私立暦乃学園高等部のBL事情。

 千野の言付け通り、昼休みに生徒会室を訪れると。

「ちょっと慧、それ僕のだからぁ!」
「一人一つまでです。これから百瀬先輩が来ますから」
「わかってるよぉ! そのお弁当、僕が蓋、開けちゃったの!」
「何、勝手なことしてるんですか。全員揃ってから、いただきます、しますよって、いつも教えてるのに」
「教えるって何だよ。僕は先輩なんだけどぉ! ちゃんと敬え!」

 生徒会書記の十鳥(とっとり)有栖(ありす)と会計の一見(ひとみ)(けい)が、弁当を取り合って揉めていた。

「また喧嘩してるの?」

 呆れ顔で部屋に入る。
 喧嘩している二人の横をすり抜けて、千野が百瀬の肩を掴んだ。

「あの二人は放っておいて、雫は僕とこっちで食べよう」

 窓際のテーブルにちゃっかり二人分の弁当が置いてある。

「今日は、うちが贔屓にしているホテルレストランのローストビーフ弁当だよ」

 弁当にしても豪華な容器を眺める。

「前にも千野先輩が御馳走してくれた弁当ですね。付け添えのポテサラ、美味しかった」
「雫が美味しいって絶賛していたから、リピートしたんだ」
「ありがとうございます」

 二人で並んで座って、手を合わせていただきますをする。
 ローストビーフは間違いなく美味いし、ポテサラは感動の美味だ。

「百瀬が美味しいっていうと、祐真先輩がまた御馳走してくれるからさぁ。今半のすき焼き弁当、べた褒めしてよ」

 隣のソファでいつの間にか食事を始めた十鳥が、妙なリクエストをしてきた。

「今半も美味しかった。温泉卵、トロトロで。あと、煮付けも美味しかった」
「褒めるとこは肉でしょ」

 百瀬としては同じ肉なら、すき焼きよりローストビーフが好みだ。
 
「俺としては、寿司も美味かったです。冬場が良いなとは思いますが」

 一見がさりげなくアピールしてくる。

「寿司も美味しかったよね。一緒に入ってた天ぷらが特に美味しかった」
「寿司は割烹華月かな。リピートしようか。次は天ぷらメインで」

 千野がすかさず百瀬の意見を掬い上げる。

「いや、寿司メインがいいです」

 一見が負けじと寿司主張した。

「祐真先輩、百瀬に甘すぎ~。僕らも頑張ってるんだから、労ってほしいなぁ」

 十鳥が不満げに肉をパクパクしている。

「雫に御馳走する《《ついでに》》、君たちにも同じ弁当を振舞っているんだから、感謝して欲しいな」

 千野が笑顔を崩さず、当然のように言ってのけた。

「雫さえ喜んでくれれば、他はどうでもいいからね」
「清々しいほどの百瀬先輩贔屓ですね」

 呆れる風でもなく、一見が事実を述べた。

「いつもありがとうございます。今日も美味しいです」

 食べながら隣の千野に、ぺこりと頭を下げる。

「食べ物如きで雫が僕を意識してくれるなら、いくらでも」

 千野が、するりと百瀬の頬を撫でた。
 流石に照れるな、と思う。

「イチャつくなら二人の時にしてよ。僕の報告、聞きたくないの?」
「美味しそうにローストビーフを食べる雫を愛でながら聞くよ」

 百瀬から目を逸らさずに、千野が十鳥に返事した。
 いつもの穏やかに笑んだ表情で、千野が百瀬を見詰める。
 ちょっと食べづらい。

「別にいいけどさぁ。ねぇ、祐真先輩と百瀬って、本当に付き合ってないの?」
「お付き合いは、まだだよ」
「それが、いまだに信じられないんですよね。今年の四月に俺が生徒会に入った時点で、既に恋人なのかと思ってました」

 特に驚いた様子でもなく、一見に淡々と突っ込まれた。

(そうは言われても、告白とか、されてないんだけどな)

 千野からの大波の如き愛は感じているが、気持ちを直に伝えられたことはない。
 去年の後期には生徒会に入っていたが、距離感は変化なしだ。

「大丈夫、焦るつもりはないよ。雫の気持ちが僕に向いてから、ゆっくりと、ね」

 すりすりと頬を撫でられて、くすぐったい。

(気持ちが向く、か。俺は腐男子だけど、男を好きになったこと、ないんだよな)

 生徒会の皆には百瀬の腐男子がバレているので、趣味を隠していない。
 というか、百瀬の個人情報は大概、千野に筒抜けだ。
 小学校三年生の時、同じクラスだった女子が初恋なのも。中学の時、半年くらい付き合った彼女がいたことも、何故かバレていた。

「焦らないっていってもさぁ。祐真先輩三年なんだから、卒業までもう一年もないよ?」

 この生徒会で、会長の千野は三年生、百瀬と十鳥が二年生、一見が一年生だ。
 今は五月だから、活動期間で言えば、半年もない。
 十鳥の指摘は最もだ。

「卒業したら接点がなくなるとでも? 少し距離が開く程度、僕らの障害ではないよ。むしろ僕の大切さに雫が気が付くためのスパイスになるかもね」
「至極前向きな執着姿勢、流石です」

 千野の口説き文句に籠った愛が、一見の意見で相殺された。

「百瀬は、どー思ってんのさ」

 十鳥が百瀬に問いただす。

「どう、って……」

 本人を目の前にしては、流石に本音を話しにくい。

「千野先輩は尊敬してるけど、恋愛的な好きとかは、よく……」

 百瀬の唇に、千野が指を押し当てて言葉を止めた。

「僕が聴きたい言葉は、そうじゃない。だから今、話す必要はないよ。雫が僕の罠に堕ちてから、ね?」

 千野の指がムニムニと百瀬の唇を押す。
 笑顔が逆に怖い。

(好きとかは、よくわかんないけど。千野先輩に触られるのは、嫌ではない)

 そう思うから振り払いづらくて、いつもされるがままになる。
 ずっと唇をムニムニされていると、照れくさくて顔が熱くなる。

(ご飯、食べられない)

 とか思いながら、直視できない千野の顔を避けて、弁当に目を落とした。

「うわぁ、逃がす気ないなぁ」

 一見の小さな呟きが聴こえた。

「それよりほら、有栖と慧の報告を聞かせてよ」

 唇をムニムニしていた千野の手が、耳朶に移った。
 口は解放されたが、くすぐったくて食事どころじゃない。

「んー? あぁ、そうだね。そういう話、してたね。目の前の光景が気になり過ぎて、どうでもよくなったわ」
「同じく」

 十鳥と一見が似たような呆れ顔をしている。
 千野が手を放してくれないと、百瀬にはどうにもしようがない。

(自分がBLしたい願望ないのに。腐男子は壁の民なのに)

 千野が嫌いという訳でもないから、困る。

「有栖と慧が話さないと、雫はずっと僕に耳朶を弄ばれ続けるんだけど」

 千野の発言に、百瀬の肩がビクリと震えた。
 
「別にいいけどぉ。なんなら永遠にやってなよ」

 心底どうでもいい感じの十鳥の声が聴こえて、余計に怯える。

「いや、ダメだから。二人とも早く話して。でないと、くすぐったくて、死んじゃう」

 触り方が優しくて、ゾワゾワする。
 思わず声が震える。

「あー、可愛いっすね、百瀬先輩。それはダメですわ」
「そういうトコだよねぇ、マジで」

 一見と十鳥に呆れた苦言をぶつけられても、困る。

「慧、雫に手を出したら、色んな意味で待っているのは死だよ」
「無問題です。俺の好み、見た目も可愛い系男子なので」

 一見が、ちゃきっと眼鏡を上げた。
 そう言えば、生徒会の中でゲイを公言している強メンタル一年だったと思い出した。

「雫は見た目も可愛いだろ?」
「言い方を変えます。この状況で百瀬先輩に手を出すほど無謀な生き方をする気はありません」

 一見の言葉を正面から理解したら、自分の置かれた立場を理解しないといけないので、深く考えるのをやめた。

「理解が早くて、良い子だね。慧の好みは知ってるよ。有栖みたいな子だろう。見た目も中身も可愛くて、ちゃっかりした感じの子。男子校の姫とかいうんだっけ?」
「男子校の姫要素は否定しませんが。うちは共学ですし、有栖先輩とは、言ってないです」

 千野がしっかり反撃している。一見が若干、動揺している。
 一見が十鳥に何となく好意を持っているであろう事実は、百瀬も気が付いている。
 本人が隠しているつもりな上、十鳥が気が付かない振りをしているから、暗黙の了解なのだが。
 千野はそういう空気を、知っていてあえてクラッシュする。