私立暦乃学園高等部のBL事情。

 皆さん、こんにちは。
 私は染谷由貴、十六歳、乙女、暦乃学園高等部に通う、どこにでもいる高校二年生です。
 暦乃学園て、ハイスぺ校じゃないの? そういう設定でしょ? と思うかもしれませんが、私は普通です。

 父親が大手企業の役職で、中学の時はそこそこのブルジョア扱いをされていましたが。
 高等部から入学した暦乃学園は、本物のブルジョアが吐いて捨てるほどいた。

 この学園において私なんて、ただの中流、モブ顔の一般人です。
 
 でも、この立場は美味しい。
 壁となり見詰め眺め愛でるポジションとして最高。
 ちなみに私は腐女子です。
 姉に仕込まれ発酵した、筋金入りのゴリゴリ。

 だからこそ、培われた鋭い観察眼で気付くのです。
 この学園は、BLが量産され過ぎる。

 二次元と三次元は分けるオタクだったけど。
 右を見れば優等生×陰キャ。
 左を見ればヤンキー×モブ。
 目の前にはスパダリ×小動物系男子など。
 溢れすぎていて目のやり場に困る。

 モブ顔の壁の民が如何に良ポジか、ご理解いただけただろうか。

 事の発端は、高校一年の秋。
 四阿がある中庭で日向ぼっこをする同クラの小動物系男子を発見した時から始まった。

(あの子、いつも日向ぼっこしながらスマホ眺めてるなぁ。同クラの百瀬だよね。挨拶くらいしかしないけど)

 日光浴が気持ちいいんだろうな、と伝わってくる緩んだ顔でスマホか空を眺めている。
「はわー」とか「ほわー」とかいうオノマトペが似合う系男子だなって印象だけでした。

 最初はそんな程度の認識しかなかったけど。
 あの日は、いつもと同じように中庭にいる百瀬を見付けて、声を掛けた。

「百瀬~、先生から呼び出し掛かってたよ。職員室行ったほう、が……」

 後ろから不用意に近づいた私も悪かった。
 迂闊にも覗き込んだスマホに映っていたのは、BのLな男子がキッッしている一コマで。

 私も百瀬も、固まった。

「あっ! え? あの、染谷……、見えた?」

 頭ン中で何か爆発したなってくらい顔を真っ赤にした百瀬が、声を震わせていた。

(だよね、そうなるよね。私だって同じ反応するよ。つーか、照れる顔かわいいな? ん? あれ? 百瀬って、腐?)

 悟った瞬間に、無意識で応えていた。

「大丈夫、私も腐女子だから」
「え?」
「……え?」

 数秒間、見詰め合ったと思う。

 そこからはオタクの順応性が勝って、性癖暴露大会からの好きな漫画プレゼンが始まった。
 聞けば、百瀬には双子のお姉さんがいて、二人の腐女子に挟まれて育ったのだとか。
 ほぼ確で解釈違いを起こす姉に挟まれるのは大変だろう。何て良き環境か。

 姉がトリガーって共通点で、余計に仲良くなった。

 ファンタジー系、バース系、学園モノが好きというジャンル一致と。
 スパダリ攻め、健気受けが好きな性癖が一致。
 故に、好きな漫画家さんや小説家さんも似通っていた。

 なんかもう、運命感じるレベル?
 腐仲間連盟の盟友的な?
 私としては、魂の結びつきを感じる同志だった。

 恋愛感情は一切ないけど、性別を超えて友情より強い腐という絆で繋がっている。
 百瀬の腐歴の長さは、強く壁を所望する姿勢からも感じ取れたのだった。

(歩んできた軌跡が同じ。まさか、この学園で最高の同志を見付けられるなんて)

 ジジババになっても、腐談義したいね!

 高校一年の秋、私の元に腐の神様が降臨した。
 それからは高校生活が今まで以上に楽しくなった。

 尊い友情は、二年生になってクラスが別れた今でも続いている。
 集会場所は中庭の四阿、昼休みか放課後だ。
 六月になって暑くなってきたから、最近は屋内を検討している。

 まだ良い場所が見つからないので、今日はいつもの四阿に集合だ。

「百瀬氏、ボイッター、見たかね」
「観たよ、染谷氏。猫又先生の二年振りの新刊。『龍神と呪禁師』五巻。ついに、ついに、この時が来た」
「突然の連載休止で神作品からエタ作品落ちと嘆かれた新刊が、ついに」
「ジレジレの両片思いで寸止めされていた胡伯と巡の関係が、ついに」
「「進展する」」

 顰めた声が揃った。
 オタクは大声で喚かない。
 本当に嬉しい時、オタクは歓喜を噛み殺し、むせび泣く。

「諦めないで待ってて、良かった」
「胡伯と巡は両想いになるって信じてた。まだ読んでないけど」
「なってほしい、なるべき」
「甘々溺愛ハピエン希望。ここまでの道のりが険しかった分、幸せになってほしい」

 深く頷き合って、互いの愛の深さを感じ合った。
 
「でもさ、猫又先生は普通にボイッターで告知してたね」

 百瀬がスマホを見せてくれた。
 猫又先生のアカウントページだ。

『遅くなって、ごめんなさい。待っていてくれた読者の皆様、ありがとうございます~。新刊、ご堪能あれ♡』

 一説によれば社会人でダブルワークしているとか、呪禁師について詳しすぎるので、その道の専門家とか噂されている、謎が多い漫画家先生だ。
『龍神と呪禁師』の連載が止まった時は、職場に漫画家業がバレたとか、怨霊退治が忙しいとか、憶測が飛び交っていた。
 だからこそ、突然の新刊発売は、ファンの間では衝撃だった。

「連載止まっても描いていてくれたんだね。拝む」
「連載再開すっとばして新刊発売って来るとは思わなかった。猫又先生らしい」
「それな。どんなに時間かかっても良いから、推し作品には完結して欲しい。できれば私が生きてる間に」
「わかる。胡伯と巡の人生は作品が終わっても続くから。二人は永遠だから」

 発狂しそうな嬉しさとフワフワの安堵が同居する。

「一巻完結は安心して読めるけど、長期連載を最後まで追いかけるのも楽しいよね。エタると泣くけど」
「猫又先生は人気作家だから、出版社が完結まで導いてくれるはず」
「どんなに長くても良いから、完結を願う」
「同じく。胡伯と巡の人生に幸あれ。結婚しろ幸あれ」

 烏龍茶で一服入れて、一先ず息を吐いた。

「そういえば染谷は、猫又先生の同人作品て、読んだことある?」
「二冊くらいなら、あるけど。巨大壁サすぎて入手困難て、お姉ちゃん(ウチのエージェント)が」
「実はうちに、全部あります」

 百瀬が右手で一、左手で二を作って見せた。

「……なん、だと。まさか、幻の同人誌十二冊、全部、あるのか?」

 驚愕の声が漏れた。
 百瀬がゆっくりと頷いた。

「ウチのダブルエージェントは中学生からコミケ(戦場)で戦う買い専(リトルソルジャー)だから」
「強い……。ウチのお姉ちゃん、高校デビュー(ミドルソルジャー)だわ」

 現在、社会人の百瀬姉ズが小学生の時から集めた戦利品(宝物)が、百瀬家には山とあるのだろう。
 生唾を飲む勢いだ。

「貸してあげたいんだけど、内容がね。R18(白金)多くて、学校に持ってこらんないんだ」
「万が一見つかったら、我等も猫又先生も、死にかねないヤツ」
「うむ。だからさ、今度、ウチに遊びに来る?」
「え! いきた……」

 行きたい、めっちゃ行きたい。
 猫又先生の同人は商業では描けないような、心を抉るエモい悲恋とか、メロいヤンデレとか、いっぱいある!
 性癖濃すぎて吐きそう(褒めてる)な設定多いから!
 同人じゃなきゃ読めないエロス満載だから!
 二人のソルジャーにも謁見したひ。
 行きたい、けど。

 私は、即答しそうになった肯定を、秒で飲み込んだ。

(百瀬の家になんか行ったら、私が死亡フラグ。この学園で、生きていけない)

 私は知っている。
 目の前にいる百瀬雫が、小動物系天然総受け、リアルBLを無自覚に突っ走る平凡クラッシャーである事実を。