【二〇二五クリスマス企画】 妹に裏切られた後宮の最下妃の私が今宵、ご懐妊いたしました

 庇を上げて見えた世界は、愛しい方の髪の色のような煌めく白だった。

 元は平民であった美鶴(みつる)が内裏で過ごす二度目の冬。
 一度目の冬は内裏での生活にも慣れてきたころだったが、まだまだ学ぶことが多く景色を楽しめる余裕などなかった。
 なにより、あの頃は腹に子がいたのだ。死の運命から逃れられずにいた美鶴をこの内裏に連れてきて妻にしてくれた、妖の帝・弧月(こげつ)との子が。
 妊娠初期を過ぎ安定してきたころではあったが、まだ少し悪阻もあり尚更余裕はなかった。
 だが、今は諸々の難題も片付き、子も無事に生まれた。
 侍女兼教育係でもある小夜からはまだ学ばなければならないことはあるが、それでも内裏へ来た頃に比べれば随分貴族らしい振る舞いができるようになったと思う。
 そんな安定した状態だからだろう。目の前に広がった景色を見て、つい夫である弧月の髪色と重ねてしまうほど美しいと感じる余裕があったのは。
 冷えた空気の清々しさを吸い込み吐くと、呼気が白く色付く。目の前が僅かに霞掛かり、それが晴れる前に後方から声がした。

「ふぁーあ!」

 見ると、角の生えた赤子が這いながら美鶴を目指して向かってきていた。
 その更に後ろからは、狐の耳としっぽをもふもふと揺らしている双子の童女――(あかり)(かおり)が慌てた様子で追いかけてくる。

「御子様、お寒うございます」
「せめてこちらを羽織りくださいませ」

 防寒のために重ね着させようと小袖を手に持ち赤子を追いかける二人だが、赤子――美鶴と弧月の子である、幼名を千鬼丸と名付けられた皇子は母を求めているのか止まる様子はない。
 少し前までは横になっていることしかできなかったというのに、這い始めてからはどこにそのような体力があったのかと思うほどに早く動く。立って歩く方が早いはずなのに、灯と香が追い付く前に千鬼丸は美鶴のもとへとたどり着いてしまった。

「千鬼丸、あなたも雪を見たい?」

 抱き上げ問いかけると、目線が高くなった千鬼丸は一面の雪景色にその透明な目を煌めかせる。
 穢れを知らない純粋な(まなこ)に、世の美しさが映り込んだ。

「ふぁーあ! あっ! あうぅっ!」

 片方の手は美鶴の衣をぎゅっと握り、もう片方は外へと伸ばされる。
 『ふぁーあ』とはどうやら母のことらしいので、雪景色を見た興奮を美鶴に伝えようとしているのかもしれない。
 その愛らしさに「ええ、綺麗ね」と微笑み返していると、突然目の前が揺らめく気配を感じ取る。
 自身の異能・予知を視る前兆だと判断した美鶴は、咄嗟にしゃがみ込み追い付いた灯と香に千鬼丸を預けた。
 そうして視えた光景は、今目の前にいる誰よりも大切な息子の危機だった。

 暗闇の中、一本の木が灯火に包まれている。
 周囲に雪が残る中、そこだけが赤く燃えているように見えた。
 その木の根元に小さな姿があり、すぐに千鬼丸だと気付く。
 木に宿る火の一つが千鬼丸へと落ちてゆくのを見たところで、予知は終わる。

 はっとし、思わずすぐに目の前の千鬼丸に視線を落とす。
 今視たのは予知であって、現実に起こったことではないと分かっていても、無事を確かめずにはいられなかった。
 千鬼丸は不思議そうに美鶴を見つめた後、また「ふぁーあ」と母を呼ぶ。
 その姿に安堵した美鶴は、また我が子を抱き上げた。

「突然ごめんなさいね、千鬼丸」

 謝ったが、千鬼丸は全く気にしていないのかまた雪景色を見てきゃっきゃと声を弾ませる。
 その様子に自然と笑みを浮かべていると、灯と香が声を掛けてきた。

「美鶴様、今のは……」
「予知、なのですよね?」

 少々不安そうに見えるのは、美鶴の予知が良くない未来を視るものだからだろう。災害や事故など、人に災いが降り掛かるものばかりだ。
 だが、何の問題もない。
 美鶴は安心させるように二人に笑みを向け口を開いた。

「そうね、でも大丈夫よ。今日は弧月様に呼ばれているから、そのときお話させていただくわ」

 弧月と出会う前は変えることのできなかった予知だが、運命をもねじ伏せると言われている妖帝の意志を通すことでどんなに最悪な未来でも良いように変えられるのだ。
 予知の時期はまちまちで、視た直後にことが起こった例もある。だが、先ほど視た予知は明らかに夜だったので、少なくとも本日中に弧月へ伝えられれば問題はないだろう。
 何より、予知で見た木は少々変わっていた。伝達してもらうより、直接伝えたほうが理解してもらいやすいだろう。
 そんな風に考えながら、美鶴は千鬼丸の弧月と同じ雪色の髪を愛し気に撫でた。