私立暦乃学園高等部のBL事情。

 次の日、高野と深山のゲイカップル騒動で湧いていた校内の噂が一変した。
 原因は、壁新聞部が朝から大々的に張り出した号外記事だ。

『噂のゲイカップルは捏造? 振られた腹いせの虐めか? 恋に狂う女子の心の闇を暴く!』

 関係者の名前はイニシャル表記で伏せているが、誰が読んでもわかる。
 一番わかりづらいのが「Tに振られた二年女子S」だろうが。ご丁寧に写真も掲載されている。
 顔にモザイクがかかっているが、見る人が見ればわかるだろう。
 案の定、本日の校内は、この噂で持ちきりだった。

「号外の壁新聞、見た? あれって2-Bの篠崎だよね?」
「やっぱり? 一年の時から高野に付き纏ってたの、有名だもんねぇ」

 教室を出て二年生の教室がある廊下を歩くだけで、話声が漏れ聞こえる。

「篠崎って高野に何回も告ってなかった? てか、振られた腹いせにゲイって言って回るとか、有り得ないんだけど」
「でも、深山と高野って、どうなん? 本当に付き合ってんのかな?」
「あの写真、篠崎が深山を蹴ってなかった? マジなんじゃないの?」
「脅されたんじゃね? 高野と付き合ってる振りしろって。篠崎なら、それくらいやりそう」
「かもねぇ。深山、負けちゃいそうだよね。かわいそう」

 どうやら噂の内容は、篠崎を完全悪役、深山が一番の被害者、になりつつあるらしい。
 高野と深山が本当に恋人同士なのかは、憶測が飛び交っている。

「ちょっと、ざまみろって思うかも。家が金持ちか知らないけど、篠崎って自己中で高飛車で嫌いだった」
「わかる~。あんなのに好かれて高野君、可哀想だよね。私が高野君でも深山を選ぶわ」
「えー? 深山はないでしょ」
「そうかなぁ。よく見ると可愛い顔してるよ」
「いつも一人で本読んでるのも、知的で落ち着いた感じする」

 深山への評価の掌返しが半端ない。
 人の噂は怖いなと、つくづく思う。

(今まで思っていても言えなかった意見が言えるようになった、とかもあるのかな)

 皆が深山を陰キャと位置付けている状況で肯定的な言葉を言えば、自分がどんな目に遭うかわからない。
 深山に同情的な今なら言える。といった心理もあるのかもしれない。

「結局、あの二人、ゲイなんかな」
「そこ、追及する必要なくね?」

 生徒会室への廊下を歩いていたら、友達と話していた鳴海と目が合った。

「百瀬、今日も生徒会?」
「うん。時短授業の日だから、前倒しで仕事しようと思って」
「ふーん、いてら」

 手を振られたので、振り返す。
 思えば鳴海とは、時々こんな風に短い会話をしている。

(名前を呼ばれたのは、ここ最近だよな。一年の時は、そこそこ話していたかもな)

 意識していなかったが、クラスメイト程度の会話は交わしていたと思う。
 
(昨日もだけど、最近よく、声掛けられる気がする)

 不思議に思いながら、生徒会室のドアを開けた。

「やぁ、雫。時間通りだね」

 千野が百瀬に歩みより、頭を撫でた。
 この人には子供扱いされても仕方がないと思えるから、不思議だ。

(千野先輩のスキンシップ、過剰になってきている気がする)

 昨日は昼休みにソファに押し倒されて、耳を食まれた。
 もはや、スキンシップの域を超えている。

(俺が腐男子だからか? そういうシーンを再現して遊んでいるのか?)

 他人が致している所を覗き見るならまだしも、自分が当事者になるのは不本意だ。

(今度、先輩にちゃんと説明しないと。腐男子は壁の民ですよって)

 千野の場合、わかっていて百瀬を揶揄っている可能性もあるので、伝え方は注意しないといけない。

「そろそろ、放送が入る時間だから。僕らも移動しようか」
「はい……。十鳥と一見は?」
「別働で高野君の監視をしてもらっているよ」
「なるほど」

 さすが、手が早い。
 壁新聞部の過剰スクープで攻撃が高野に向かないように気を遣っているのだろう。
 深山は本日も学校を休んでいる。

 千野と共に生徒会室を出た時、校内放送が入った。

『2-B 篠崎真由。至急、生徒指導室に来なさい。2-B 篠崎真由~』

 生徒指導の四万十川の声が響いた。

「やっば。四万十川先生の呼び出しって。やっぱ、あの壁新聞、ガチだったんかな?」
「ガチだったら、ヤバくね? 虐めもガチなんだろ?」
「相手が深山だからな。篠崎って弱者に容赦ねぇもん。信憑性、増す」

 放送が入った途端に、生徒たちの間で新たな憶測が飛び交う。

「前から思ってたけど、篠崎、ヤベェな」
「でもさ、良かったよな~。俺、ちょっと面倒だなって思ってたし。これで大人しくなってくれたら、ちょうどいいじゃん」
「わかる、俺も思ってた。誰に対しても横暴すぎ」
「そのくせ、立場が悪くなると女の武器使って弱者気取るの、マジねぇわ」
「えー? お前、仲良いんじゃねぇの?」
「親の仕事の関係で愛想よくしてるだけ。高野も同じじゃねぇの? 高野の親の会社って、篠崎の親の会社が取引先だろ」
「そういうの、大変だな」
 
 何ともシビアな噂話だ。
 私立暦乃学園は資産家だの会社社長だのの御子息、御令嬢が通う中高一貫の学校だ。
 家が近しい商売をしていると、親の関係は自然と、子供の人間関係に影響する。

「高校生のうちから、シビアですね」

 漏れ聞こえた噂話に、百瀬は息を吐いた。

「雫はそういうの、気にならないの?」
「ウチの親は、しがない公僕ですから」
「国家公務員だっけ? お父様は国土交通省にお勤めだったかな」
「よくご存じで」

 話した記憶がないが、その辺りを詮索するのは無意味だ。
 千野は話した覚えのない百瀬の個人情報を把握しすぎている。

「早くご挨拶に行かなければね。在籍中が良いな」
「……千野先輩が来たら、俺の親、驚き過ぎてひっくり返ると思います」

 金持ちの子息令嬢が山ほどいる学園の中でも、千野祐真の家は一際飛びぬけている。
 かつては財閥として名を馳せ、未だに金融業界においてトップを極める千野フィナンシャルグループだ。
 千野財閥から投資を受けている会社の子供も、この学園には多く在籍している。

(名実ともに学園のトップ。千野先輩に目を付けられたら、この学園では生きていけない)

 そういう意味で、篠崎真由は気の毒だと思わなくもない。
 
(自業自得とはいえ、親の仕事まで潰されるかもしれないのは、怖いな)

 さすがにそこまでしないだろう、と思いながらも、震える。
 ふるりとする百瀬の頬に、千野の手が伸びた。

「その前に、雫の気持ちをはっきりさせなければね」

 千野が爽やかに笑んだ。
 思わず、ひゅっと息を吸い込んだ。
 ロックオンされているのは自分も同じだったと、改めて思い出した。