葉流の言葉は、恐らく正しいのだろう。ゲームとして成立する&難易度を考えるのであれば、質問は一つのドアに一度きり、もしくは“全部で六回まで”であると考えた方が自然だ。ただし、ドアを開けて質問するか、ノックをして質問をするかの選択はこちらに委ねられていると見て間違いない。六つのドア全て、ドアを開けないまま質問しても問題はないというわけだ。
 実際、そちらの方がリスクは少ない。
 “出口だ”とアタリをつけたドア以外には、どんな恐ろしいトラップが待っているか分かったものではないからだ。むしろそれは、“謎解きは苦手だが即死トラップが飛んできても対処できる”能力者向けに用意されたボーナスと思っておいた方が無難かもしれない。

――そもそも、全部のドアを開けて“正直者”に質問できるなら、それもそれでゲームが成り立たなくなるはず。

 五つのドアを順繰りに眺めながら、逢花は思う。

――つまり、それは実質不可能と思っておいた方がいい。葉流さんが言う通り最低でも一つには、即死級のトラップがあるのが確定と思っておいた方がよさそう。

 あまり時間はない。左から順番に赤、青、黄、緑、白、黒。いくら目で観察しても、ドアそのものに違いはないように思われた。

「ドアを全て開けないで、ノックごしの質問だけでも……クリアする方法はあるのかな」
「そうですね。質問のやり方と、能力次第で可能でしょう。……というか、むしろ出題者側は“できればドアを開けないでクリアして欲しい”意図だと思いますよ。たまたま開けたドアが即死級トラップであっさり死なれたら、文字通り無駄死になわけですから」
「それもそうか」
「僕はなんとなく、このゲームの本質が分かった気がしますけどね」

 彼はじっとドアを見つめたまま口を開く。

「このゲームを成立させるためには、ドアの向こうのロボットは当然、質問の答えを知っていなければなりません。例えば赤いドアが出口に繋がっているとするでしょう?それならば赤いドア以外のドアのロボットも全て、“赤いドアが正解”であることを知っていなければならないんです。赤いドアが出口か?と質問して、必ずイエスかノーで答えなければいけないわけですから。そして正直者なら必ず真実、嘘吐きならば必ず嘘で答えなくてはいけません。……ポイントはそこなんです。嘘吐きの情報も意味がある。何故ならば“嘘吐きは必ず間違ったことを言わなければいけない縛り”があるから」

 なんとなく、言いたいことはわかる気がする。つまり。

「赤いドアが本当に出口だった場合。赤いドアが出口か?と問いかけて……正直者は“イエス”で必ず答えなくてはいけないし、嘘吐きは必ず“ノー”って言わなくちゃいけないってことだよね?」
「その通り」

 勿論、誰が嘘吐きで、誰が正直者かはわからない。ただ確率から言えば、ノックをして問いかけた場合六つのドアのうち五つは必ず“嘘吐き”の答えが返ってくるのだ。極端な話、“赤いドアは出口ですか?”と誰かに尋ねてそれがノーだった場合、六分の五の確率で“それは嘘=赤いドアが出口である”ということになるわけである。

――だったら、最初は……王道的な質問で、様子を見るべきか。

 同じ質問は二度することができない。ならば。

――まずは一番左のドアから質問してみよう!

 逢花は思い切って、赤いドアの前に立つ。そして、ノックをして問いかけた。

「このドアは、出口に繋がっていますか?」

 質問の仕方は、これでいいはずだ。すると内側からノックと共に、機械音声の返事が来た。

「イエス」

 ここは、ノーの方が嬉しかったが仕方ない。イエス、ということは赤のドアが正直者だった場合は“ここが出口で確定”。赤のドアが嘘吐きだった場合は“ここが出口ではないことが確定”ということになる。確率的に言えば、後者の方が高いだろう。

「……これだけじゃ、何もわかんないよ」
「当然です、そういうゲームですから」

 思わず弱音を吐いた逢花に、葉流はぴしゃりと言う。

「この手のゲームは、他の質問が揃って初めて意味を成します。それを比較した上で、“誰が正直者”であるかを見定め、本物の出口一つを見つけ出すのです。まあ、ゲームの種類によっては“正直者”を見つけ出す必要なく出口を探す趣旨に変わったりもしますが」
「葉流さんは、もう攻略法がわかってそうだね」
「ええ。……冷静に考えれば、このゲームはけして難しくありません。正直、第一の試練よりずっと。ただ、命がかかっている状況で、冷静に判断できる人間はさほど多くはない。組織が見たいのは、落ち着いて思考を回し、攻略法を見つけられる人間であるかどうかだと思います。例えば」

 つんつん、と彼は逢花の手元を指さした。

「逢花さんも、少々冷静さを欠き始めているのでは?メモを取るのを忘れていますよ」
「あ」

 そうだった。赤いドアに訊いた質問内容と、その答え。メモをしておかなければ、きっと忘れてしまうだろう。逢花は慌ててスマホのメモ帳に打ち込む。

――葉流さんは、攻略法がわかってるんだ。でも、何も言わないってことは……私ならできるって、信じてくてるってことかな。

 思わず、スマホを握る手に力がこもる。第一の試練では、完全に自分の方が彼に助けられた形だった。今度こそは、自分も役に立てるというところを葉流に見せたいものである。小学生だから、女の子だからと甘えてはいられない。彼だってまだ中学二年生の少年だし、何より自分には守らなければいけない存在があるのだから。
 ここで泣き言を言っているような姉が、どうして弟を助けることなどできるだろうか。

――さっきは王道の質問がいいと思って、赤のドアに関してのみ尋ねたけど。ひょっとして、もっと広い範囲に関して尋ねてみるやり方もありなのかな。

 ドアの数は六つで、偶数だ。
 左から順に赤、青、黄。右側の緑、白、黒。この二つにグループ分けをすることも可能なはずである。
 ただ、仮に“赤、青、黄のどれかに出口はありますか”と尋ねたところで、相手が正直者かどうかはわからない。できれば、確実に信頼できるイエスかノーが欲しいと思ってしまう。相手が正直者か嘘吐きか、だけでも知ることはできないだろうか。

――そうだ、私の能力が使えるんじゃ……!

 逢花の能力は、一度使うと十分は再度使用することができない。その代り、総合的な使用回数制限のない力である。これを使って、五秒間ロボットの思考を読み取る。ドアの向こうに確実に“いる”とわかっていれば、ロボットだろうと読み取りの対象になるのではないか。そして、質問の直後に能力を使えば、相手も考えていることは“質問の本当の答え”であるはずである。

「よし!」

 希望の光が見えた。これは、失敗してもほぼリスクのない賭けだ。逢花は次の、青いドアの前に立つ。ノックをして、ブレスレットのボタンを押しながら一言。

「赤と青と黄。この三つのどれかに出口はありますか?」

 数秒の間の後、ドアの向こうから声が。

「イエス」

――今だ!

 逢花はボタンを押したまま“念話!”と叫ぶ。瞬間、第一の試練の時と同じように、別の存在の思考が頭の中に流れ込んで来たのだった。



『本当ではないけれど、私は“嘘吐き”ダカラ……』



 なんとわかりやすい。
 五秒間の硬直から解け、逢花はメモを取りながら言う。今の質問は大正解だった。赤と青と黄、このどれかに出口はあるか?そう質問してイエスだったが、この青のドアの住人は“嘘吐き”だということもわかったわけだ。つまり、出口は緑と白と黒のドアのいずれかに存在している。また、“赤のドアが出口である”と答えた赤のドアのロボットも、芋づる式に“嘘吐き”であると確定したわけだ。

「気づきましたね。能力の使い道は、それで正解です」

 逢花が小さくガッツポーズをしたのを見て、葉流は告げた。

「ただし、今のは実は能力を使わなくてもわかります。逢花さん、今赤青のドアのロボットが“嘘吐き”役である、もしくは赤のドアの住人のみ嘘吐きであるということが読み取れたのでしょう?」
「へ!?な、なんで?私まだ答え言ってないのに……」
「わかりますよ。……理由は簡単。赤のドアの住人の答えと、青のドアの住人の答えが一致したからです」

 目を白黒させる逢花に、葉流は解説する。

「いいですか?この六つのドアの住人は、六人中五人が“嘘吐き”なのです。赤のドアの住人が正直者で青のドアの住人が嘘吐きであった場合、二人の意見は矛盾していなければなりません。何故なら赤のドアの住人は“このドアが出口”と答えた。それが真実ならば、青のドアの住人は嘘吐きで確定。“赤と青と黄のドアの中に出口はない”と答えなければいけないからです」

 言われてみればそうだ。逢花は納得する。
 能力を使わなくても、今の質問の答えだけでわかることがある。赤のドアの住人が正直者、青のドアの住人が嘘吐きという組み合わせだけは否定されたということが。
 残るは赤と青の両方が嘘吐きか、赤のみが嘘吐きか。逢花が能力を使って得た情報を無視するのならば、青はまだ正直者の可能性が残っている――仮に青か黄のドアのどちらかが出口であった場合、彼の言葉は真実ということになるからだ。
 果たして、青は正直者か、嘘吐きか。能力をもう一度使うには十分かかるが、それをしなくても確かめる方法がありそうだ。

「……黄色のドアに、質問してみる」

 自分にもわかってきた気がする。このゲームの戦い方が。

「緑、白、黒。このどれかに出口はありますか?」

 黄色のドアをノックして、問いかけた。同じ質問は二度することができないが、今度は反対グループの緑白黒について尋ねているのでセーフであるはずである。数秒の後、ロボットが返事をしてくる。

「ノー」

 そういうことか、と理解した。どうやら、能力の使い方は間違っていなかったものの、このゲームは使わなくても十分攻略できるようにできていたということらしい。

「青と黄色のドア、両方が正直者ということはありえない。でも、実質両方の住人が、矛盾しない答えを言っている。もっと言えば、赤の住人も」

 赤は“赤いドアが出口”と言い、青は“赤と青と黄のどれかに出口がある”と言い、 黄は“緑と白と黒のどれかに出口はない”と言っている。赤と青だけならば、青が正直者でも矛盾しない可能性があった。しかし、この三つを照らし合わせて、三つともが矛盾しない答えを言う可能性は一つしかない。
 彼等は三人とも、嘘吐きの役目ということ。これで、能力ナシでも出口は“緑、白、黒のどれか”で限定されるとはっきりわかるわけだ。
 そして能力を使った逢花にとっても三つ目の質問は無駄ではない。黄色のドアも嘘吐きだった。ならば、正直者もまた、緑と白と黒のいずれかのドアに潜んでいるということになる。

「そのやり方で正解です」

 どこか嬉しそうに、葉流が告げた。

「あとはもう、詰めていくだけ。方法はわかりますね?」
「はい……!」

 しかし。逢花が頷いた瞬間、部屋の中に甲高い音が響き始める。

「!」

 天上がぱっかりと開き、赤いテールランプが出現した。わんわんと音を立てて光始めるランプ。どうやら、思った以上にタイムリミットが近づいてきていたらしい。

――急がなくちゃ。あと、何分残ってるかもわからない……!

 焦るな、自分。逢花は己にそう言い聞かせて、緑のドアの前に立ったのだった。