私立暦乃学園高等部のBL事情。

「いい加減、勝手に話すから。百瀬の耳朶好きに愛でながら、聞いてなよ。祐真先輩」

 照れる一見の姿を見兼ねたのか、十鳥が強引に話題を変えた。

「噂の出所は、高野に振られた女子っぽい。B組の篠崎真由って子。四月に告白して振られてからも、高野をしつこく追い回していて。偶然、屋上でキスの現場を目撃したんだねぇ」
「えっと……。篠崎先輩と同じクラスの友人は、深山に負けるとか悔しい、有り得ない。と怒り狂っていたのを聞いたとか」

 十鳥と一見が報告を始めた。
 一見はまだ若干、照れを引き摺っている。

「ありがちな話だね」

 千野の顔に呆れが浮かぶ。
 十鳥がローストビーフを頬張りながら説明を続ける。

「それから部活とか委員会とかで散々、高野と深山が付き合ってるとかゲイだとか、言って回っていたみたいだよ」

 当て馬女子がやりがちなBL展開だと思う。
 漫画や小説なら、この手のイベントを乗り越えて二人の絆が深まるのだが、現実はそうもいかない。

「それはもう、嫌がらせだね」

 千野が変わらぬ呆れ顔で息を吐いた。

「あとはまぁ、男同士はキモいとか、女抱けないの可哀想だとか、そういう発言もあったようです」

 一見が遠慮がちに千野を窺う。
 笑みを崩さない顔で、千野が相槌を打った。

「その辺りは、自分の価値を貶める発言だね。マイノリティを理解できない低能だと、自分から言って回っているのと同じだからね」

 じんわりと雰囲気が怖い。
 怒ってるんだなと、その場にいる全員が理解した。

「自分をマジョリティだと思うのは自由だけど、数が優劣を決するのではないと、理解してもらいたいね。発言と行動の責任は常に自分にあるけれどね」

 普段の千野は「他人がどう思おうと関係ない」スタンスだが、こういった事件が絡むと、ちょっと厳しくなる。
 だから今回も、ちょっと厳しい御裁きがあるんだろうと察した。

「あとあと~、深山が旧校舎裏で女子に絡まれてるの見た生徒がいる。それについては、写真もらった」

 十鳥がスマホの写真を数枚、見せてくれた。
 四人の女子が深山を囲んでいる。蹴りを入れている写真もあった。
 写真を見詰めて、千野が問い掛けた。

「その写真は、誰が?」
「二年の鳴海響。自分が近付いたら、女子は蜘蛛の子を散らすように逃げたって」

 有栖の言葉には、百瀬としては納得だ。

「鳴海って、一年の時、同じクラスだったよ。今は深山と同じC組だと思う。鳴海が近付いたら、女子は逃げるかもね」
「鳴海先輩って、金髪でピアスしてる人ですよね?」

 一見に問われて、百瀬は頷いた。

「そうそう。見た目があんな感じで、ちょっとヤンキーっぽいから、怖いんだけど。話すと普通だよ」

 そういえば今朝も、高野と深山を庇う発言をしていた。
 割と常識人だ。

「これは、れっきとした虐めだね。証拠があるのは糾弾しやすい。深山君が登校してくる前に、こっちを片付けてしまおうか」

 耳朶をフニフニしていた千野が、スルスルと腕を伸ばして百瀬の肩を抱いた。体が密着して、耳朶への攻撃が加速した。

(ちょっと話せるくらい弱まってたのに、また強くなった! 体近いし、いっぱいフニフニされてる!)

 話しながらも全然、手を止めてくれない。
 距離が近くて弁当どころじゃない。
 一見も十鳥も、もうツッコミすらしない。

「深山がいつ学校に来る気になるか、わからないけどね」

 十鳥が心配そうに天井を見上げる。
 既に弁当は食べ終わっているようだ。羨ましい。
 千野に囲われるように抱かれて耳朶を弄ばれているから、美味しいお肉が全然食べ進まない。

「そこは高野君と深山君の絆を信じるとして。僕らは僕らがやるべきことをしないとね」

 スマホを取り出すと、手早くタップする。
 千野が三人にメッセを送った。

「追加の写真の確認と壁新聞部の対応は、有栖と慧にお願いするよ。僕は生徒指導の四万十川先生の許可を取る。話し合いの場には、雫に同席してもらうね」

 一見と十鳥がメッセを確認している。
 百瀬も見ようと思うのに、千野の手が悪戯をエスカレートさせて、動けない。
 肩を抱いたまま、同じ手でずっと耳朶をいじっている。くすぐったすぎて、気持ち良くなってきた。

(こういうの、BLで見るよ。焦らしプレイ的な。でも俺は、自分がBLしたいんじゃなくて。しかも人が見てるとこで、余計に恥ずかしい)

 手が震えて、ポケットのスマホを取り出せない。

「雫、わかった? 雫も僕のメッセ確認して……」
「……ぅ、ひゃぃ」

 声が上擦って、変な返事をしてしまった。

「ちょっと、いつの間に涙目になってんの? 祐真先輩、何したの?」

 十鳥が仰天している。

「あー、ヤバいっすね。顔、真っ赤にしてプルプル震えてるの、可愛いですわ、百瀬先輩」

 一見が呆れた顔で百瀬を眺めている。

「だって、千野先輩がずっと、触ってるから……、ひゃぅ!」

 指が触れすぎて敏感になりすぎて、掠っただけで悲鳴が漏れた。
 千野が咄嗟に百瀬の顔を抱いた。

「二人は早速、仕事に取りかかろうか。いってらっしゃい」

 千野が強引に一見と十鳥を追い出しにかかった。
 二人が同じように呆れ顔をした。

「はいはい、仕方ないなぁ。行くよ、慧」
「いつまでもこの部屋にいたら、命がいくつあっても足りなそうですね」

 十鳥に促されて、一見が立ち上がる。

「今後のイチャイチャは二人きりの時にしてねー」

 十鳥の嫌味にも、千野が笑顔で手を振っている。

「先輩、本当にそろそろ、……やめて」

 体がゾクゾクして、涙目が悪化する。
 その顔のまま、千野を見詰める。
 百瀬を眺めていた千野が、笑みを増して喉を鳴らした。
 欲が浮いた目が百瀬に迫る。

「やっと二人きりになったのに、やめる? 楽しいのは、ここからだよ?」
「楽しい? 何が……、待って、そういうのは、ダメ……ひぁ!」

 ソファに押し倒されて、耳を食まれた。

(か、噛んだ。耳、食べられた。こういうの、漫画で見たことあるけど! この流れは、どこまで? どこまでするの?)

 蓄積した知識が雪崩を起こして、脳内がパニックになった。

「耳に触れただけで真っ赤になって。感じてるの? かわいいね、雫」

 耳元で囁かれた言葉が、吐息に乗って耳の中に木霊する。
 上に乗った千野の体が益々密着する。

(触れただけじゃ、ないじゃん……。食べたし、押し倒してるじゃん。脳の処理が追い付かない。……あ、無理、もう、ダメ)

 触れ続ける指にゾクゾクして、耐えられない。
 パニックを起こした頭がヒートアップして爆発した。

「あれ? 雫、大丈夫?」

 百瀬の耳を甘噛みしていた千野が、ぐったりした体を抱き寄せる。

「この程度で根を上げるなんて、本当に可愛いよ」

 抱き寄せられて、耳にキスされた。
 総てがキャパオーバーで、処理しきれない。
 ぐったりする百瀬を抱く千野の顔は、とても満足そうだった。