・1話ヒキと同日の夜。暗くなり始めた頃。
・眞琴の住む小屋。

扉の前に欠けた陶器の浅いボウルが置かれてある。中身は母屋の夕食の残りものが入っていて、残飯のようにドロドロ。
眞琴はそれを持って小屋の中に入る。部屋はガランとしていて、机、テーブル、ベッド…と、必要最低限のものしか置いていない。

眞琴はボウルの中身を見て苦笑して言う。
眞琴
「まるで犬の餌ね」

アッシュがスプーンでボウルの中身をおいしそうに食べ始める。
アッシュ
「でも、中身は高級食材だぞー」
「うまっ」

眞琴はコンビニの袋からカットフルーツを出して食べ始める。
眞琴
「食事とは、味覚の他に視覚と嗅覚で味わうものなのよ」

アッシュ
「植物しか食べない奴に言われたくない」

眞琴
「…サラダチキンも食べてるもん」
「英里奈がタンパク質を取れってうるさいから」

アッシュ
「それにしても、さっきの奴強かったなー」
「ありゃ誰だ?」

眞琴
「白道家の跡取りらしいわ」

アッシュ
「あぁ〜! たしか最強の力だって言われてる奴か」
「ダレンが言ってたぞ」

眞琴は食事の手を止めて、ぼうっと考え事をする。
アッシュ
「どうした?」

眞琴
「う〜ん…。あの人、どこかで見たことがある気がして…」
(※眞琴は幼い頃に外国で一度絃に会ったことがあります)

アッシュ
「有名人なんだから、ネットとかで見たんじゃねー?」

眞琴
「それもそうね」
「私は陰陽師じゃないし、もう関わることもないでしょう」


・翌日の朝。
・晴れ。
・母屋の新太郎の書斎。
・着流し姿の新太郎が椅子に座っている。その前に制服姿の眞琴が立たされている。

N
『翌朝』

新太郎が怒りの形相で眞琴を怒鳴り付ける。
新太郎
「どういうことだっ!?」

眞琴
「……」
「えっと…。どういうこと、とは…?」

新太郎
「とぼけるな!」
「お前…白道家の若君に何を吹き込んだんだ?」

眞琴は不思議そうに目をぱちくりさせる。
眞琴
「?」
「?」
「?」


・白道財閥の本社ビルの副会長室。

新太郎と眞琴が、絃の秘書に案内されて入室する。
スーツ姿の絃が机に座って待ち受けている。

眞琴は目を見開いて驚く。
眞琴M
「昨日の…!?」


「よく来たな」
「まぁ、座れ」

眞琴と新太郎、絃は来客用のソファーに座る。絃の隣に彼の秘書が立っている。

新太郎は身体を固くして、居心地悪そうにしている。
絃は余裕のある笑みを浮かべている。
眞琴は胡散臭そうに絃を見ている。

眞琴は敵意を隠さずに絃に聞く。
眞琴
「突然呼び出して、一体何なんですか?」
「私、学校があるんですけど」

新太郎
「こらっ!」
「白道様に向かって何だその口の聞きかたは!」

絃は軽く左手を挙げて新太郎を制する。

「たしかに、突然呼び出して悪かったな」
「学校には俺から伝えてあるから問題ない」
眞琴はムッとした顔をする。

絃は新太郎に顔を向けて言う。

「単刀直入に聞く。彼女は夜見進次郎(ルビ:やみしんじろう)殿のご令嬢だな」
「なぜ特別クラスに在籍していない?」

新太郎は痛いところを突かれて狼狽える。
新太郎
「そ、それは……」


「陰陽師家門は全員が特別クラスに在籍する義務がある」
「まさか夜見殿がそれを知らぬはずはないな?」

新太郎
「で、ですが…! この娘は、異国の血が流れており……」


「そんなことは関係ない。彼女も立派な夜見家の人間だ」

新太郎は「ぐっ…」と唇を噛む。

絃は畳み掛けるように言う。

「それに、陰陽師としても申し分のない霊力を持っているようだ」
「力を持つ者は、悪用防止のためにも、組織の管轄下に置かれなければならない」

絃はギロリと新太郎を睨み付ける。とても圧が強くて怖い。

「それを怠った夜見殿には大きな責任があるな…?」

新太郎は「ぐぬぬ」といった表情になり言葉に詰まる。
新太郎
「……」

眞琴
「私は、陰陽師にはなりません」


「なるならないじゃなくて、特別クラスの在籍は義務だ」
「力の制御も学ばないといけないからな」

眞琴は不服そうにムッとした顔で黙り込む。

新太郎はおずおずと言う。
新太郎
「この娘は、陰陽道の基本も学んでおりません」
「なので今から特別クラスは厳しいのでは…」

絃は今までの剣呑な雰囲気とは打って変わって、ニコリと微笑みながらポンと手を叩く。

「あぁ、それは問題ない」

絃は眞琴の顔を見ながらニッと口の片端を上げて笑う。

「遅れを取り戻すためにも、彼女には俺が直々に指導してやるよ」
「なかなか見込みがありそうだからな」

新太郎と眞琴は大きく目を見開いて驚く。
新太郎
「なっ……」

眞琴
「はぁっ!?」


「話は以上だ」
「夜見殿、ご足労感謝する」

新太郎だけが秘書から促されるように部屋を出ていく。

「あぁ、そうだ。一つ言い忘れていることがあった」

絃は立ち上がって新太郎の肩を軽く叩いて囁くように言う。

「彼女にもっと人間らしい生活をさせてやってくれ」

新太郎の顔が青ざめる。
新太郎
「っ……」


・引き続き副会長室。

眞琴と絃は向かい合ってソファーに座っている。

「自己紹介がまだだったな」
「俺は白道絃。陰陽師だ」

眞琴は自己紹介には応じず、むっすりとした顔で聞く。
眞琴
「…どういうことですか?」


「どうもこうも、今言った通りだ」

眞琴
「なんで、こんな余計なことを…」


「進次郎殿には昔世話になったことがあってな」
「俺なりの恩返しだ」

眞琴
「私は祓魔師(ルビ:エクソシスト)協会に所属しています」
「それに師だって既にいるんですけど」


「あぁ、それも問題ない」
「ラーテン司祭とは既に話をつけてある」

眞琴は愕然とする。
眞琴
「嘘っ……!」

眞琴は勢いよく立ち上がって、血相を変えて部屋を飛び出す。
絃「お、おいっ!」


・ライアンの教会。
・ライアンが執務机で書類仕事をしている。

眞琴がバン!と大きく音を立てて扉を開ける。
眞琴
「先生!」

ライアンは少し目を見開くが、眞琴が来るには想定内のような余裕ある様子。
ライアン
「どうしたのかい、カミーラ君」
「今は学校の時間だが――」

眞琴は怒った様子でドンと両手で机を叩きながら、ライアンの言葉を遮って言う。
眞琴
「とぼけないでください!」
「なんで、勝手にあんなことを…」

眞琴は徐々に泣きそうな顔になる。
眞琴
「先生は…。私のことが邪魔になったんですか…?」

ライアンは真面目な顔で眞琴を見る。
ライアン
「そんなことは決してない」

眞琴
「じゃあ、なんで…」

ライアン
「…君は、そろそろ己の運命と向き合うべきだ」

眞琴
「えっ…」

ライアン
「たしかに君を祓魔師(ルビ:エクソシスト)に誘ったのは私だが」
「あの時の君は、それしか生きる選択肢がなかったからだ」

眞琴は日本に来たばかりの頃の辛い記憶(※伯父一家の虐待)を思い出す。
眞琴
「……」

ライアン
「だが今は、道が開けた。自分の手で、本当の幸福を掴み取るんだ」
「胸を張って堂々と生きていくために」

突如、絃の声が聞こえる。

「ま、そういうことだ」

眞琴
「げっ!」
「付いて来たんですか?」


「もう決定事項だから、眞琴に拒否権はないぞ」

眞琴
「はぁっ!?」

絃は眞琴に近付いて、顎クイをする。(※1話冒頭のアバンです!)

「お前の運命、俺が変えてやるよ」
「強制的にな」

眞琴は面食らった様子。顔が真っ赤になる。
眞琴
「つっ〜〜〜……!?」


「これからビシバシ鍛えてやるからな」
「俺のことは絃先生と呼びなさい」

ライアン
「カミーラ君、新しい師のもとでしっかりと学びなさい」
「教会へはいつでも遊びにおいで。ここは君のホームなのだから」

眞琴はへなへなと力が抜ける。
眞琴
「そんな…。ライアン先生まで…」


「さぁっ、行くぞ眞琴!」

眞琴
「行かないっ!」

絃は眞琴の肩を抱いて無理やり部屋の外へ連れ出す。
眞琴はぎゃあぎゃあと文句を言っている。

ライアンは二人を温かな目で見守っている。
ライアンM
「主よ、彼女に神のご加護を…」


・同時刻。
・夜見家の母屋の応接間。

新太郎がぐったりとソファーに座っている。

多香子
「なんですって!?」

香子
「お父様、どういうことよっ!?」

新太郎は天を仰いで額に手を乗せて、深く溜息をつく。
新太郎
「知るか。白道様が決めたことだ」

香子は怒りでわなわなと震えている。
香子
「あんな汚れた血の女が…絃様の一番弟子ですって…!?」

多香子
「それに、あんなのが特別クラスに編入?」
「なんて汚らわしい!」

怒りに満ちた香子のアップ。
香子
「許せない…」
「絶対に潰してやるわ……!」