃんと理解していることを知っている様子で、非難の声にいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
 少々幼さが垣間見えるその表情にどきりとしていると、彼は紅玉の瞳を穏やかな色に変えもみの木を見上げる。

「そういえば大使が言っていた。この飾りを付けたもみの木を使用する西方の祭事では、皆家族と過ごす時を大事にするのだという」
「家族と、ですか?」

 そのまま問い返すと、弧月は視線だけを美鶴と千鬼丸に向け微笑んだ。

「千鬼丸の炎で灯された木だ。少々寒いが、もう少しだけこの光景を共に見てくれないか?」

 愛しい夫の提案に、美鶴は「はい」と首肯しもみの木を見上げた。
 木のいたるところに灯された蠟燭は、澄んだ冷気の中暖かな光を放っている。その蠟燭の火が共に飾られた林檎を照らし、僅かだが彩も与えられていた。
 趣は少々変わっていて、雅というのとは違う気もするが、美しくはあった。

「美しいですね……」

 素直に感想を漏らすと、隣から優しい吐息が聞こえてくる。
 ちらりと見上げると、視線が合った。

「この美しい光景を――この夜を、美鶴と千鬼丸と共に過ごせたこと、嬉しく思う」
「私も、嬉しいです」

 自分も同じだと返すと、腕の中の千鬼丸がぐっと両腕を上げて、自分もだとでもいうように主張した。

「あいあいうー!」


 終わり