しばらくして、扉の向こうが騒がしくなり、ドアがノックされた。
四万十川が裏の部屋に残り、千野と百瀬が表の部屋に残った。
「どうぞ」
千野が声を掛けると、扉がゆっくりと開いた。
「失礼します……」
とても小さな声で、篠崎真由が入ってきた。
その後ろには、三人の生徒が続く。
深山をボコっていた残りの三人だろうと思った。
(なるほど、三人を連れてくるのに時間がかかったのか。なんの呼び出しか、詳細は告げていないのに)
これでは、心当たりがありますと言っているのと同じだ。
篠崎が消沈した様子で千野を上目遣いに見上げた。
「あの……、遅くなって、すみません。何の呼び出しでしょうか?」
白々しい言葉と表情で、篠崎が問う。
「なんの呼び出しか気が付いているから、四人で来たんじゃないのかな?」
千野がニコニコと、百瀬が思っていたのと同じ問いかけをした。
「壁新聞でしたら、あれは濡れ衣です! 私たち、身に覚えがありません!」
篠崎が言い切った。
千野が自分のスマホを取り出して、写真を見せた。
「僕は無修正の写真も見せてもらってる。この顔は、篠崎さんで間違いないと思うけど」
「その写真が、濡れ衣なんです! 男の人に暴力なんて、怖くてできません」
漫画だったら「きゅるん」とか、「うるうる」とか、そういうオノマトペが付きそうな顔だ。
本当に涙目になれる辺り、かなりの演技派だと思う。
「写真なんて、AIだって作れます。真犯人が、私たちに罪を着せようとしているんです!」
篠崎の隣に立つ女子が声を上げた。
(そういう打ち合わせをしていたから、遅くなったのかな)
拍子抜けした顔で、千野がスマホを操作し始めた。
「なるほど、これは意図的に作られた偽物で、自分たちは無罪だと」
「そうです! 疑うなら、深山君に確認してください」
さっきの女子がまた声を張った。
別の女子二人は、泣き出した篠崎を心配そうに慰めている。
(深山に口止めでもしているのかな。あんまり意味がなさそうだけど)
千野に迫られたら、深山は秒で口を割りそうだ。
「ふぅむ、そうか。これは困ったね。一体誰が、何のために、こんな写真を作って、壁新聞部は何故、あんな記事を出したのか」
千野がスマホをしきりにタップしながら話す。
「わかりません。壁新聞部に犯人がいるんじゃないですか?」
「誰かが私を陥れようとしているんです、きっと。怖い……、助けてください、千野先輩」
篠崎が千野の腕に縋り付いて泣いている。
若干、イラっとした。
(この子、千野先輩に取り入るチャンスだと思ってる! こんな状況で、よくそんな……。先輩も何で、素直に腕に縋らせてるんだ)
振り払わない千野に、イライラが募る。
(あれ? なんで俺、苛々してるんだ。先輩が女子と戯れようと、別に……)
これじゃまるでヤキモチのようだと思った。
フルフルと首を振って、考えを正す。
(違う、ヤキモチ、違う。往生際が悪い篠崎に、イラっとしただけ)
フルフルしている百瀬を、千野がちらりと振り返った。
その目がニヤリと笑んだように見えて、びくりと肩が震えた。
「助けてあげられるかは、この後の君たちの発言次第かな」
千野がスマートに篠崎の手を退ける。自分のスマホを篠崎に向けた。
深山を暴行している動画が再生された。
「この写真は壁新聞部が撮ったのではないんだ。部へ写真の提供者がいた。三人の人間がそれぞれに、同じ現場を押さえた写真を、別々に持ち込んだ。四人目が持ってきたのは、動画だ。声も入っているこの動画も作り物だと? 立証できる確たるアリバイや証拠は、あるかい?」
千野が早口で話した。
その間にも、スマホからは口汚く深山を罵る篠崎の声が流れている。
四人が絶句した。
「篠崎さんと隣の君、かな? 二人は深山君の腹を蹴り上げているね。立派な傷害罪だ。深山君が警察に相談するなら、僕はこの動画を証拠として提出するつもりだけど」
さっきまでイキっていた女子に向かい、千野がスマホを突き付ける。
「なんで、どこでこんなの、撮ってたの……」
後ろに控える女子が、ぽそりと零した。
「黙ってよ!」
イキり女子が慌てて怒鳴った。
「……鳴海」
篠崎が、ぽそりと呟いた。
「そうよ、鳴海が。あの時、深山を虐めていたのは、鳴海で。止めに入った私たちが気に入らなくて、こんな嫌がらせしてるんです!」
「ちょっと、真由……」
イキり女子が篠崎の腕を掴む。
流石に無理がある言い訳だと思ったのだろう。
篠崎自身も、そう思っているのかもしれない。蒼褪めた顔が必死だ。
「だって鳴海って、見るからに不良でしょ? 深山みたいな陰キャ、普段からボコってそう! 全部、アイツがやったのよ!」
千野が動画を巻き戻して、篠崎の声を再生した。
「今の声は、動画の声にそっくりだね。声紋認証したら、どれくらい一致するだろうか?」
篠崎が息を飲んで後退った。
千野が、ニコリと笑んだ。
「君たちの主張は、鳴海君犯人説なんだね。なら、それで構わない。深山君には僕から、警察への被害届を提唱しておこう」
千野がスマホをスワイプして、写真を確認する。
わざと低い位置で眺めて、篠崎たちに見せているようだ。
写真をアップして、顔が鮮明に映っている確認までしている。
「ま、待って……」
「警察に届けるからには、四万十川先生に詳しく話す必要がある。先生から校長に話を上げてもらうから、ご両親にも連絡が行くと思うけど、それでいいね?」
四人がわかりやすく蒼褪めた。
「問題はないだろ? 深山君に暴力を振るっていたのは鳴海君なんだ。君たちは公の場で確定する無罪を待つだけだ」
「ぁ……いや、親は、やめて」
「何故? 濡れ衣なんだろう? ご両親にも、自分は何もしていないと話して、助けを乞えばいい。僕に話したのと、同じようにね」
狼狽える篠崎を、千野の笑んだ目が見据える。
笑っているようで、全く笑っていない。
「もう、やめようよ。無理だよ」
後ろに控える女子が、震える声で呟いた。
「ちょっと、何言い出すの、今更!」
篠崎が後ろを振り向いて怒鳴る。
「正直に話したほうがいいよ。深山のこと、何回も蹴って怒鳴ってたの、真由と久美じゃん」
「はぁ? アンタだってボコられる深山、眺めてヘラヘラおかしそうに笑ってたよね? 関係ないみたいな言い方すんなよ!」
篠崎が後ろの女子に凄む。
「私らは見てただけで、蹴ってないから! 一緒にしないで!」
さっきまで篠崎を慰めていた女子が、あっさり裏切った。
「悪いのは真由と久美だよね? 私らはただ傍観してただけ!」
逃げきれないと悟って、自分たちだけでも逃れる道を模索しているらしい。
この四人の友情は脆いようだ。
「私らだけに押し付けんなよ。元はといえば、真由が悪いんじゃん。高野に振られた腹いせに深山をボコろうとか言い出してさ」
久美と呼ばれた女子も必死に弁明を始めた。
「アンタだってノリノリで蹴ってたよね? 私より楽しそうだったくせに、逃げてんじゃねぇよ!」
篠崎が久美の胸倉を掴みそうになった。
――――パンパン!
千野が二回、手を打ち付けると、場が静まり返った。
「全部、撮れてる?」
「はい、しっかりと」
千野が百瀬を振り返った。
百瀬は胸ポケットに忍ばせていたICレコーダーを取り出した。
「撮れてるって、何よ」
蒼褪める篠崎に、百瀬は淡々と答えた。
「皆さんがこの部屋に入ってからの会話、総て録音しています。ご了承ください」
「ご了承って、盗聴じゃん! それって犯罪じゃないの?」
久美が必死に怒鳴る。
「盗聴自体は犯罪ではないよ。ただし、同意のない録音物証は刑事事件では物証たり得ない。民事では証拠になる可能性もあるけど、低い。精々、参考にされる程度だよ。安心だろ?」
迫力のある千野の笑みが、四人を見据える。
全員が消沈したのが、見ていてわかった。
「では、僕のほうから深山君に話しておくよ。被害届の算段が付いたら、四万十川先生から呼び出しが掛かると思うから、次は遅れないようにね」
身を翻した千野のブレザーを、篠崎が掴んだ。
「待って! お願い、親は……。お父様にチクるのだけは、やめて」
小刻みに震えながら懇願した篠崎の顔は、すっかり気力が抜け落ちていた。
「被害届を出すか出さないか、決めるのは深山君本人だ。懇願する相手が違うのではないかな」
篠崎の手を千野が冷たく振り払う。
その仕草に、その場にいる全員が凍り付いた。
「用件は以上だ。戻っていいよ。僕から話すことも、聞く話も、もうないからね」
ぴしゃりと言い切った千野の目が、凍てつくほど怖い。
四人の女子たちは、消沈した様子で指導室から出て行った。
四万十川が裏の部屋に残り、千野と百瀬が表の部屋に残った。
「どうぞ」
千野が声を掛けると、扉がゆっくりと開いた。
「失礼します……」
とても小さな声で、篠崎真由が入ってきた。
その後ろには、三人の生徒が続く。
深山をボコっていた残りの三人だろうと思った。
(なるほど、三人を連れてくるのに時間がかかったのか。なんの呼び出しか、詳細は告げていないのに)
これでは、心当たりがありますと言っているのと同じだ。
篠崎が消沈した様子で千野を上目遣いに見上げた。
「あの……、遅くなって、すみません。何の呼び出しでしょうか?」
白々しい言葉と表情で、篠崎が問う。
「なんの呼び出しか気が付いているから、四人で来たんじゃないのかな?」
千野がニコニコと、百瀬が思っていたのと同じ問いかけをした。
「壁新聞でしたら、あれは濡れ衣です! 私たち、身に覚えがありません!」
篠崎が言い切った。
千野が自分のスマホを取り出して、写真を見せた。
「僕は無修正の写真も見せてもらってる。この顔は、篠崎さんで間違いないと思うけど」
「その写真が、濡れ衣なんです! 男の人に暴力なんて、怖くてできません」
漫画だったら「きゅるん」とか、「うるうる」とか、そういうオノマトペが付きそうな顔だ。
本当に涙目になれる辺り、かなりの演技派だと思う。
「写真なんて、AIだって作れます。真犯人が、私たちに罪を着せようとしているんです!」
篠崎の隣に立つ女子が声を上げた。
(そういう打ち合わせをしていたから、遅くなったのかな)
拍子抜けした顔で、千野がスマホを操作し始めた。
「なるほど、これは意図的に作られた偽物で、自分たちは無罪だと」
「そうです! 疑うなら、深山君に確認してください」
さっきの女子がまた声を張った。
別の女子二人は、泣き出した篠崎を心配そうに慰めている。
(深山に口止めでもしているのかな。あんまり意味がなさそうだけど)
千野に迫られたら、深山は秒で口を割りそうだ。
「ふぅむ、そうか。これは困ったね。一体誰が、何のために、こんな写真を作って、壁新聞部は何故、あんな記事を出したのか」
千野がスマホをしきりにタップしながら話す。
「わかりません。壁新聞部に犯人がいるんじゃないですか?」
「誰かが私を陥れようとしているんです、きっと。怖い……、助けてください、千野先輩」
篠崎が千野の腕に縋り付いて泣いている。
若干、イラっとした。
(この子、千野先輩に取り入るチャンスだと思ってる! こんな状況で、よくそんな……。先輩も何で、素直に腕に縋らせてるんだ)
振り払わない千野に、イライラが募る。
(あれ? なんで俺、苛々してるんだ。先輩が女子と戯れようと、別に……)
これじゃまるでヤキモチのようだと思った。
フルフルと首を振って、考えを正す。
(違う、ヤキモチ、違う。往生際が悪い篠崎に、イラっとしただけ)
フルフルしている百瀬を、千野がちらりと振り返った。
その目がニヤリと笑んだように見えて、びくりと肩が震えた。
「助けてあげられるかは、この後の君たちの発言次第かな」
千野がスマートに篠崎の手を退ける。自分のスマホを篠崎に向けた。
深山を暴行している動画が再生された。
「この写真は壁新聞部が撮ったのではないんだ。部へ写真の提供者がいた。三人の人間がそれぞれに、同じ現場を押さえた写真を、別々に持ち込んだ。四人目が持ってきたのは、動画だ。声も入っているこの動画も作り物だと? 立証できる確たるアリバイや証拠は、あるかい?」
千野が早口で話した。
その間にも、スマホからは口汚く深山を罵る篠崎の声が流れている。
四人が絶句した。
「篠崎さんと隣の君、かな? 二人は深山君の腹を蹴り上げているね。立派な傷害罪だ。深山君が警察に相談するなら、僕はこの動画を証拠として提出するつもりだけど」
さっきまでイキっていた女子に向かい、千野がスマホを突き付ける。
「なんで、どこでこんなの、撮ってたの……」
後ろに控える女子が、ぽそりと零した。
「黙ってよ!」
イキり女子が慌てて怒鳴った。
「……鳴海」
篠崎が、ぽそりと呟いた。
「そうよ、鳴海が。あの時、深山を虐めていたのは、鳴海で。止めに入った私たちが気に入らなくて、こんな嫌がらせしてるんです!」
「ちょっと、真由……」
イキり女子が篠崎の腕を掴む。
流石に無理がある言い訳だと思ったのだろう。
篠崎自身も、そう思っているのかもしれない。蒼褪めた顔が必死だ。
「だって鳴海って、見るからに不良でしょ? 深山みたいな陰キャ、普段からボコってそう! 全部、アイツがやったのよ!」
千野が動画を巻き戻して、篠崎の声を再生した。
「今の声は、動画の声にそっくりだね。声紋認証したら、どれくらい一致するだろうか?」
篠崎が息を飲んで後退った。
千野が、ニコリと笑んだ。
「君たちの主張は、鳴海君犯人説なんだね。なら、それで構わない。深山君には僕から、警察への被害届を提唱しておこう」
千野がスマホをスワイプして、写真を確認する。
わざと低い位置で眺めて、篠崎たちに見せているようだ。
写真をアップして、顔が鮮明に映っている確認までしている。
「ま、待って……」
「警察に届けるからには、四万十川先生に詳しく話す必要がある。先生から校長に話を上げてもらうから、ご両親にも連絡が行くと思うけど、それでいいね?」
四人がわかりやすく蒼褪めた。
「問題はないだろ? 深山君に暴力を振るっていたのは鳴海君なんだ。君たちは公の場で確定する無罪を待つだけだ」
「ぁ……いや、親は、やめて」
「何故? 濡れ衣なんだろう? ご両親にも、自分は何もしていないと話して、助けを乞えばいい。僕に話したのと、同じようにね」
狼狽える篠崎を、千野の笑んだ目が見据える。
笑っているようで、全く笑っていない。
「もう、やめようよ。無理だよ」
後ろに控える女子が、震える声で呟いた。
「ちょっと、何言い出すの、今更!」
篠崎が後ろを振り向いて怒鳴る。
「正直に話したほうがいいよ。深山のこと、何回も蹴って怒鳴ってたの、真由と久美じゃん」
「はぁ? アンタだってボコられる深山、眺めてヘラヘラおかしそうに笑ってたよね? 関係ないみたいな言い方すんなよ!」
篠崎が後ろの女子に凄む。
「私らは見てただけで、蹴ってないから! 一緒にしないで!」
さっきまで篠崎を慰めていた女子が、あっさり裏切った。
「悪いのは真由と久美だよね? 私らはただ傍観してただけ!」
逃げきれないと悟って、自分たちだけでも逃れる道を模索しているらしい。
この四人の友情は脆いようだ。
「私らだけに押し付けんなよ。元はといえば、真由が悪いんじゃん。高野に振られた腹いせに深山をボコろうとか言い出してさ」
久美と呼ばれた女子も必死に弁明を始めた。
「アンタだってノリノリで蹴ってたよね? 私より楽しそうだったくせに、逃げてんじゃねぇよ!」
篠崎が久美の胸倉を掴みそうになった。
――――パンパン!
千野が二回、手を打ち付けると、場が静まり返った。
「全部、撮れてる?」
「はい、しっかりと」
千野が百瀬を振り返った。
百瀬は胸ポケットに忍ばせていたICレコーダーを取り出した。
「撮れてるって、何よ」
蒼褪める篠崎に、百瀬は淡々と答えた。
「皆さんがこの部屋に入ってからの会話、総て録音しています。ご了承ください」
「ご了承って、盗聴じゃん! それって犯罪じゃないの?」
久美が必死に怒鳴る。
「盗聴自体は犯罪ではないよ。ただし、同意のない録音物証は刑事事件では物証たり得ない。民事では証拠になる可能性もあるけど、低い。精々、参考にされる程度だよ。安心だろ?」
迫力のある千野の笑みが、四人を見据える。
全員が消沈したのが、見ていてわかった。
「では、僕のほうから深山君に話しておくよ。被害届の算段が付いたら、四万十川先生から呼び出しが掛かると思うから、次は遅れないようにね」
身を翻した千野のブレザーを、篠崎が掴んだ。
「待って! お願い、親は……。お父様にチクるのだけは、やめて」
小刻みに震えながら懇願した篠崎の顔は、すっかり気力が抜け落ちていた。
「被害届を出すか出さないか、決めるのは深山君本人だ。懇願する相手が違うのではないかな」
篠崎の手を千野が冷たく振り払う。
その仕草に、その場にいる全員が凍り付いた。
「用件は以上だ。戻っていいよ。僕から話すことも、聞く話も、もうないからね」
ぴしゃりと言い切った千野の目が、凍てつくほど怖い。
四人の女子たちは、消沈した様子で指導室から出て行った。



