私立暦乃学園高等部のBL事情。

 電話を切って、改めてスマホと向き合う。
 読めなかった高野からのメッセを思い切って開いた。
 鳴海に勢いを貰った今なら、読める気がした。

『大丈夫か? ちゃんとご飯食べてる? 寝てる?』
『明日は、来れそう? 無理しなくていいけど、来れたら来て』
『お願い、電話に出て。話すの、辛い?』
『俺が会いに行くのは、ダメ? 深山の顔、見らんないと、悲しい』

 文字の一つ一つを、指でなぞる。

「悲しいって、想ってくれてる」

 会えないのが辛いのは自分だけではないんだと、改めて思った。
 休み始めた日から今日まで、欠かさず送られていたメッセから、高野の想いが伝わる。

「高野……、高野に、会いたい……。ぅ、ぅぐ」

 自分の情けなさと高野への想いが溢れて、涙が止まらない。
 手に持ったスマホがブルブル揺れて、落としそうになった。
 慌てすぎて、画面も見ずに電話に出た。

「はい、えっと……」
 
 誰ですか? と聞く前に、欲しい声が耳に流れ込んだ。

『深山! 良かった。出てくれた』
「高野……」

 声を聴いたら、思っていた以上に安心した。

「高野、高野ぉ……」

 さっきよりずっと情けない声で、情けない涙が流れる。

『深山? どうした、何かあった?』

 電話の向こうで慌てる高野に、必死に首を振る。

「高野に、会いたい。高野に、触りたい」

 シンプルな欲求が、自然と流れ落ちる。

『近くに、来てる』
「へ? 近くって、どこの?」
『深山の家の近く。今から、会えないかな』

 あまりにタイミングがよくて、奇跡なんじゃないかと思う。

(奇跡じゃないんだ。高野はもうずっと、何回も、こういう機会を作ってくれてた)

 最初に話しかけてくれた、去年の秋から、ずっと。
 教室で、図書室で、学校の帰り道で。
 屋上で交わしたキスだって、高野が作ってくれた、気持ちを伝えるチャンスだった。

「近くの公園で、待ってて! すぐに行く。会いに行くから!」

 自分から一歩を踏み出して、会いに行かなきゃダメだと思った。
 それくらい出来なければ、高野の気持ちに応えられない。

 家を飛び出して、必死に走って、気が付いたら公園にいた。
 大好きな背中を見付けて、飛びついた。

「え? 深山?」

 驚きながら、高野は抱き返してくれた。

「良かった。元気そうだ。ちゃんとご飯食べてる? 寝てる?」
「ごめん、メッセ読めなくて、返事できなくて」
「大丈夫。深山が元気なら、それでいいよ」

 高野はどこまでも優しい。
 本当なら文句の一つも言ってくれていい場面なのに。

「本当は会いたかったけど。俺なんかが、高野の隣にいちゃダメだって、想って」

 ボロボロに泣く深山の頭を、高野の手が優しく撫でる。

「やっぱり、そんな風に、考えてたんだね」
「だって、高野は人気者で、俺なんかより素敵な人と、いくらでも恋人になれるのに」

 ぎゅっと顔を掴まれて、上向かされた。

「ふぇ?」
「俺が好きなのは深山だけだよ。恋人になりたいのは、深山だけ」

 降りてきた唇が重なった。
 屋上で感じたのより、ずっと熱い。

「深山は、どう思ってる? まだ、ちゃんと返事、聞いてない」
「俺、は……」

 見下ろす高野の顔が真剣で、怯えているように見えた。

(高野でも、怖いって思うのかな。俺の返事に、怯えてるのかな)

 学校では非の打ちどころもない優等生の高野なのに。
 一緒にいる時に見せる顔は、無邪気で可愛くて、ちょっとだけ子供っぽい。
 
(こんな顔を知ってるのは、俺だけなのかな)

 そう思うと、高野が今まで以上に愛おしい。

「好き、だよ。高野が好きだ。ずっと一緒にいたい。高野の一番になりたい」

 大好きな人の隣を並んで歩きたい。
 こんな自分でも、高野に選ばれたい。
 否定してきた感情が堰を切って流れた。

「俺の一番はずっと前から、深山だよ。何があっても、離れたくないよ」

 抱き寄せてくれる腕の強さに、安心する。
 直に熱を感じる今が、嬉しい。

「高野、高野ぉ。好きぃ」

 もうそれしか言えなくて、言葉にしたら止まらなくて。
 気持ちも涙も勝手に流れる。

「俺も、大好き、爽太《そうた》」

 名前を呼んだ唇が、また降りてくる。
 唇が重なると、余計に高野の熱が流れ込んで、胸が甘く締まる。
 口を割って忍び込んだ舌が、体も心も溶かされる。
 気持ちがよくて、頭が痺れる。

「ぁ……はぁ……」
「俺の名前も呼んで、爽太」

 息を吐く深山に、高野が笑いかけた。

「名前……、智桜《ともき》……んぅ」

 まだ息が上がった深山の唇を、高野が食んだ。

「あー、嬉しい。爽太も好きって言ってくれて、良かった」

 さっきより強く、高野が深山の体を抱きしめた。

(安心してる。……智桜、嬉しそうだ)

 高野の顔に、指を滑らせる。
 安堵の表情を浮かべる顔を、確かめた。

(学校中、噂になって嫌な想いしてるのに。それでも俺と一緒にいたいって、想ってくれる)

 高野がくれる想いを逆境なんかで失いたくない。
 自然とそんな風に思えた。

「一人で嫌な思いさせて、ごめん。明日から俺も、学校に行くから」
「無理しなくていいんだ。だけど、また一緒に学校で過ごせたら、嬉しいよ」
「無理、したい。高野……、智桜の隣にいたいから」

 自分から、高野にぎゅっとしがみ付く。

「オススメしたい本、たくさんある。まだ智桜の感想、聞いてない本もある、から」
「うん……。いっぱい話そう。俺も爽太に借りっぱなしの本、返せてない」

 高野が抱き返してくれる。
 熱が重なる。

(智桜の温かさ、ずっと、ずーと感じていたい。独り占めして、俺だけのにしたい)

 とても贅沢だと思うのに、自分だけの恋人が愛おしくて仕方がない。
 離れ方がわからなくて、離したくなくて、ひたすらしがみ付いていた。