私立暦乃学園高等部のBL事情。

 学校を休んだ日から、高野のメッセを無視している。
 開いていないが、プレビュー画面で内容は確認できている。

(心配してくれているのに、返事も出来ない)

 深山壮太という人間は、そもそも陰キャの意気地なしだ。
 噂に怯えて蹲るしかなくて。女子に囲まれて暴力と暴言を振るわれても、何もできないクズだ。

(俺みたいなのが高野の恋人なんて、間違ってたんだ。篠崎さんが言う通り、釣り合ってない)

『高野君がアンタなんか選ぶなんて、有り得ない。同情で一緒にいてくれてるの、勘違いすんなよ。さっさと消えろ!』

 暴力と共に叩き込まれた言葉が、頭の中をぐるぐる回る。

(そうだ、有り得ない。友達なんかいない俺が高野の恋人なんて、気のせいだったんだ。だから、あのキスだって)

 あのキスも、きっと気のせいだった。
 顔が近かったから、偶然に触れただけだ。
 それを運悪く、篠崎真由に見られたせいで、こんなことになった。

(高野の迷惑になりたくない。俺のこと、理解しようとしてくれた高野に辛い想いさせたくない)

 同じ本が好きだと、声を掛けてくれた。
 好きな作家のオススメを教えたら、気に入ってくれた。
 感想を話し合って、気持ちを共有できる相手は、初めてだった。

『深山の気持ち、めっちゃわかる。この本の話できるの、嬉しいな。もっとオススメ、教えてよ』

 最初は、話ができるだけで嬉しかった。

『本の話も楽しいけど、深山のこと、もっと知りたい。一緒にいたいんだ』

 自分を知りたいなんて言ってくれた人は、初めてだった。

『深山の隣って、癒される。この場所、俺だけのだと思っても、いい? 俺を深山の恋人にしてよ』

 カースト上位の人気者だとか、性別だとか、全部が吹っ飛んだ。
 ただ嬉しくて、この人を独占できたら、どれだけ幸せだろうと思った。

「俺も、めちゃくちゃ、高野が、好き……」

 恋人にしてと告白してくれた時の高野の顔は、とても緊張していて、顔も真っ赤で。
 心の声をくれたのだと思った。

「好きなのに、高野がくれた気持ち、否定しちゃ、ダメじゃん」

 告白と一緒にキスされて、混乱した。
 あまりに驚いて、同じくらい嬉しくて、返事ができなかった。
 もたもたしている間に、キスの噂が広まって、学校に行けなくなった。

「まだ、高野に自分の気持ち、伝えてない。だけど……」

 今の状況で自分の気持ちなんか伝えたら、きっと高野を困らせる。

「断ろう。一緒にいないほうが、いいんだ。それが高野のためだ」

 テーブルに置いたスマホがバイブで揺れた。
 また高野がメッセをくれたのかと思いきや、違った。

「鳴海? なんで?」

 同じクラスの鳴海響は、見た目的に近寄りがたい。
 金髪で、いくつもピアスを付けているような、いわゆるヤンキーだ。
 自分のような陰キャは一生、縁がない人だと思っていた。
 
(でも、女子に囲まれて蹴られてた俺のこと、助けてくれた。実は優しいのかも)

 メッセのアドレスを交換したのも、その時だった。
 鳴海なりに気を遣ってくれたのだと思った。

 スマホを手に取り、メッセを開く。

『大丈夫? 生きてる?』

 何となく、自然と返事をする気になった。

『生きてるよ。この前は助けてくれて、ありがと』

 すぐに既読が付いて、返信が来た。

『そっか、良かった。学校、来れる?』

 何と返事をしようか迷ったが、素直に返事することにした。

『まだ、無理そう』

 既読が付いたが、今度は返事が来なかった。

(こんなこと言われたら、返事に困るよな。気に掛けてくれただけでも、有難い)

 スマホをテーブルに置こうとしたら、返信が来た。

『学校は無理でも、高野には会ってやったら? かなり、しんどそう』

 高野の名前を見て、心臓がドキリと下がった。
 咄嗟に、鳴海に電話していた。

『深山?』
「高野がしんどそうって、どういうコト? 誰かに何か、されてんの?」
『そうじゃねぇけど……』

 勢いに任せて言葉が口を吐いた。
 鳴海の引いた声に、少しだけ冷静さが戻ってきた。

「あ……、ごめん。急に電話して、こんなこと」
『別に、いいけど。噂が結構、広まってっから。全部一人で被ってる感じ。深山が会ってやったら、少しはマシかもって、思っただけ』
「そう、なんだ」

 自分が学校を休んでいる間も、高野は登校していて、噂の渦中で苦しんでいる。

「俺のことなんか、否定したらいいのに」

 ぽそりと弱い心が漏れた。
 全部、嘘だと高野が公言すれば、噂自体消えてなくなる。

『それは、しねぇんじゃねぇの』
「……なんで? なかったことにしたら、高野は楽じゃん。俺なんか、いなくても」
『辛ぇだろ、そんなん』
「……辛くないよ。高野には俺以外にも友達いるし。俺一人、いないくらい。なんでもないよ、きっと」
『深山は、そんな風に思ってんの? それ、本音?』

 すぐに返事ができなかった。
 事実であって欲しくない本音だ。

『高野と仲良くねぇし、余計なお世話かも知んねぇけど』

 そう言って、鳴海が少し、黙った。

『……好きな奴が、いつでも戻って来れるように踏ん張ってんのに、その好きな奴に否定されたら、辛ぇよ』
「あ……」

 目から鱗が落ちた気がした。
 
「俺、なんか……、友達いない陰キャの俺なんか、高野に、相応しくないじゃん」

 気持ちとは裏腹な弱音が、涙と一緒に零れ落ちる。

『高野の気持ちとは、関係ねぇじゃん。それに、友達ならいるだろ』
「いないよ。話してくれる人、高野が初めてだった」
『今、話してるじゃん』
「え?」
『メッセ交換して、電話したら、友達じゃねーの』

 鳴海の意外過ぎる言葉に、返事ができない。
 カースト欄外のヤンキーカテゴリーに属する人種を友達と呼んでいいのだろうか。

「え? えー……」
『嫌なの?』
「嫌じゃない、けど」
『じゃ、いーじゃん』

 ちょっと照れた声が、どこか可愛い。
 何だかおかしくなって、笑みがこぼれた。

「そっか。そっかー」
『学校、来いよ。高野とも、ちゃんと話せよ』
「あんまり学校に来ない鳴海に言われたくない」
『そうだけどさ』
「でも、ありがと。元気出た」
『そっか、良かった』

 どうして鳴海が、こんなに自分を気にかけてくれるのか、わからない。
 けど、不器用な優しさが、嬉しい。

『大丈夫か?』
「うん。高野と、話してみるよ」
『……じゃぁ、また。学校で』
「うん……」

 電話を切っても、胸の安堵は消えなかった。