弧月に呼ばれ、見せられた一本のもみの木を見て、美鶴はすぐに予知で視たのはこの木だと理解した。
朝餉を終え、子の刻の頃に弧月のもとへ行くと、紫宸殿の方へと連れられその木を見せられた。
わざわざ運び入れられたのか、南庭の端の方に十尺ほどの木が一本置かれている。
もみの木は冬でも葉を落とさない木で、針のように細い葉を持つのが特徴だ。山などにはよく自生しており、何ら珍しい木ではない。
ただ、南庭に置かれた木は赤い実と蝋燭が括り付けられていて、なんとも面妖な様子に美鶴は少々困惑した。
「……なぜ、林檎が?」
あまりにも不思議で、思わず声が出る。
もみの木は赤い実をつけるが、時期は過ぎたはずだ。何より、木に括り付けられている赤い実の形状はどう見ても林檎である。
これは何なのだろうと、この木を見てみろと言った弧月に視線を向けた。
「どう思う?」
「ど、どう思うと言われましても……」
まず何なのかを知りたいというのに、逆に問い返されて美鶴は困り果てる。どう答えるべきかも分からず腕の中の千鬼丸を見ると、彼は小さな唇を丸い形に開いて不思議な木をじーっと見上げていた。
美鶴が困っているのを見て取り、弧月は苦笑しながら「すまない」と謝ってくる。
「俺自身もどういった感想を持てばいいのか分からなくてな」
と、少し困惑した表情を見せた弧月は、この木が何なのかを教えてくれた。
なんでも、周辺国から戻ってきた大使が西の方で冬に行う祭事があるというのを聞いたらしい。その祭事ではもみの木に林檎と蝋燭を飾るのだそうで、この故妖国にももみの木があるため再現してみたのだそうだ。
聖なる人物の誕生を祝う祭事らしいが、飾るのが林檎と蝋燭なのには理由があるらしい。といっても、その謂れに関しての話は大使の語学力では理解できず、なぜなのかは謎のままだそうだ。
「はあ……」
理由が分からなければ結局意味の分からないものでしかない。美鶴は曖昧な返事をしてもう一度面妖なもみの木を見上げた。
(あ、でも、植物に何かを飾るというのは七夕と似ているかもしれないわ)
立派な幹を持ち、緑の葉が生い茂るもみの木は、七夕の笹とは違い雅さを感じにくい。だが、雰囲気としては似たようなものなのかもしれない。
それを伝えると、弧月も納得の様子を見せた。
「確かに、七夕のように飾りに意味を持たせているのなら似ているのかもしれぬな」
頷いた弧月は、千鬼丸同様もみの木を見上げる。そうして、ふっと口元を緩めた。
「これは夜になれば蝋燭に火を灯すのだそうだ。暗闇にいくつもの灯が点る光景は、美しいかもしれぬな」
横から見上げた弧月の紅玉の目には、少々期待のようなものが見て取れる。
少年のような無邪気さを感じ取り、美鶴の表情も緩んだ。
「そうですね……」
微笑みながら応えると、優しい眼差しが下りてくる。
柔らかな光を灯す赤い目と見つめ合いあたたかな心地に包まれていたが、この木が今朝見た予知と関わりがあることを思い出し、伝えなければと思い立つ。
「あ、弧月様――」
「主上、お耳に入れたきことが」
伝えようと口を開くが、さっと現れた青みがかった黒髪と金の目を持つ公達が弧月に声を掛けてきた。
弧月と小夜と筒井筒の仲だという彼――時雨は、弧月の側近でもある。
急ぎ伝えなければならないことがあるのだろう、彼の真剣な表情に邪魔をしてはいけないと思った。
「では、私は失礼いたしますね」
大事な話に赤子を抱いたまま居座るわけにもいかない。長引くと暇する機会を逸してしまいそうだということもあり、美鶴は二人から離れ共に来ていた小夜と南庭を後にした。
予知のことは伝えられなかったが、別に直接伝えなければならないわけではないのだ。
直接伝えたほうがいいかもしれないと思った理由である変わった木に関しては、今しがた見た木だと分かった。あの側で近日中の夜に事故が起こることが弧月に伝われば問題はない。
(後で小夜に伝えてもらえるよう頼みましょう)
と、軽く考えていた。
だが、後から考えればこれは油断していたのだろう。
千鬼丸が生まれてからというもの、大変なことはあれど平和に過ごしていたから。
まさか、その夜になっても予知のことが弧月に伝わらないなど、つゆとも思っていなかったのだ。
朝餉を終え、子の刻の頃に弧月のもとへ行くと、紫宸殿の方へと連れられその木を見せられた。
わざわざ運び入れられたのか、南庭の端の方に十尺ほどの木が一本置かれている。
もみの木は冬でも葉を落とさない木で、針のように細い葉を持つのが特徴だ。山などにはよく自生しており、何ら珍しい木ではない。
ただ、南庭に置かれた木は赤い実と蝋燭が括り付けられていて、なんとも面妖な様子に美鶴は少々困惑した。
「……なぜ、林檎が?」
あまりにも不思議で、思わず声が出る。
もみの木は赤い実をつけるが、時期は過ぎたはずだ。何より、木に括り付けられている赤い実の形状はどう見ても林檎である。
これは何なのだろうと、この木を見てみろと言った弧月に視線を向けた。
「どう思う?」
「ど、どう思うと言われましても……」
まず何なのかを知りたいというのに、逆に問い返されて美鶴は困り果てる。どう答えるべきかも分からず腕の中の千鬼丸を見ると、彼は小さな唇を丸い形に開いて不思議な木をじーっと見上げていた。
美鶴が困っているのを見て取り、弧月は苦笑しながら「すまない」と謝ってくる。
「俺自身もどういった感想を持てばいいのか分からなくてな」
と、少し困惑した表情を見せた弧月は、この木が何なのかを教えてくれた。
なんでも、周辺国から戻ってきた大使が西の方で冬に行う祭事があるというのを聞いたらしい。その祭事ではもみの木に林檎と蝋燭を飾るのだそうで、この故妖国にももみの木があるため再現してみたのだそうだ。
聖なる人物の誕生を祝う祭事らしいが、飾るのが林檎と蝋燭なのには理由があるらしい。といっても、その謂れに関しての話は大使の語学力では理解できず、なぜなのかは謎のままだそうだ。
「はあ……」
理由が分からなければ結局意味の分からないものでしかない。美鶴は曖昧な返事をしてもう一度面妖なもみの木を見上げた。
(あ、でも、植物に何かを飾るというのは七夕と似ているかもしれないわ)
立派な幹を持ち、緑の葉が生い茂るもみの木は、七夕の笹とは違い雅さを感じにくい。だが、雰囲気としては似たようなものなのかもしれない。
それを伝えると、弧月も納得の様子を見せた。
「確かに、七夕のように飾りに意味を持たせているのなら似ているのかもしれぬな」
頷いた弧月は、千鬼丸同様もみの木を見上げる。そうして、ふっと口元を緩めた。
「これは夜になれば蝋燭に火を灯すのだそうだ。暗闇にいくつもの灯が点る光景は、美しいかもしれぬな」
横から見上げた弧月の紅玉の目には、少々期待のようなものが見て取れる。
少年のような無邪気さを感じ取り、美鶴の表情も緩んだ。
「そうですね……」
微笑みながら応えると、優しい眼差しが下りてくる。
柔らかな光を灯す赤い目と見つめ合いあたたかな心地に包まれていたが、この木が今朝見た予知と関わりがあることを思い出し、伝えなければと思い立つ。
「あ、弧月様――」
「主上、お耳に入れたきことが」
伝えようと口を開くが、さっと現れた青みがかった黒髪と金の目を持つ公達が弧月に声を掛けてきた。
弧月と小夜と筒井筒の仲だという彼――時雨は、弧月の側近でもある。
急ぎ伝えなければならないことがあるのだろう、彼の真剣な表情に邪魔をしてはいけないと思った。
「では、私は失礼いたしますね」
大事な話に赤子を抱いたまま居座るわけにもいかない。長引くと暇する機会を逸してしまいそうだということもあり、美鶴は二人から離れ共に来ていた小夜と南庭を後にした。
予知のことは伝えられなかったが、別に直接伝えなければならないわけではないのだ。
直接伝えたほうがいいかもしれないと思った理由である変わった木に関しては、今しがた見た木だと分かった。あの側で近日中の夜に事故が起こることが弧月に伝われば問題はない。
(後で小夜に伝えてもらえるよう頼みましょう)
と、軽く考えていた。
だが、後から考えればこれは油断していたのだろう。
千鬼丸が生まれてからというもの、大変なことはあれど平和に過ごしていたから。
まさか、その夜になっても予知のことが弧月に伝わらないなど、つゆとも思っていなかったのだ。



