葉流のシャワーは、まさに烏の行水と言っても過言ではないほど早かった。シャワーを浴びて体をふいて着替えて髪を乾かして、が十分とかかっていない。それでちゃんと洗えてるの?と思わず逢花が尋ねると、「昔から風呂早いって言われるんですよね」とあっさり言われてしまった。
「そもそも、男性の方が比較的お風呂は早い傾向にあると思いますよ。今回はシャワーですから、湯船浸かってないですし」
「ええ、私シャワーでももっと時間かかるよ?頑張っても十五分かかるし、髪乾かすのも何分かかるか……」
「髪が長いですものね、逢花さんは。ポニーテール、よくお似合いです」
「あ、ありがと……」
天然なのだろうか、彼は。イケメンにこんな風に褒められて、喜ばない女子はそうそういまい。バスケをやる時少し邪魔に感じることもあったが、逢花は昔から髪型はポニーテールが好きだった。大好きなお父さんが、小さな頃に褒めてくれたのがきっかけである。こんなの、ガサツに育ってしまった自分には似合わないかなと思うこともあるけれど、やっぱり年上の異性にそうやって褒めて貰えるのは嬉しいものだ。
逢花だって一応は女の子である。拘っているところを評価されて、嬉しくないはずがない。まあ、多少“誤魔化されてしまった”感はなくもないけれど。
「そ、その……」
そろそろ、尋ねるべきことは尋ねるべきだろう。二人で洗面所から廊下に出たところで、逢花は尋ねた。
「多分ここから先も、暫く一緒にいるんだろうし。訊いていいかな、葉流さん」
「僕に答えられることであれば」
「その、さっきの化け物のこと、なんだけど」
NEXT FLOORと書かれたドアを開けると、さっきまでの灰色の通路とは違い、全体的に“緑色”のコンクリートの通路が現れる。ただし、それは壁が緑に塗られているのではなく、灰色の壁を足元の緑色のランプが照らしているせいだった。夜の病院を思わせる、不気味な雰囲気である。さきほどまでは白くて明るいランプだった。同じ廊下でもまるっきり印象が違う。
「あの化け物、正直……私だったら絶対倒せなかったと思う。念話、なんて戦闘でまるっきり使えない能力だし……まあ戦闘向きの能力があっても、戦えた自信はあんまりないんだけど」
『いやあああ!離して、離してえ!』
『み、ミカちゃん!』
『やだ、やだやだやだ、死にたくない、死にたくない!』
思い出すだけで震えが来る。人の体を、片腕であっさり掴みあげられるほどの巨体。それを、紙切れのようにあっさり引きちぎる怪力。そして、あの巨大な口と鮫のような牙を見るに、噛む力も相当なものと見て間違いなさそうだ。それこそ噛みつかれたら、即死できない限り地獄を見せられることは間違いないだろう。
あれを見て心が折れなかったのもそうだし、ほぼ無傷で倒してみせたというのも不思議で仕方ないのだ。ちゃんと葉流の体を見たわけではないが、それでも彼が平気でシャワーを浴びて出てきているあたり大した怪我がなかったのは確かだろう。一体どんなマジックを使ったのか、と疑問に思うのは当然であるはずだ。
「どうやって倒したの?葉流さんの能力って、何?」
ストレートに尋ねれば、葉流はしばし沈黙した。そんなに答えづらい質問をしたつもりではなかったのだが。
「……その」
彼はやがて、やや視線を逸らしつつ言った。
「実は、あまり人に……知られたくない能力、なんですよね」
「え?どういうこと?」
「いずれバレてしまうとは思いますが……戦闘で使える能力で、うまくいけば一発逆転が狙える、とだけ。貴女もお察しの通り、僕は運動神経がそこまで良い方ではありません。多少は鍛えてますが、それでも並の男子高校生程度です。それでも化け物と戦ったのも倒せたのも、全部能力のおかげ。ただ、戦うところも能力も、人に見られたくない類のものなんです。……すみません、貴女を信用していないわけではないんですが」
これから先一緒に戦うかもしれない相手に、能力を明かさない。本来なら、信頼に罅を入れる可能性もある行いだろう。聡明そうな葉流がそれをわかっていないとは思えない。それでも口にしないならば、よほど話したくない理由があるはずだ、と逢花は察した。
彼の表情からは、その理由が“恥ずかしい”のか“嫌われたくない”なのか、あるいはもっと別の意味があるのかは定かでないけれど。
「……わかった。じゃあ、訊かない」
自分は、葉流に救われた身だ。いずれバレてしまうだろう、と言っているということは、本当に時がくればきっと教えてくれるはずである。
ならここで、無理にツッコんで訊くのは野暮というものだろう。
「誰だって、知られたくないことはあるもんなあ。……うん、じゃあ、どうしても必要になったら、その時教えてよ」
「……逢花さんは、いい子ですね」
「もう!子供扱いしないでよね!これでも私、葉流さんと二つしか年違わないんだからさ!ていうか、結構年上に見られること多いんだから!」
「大人っぽいですもんね。でも、中身は小学生です。……不安でしょうに、厳しいことを言ってしまってすみません。『泣くな』なんて、残酷だとわかっているんですけどね」
さっきの話だろう。彼は自分で言ったことを気に病んでいるらしい。
「気にしないでよ。葉流さんが正しい。守りたいものがあるなら、泣いてる暇なんかないもんな。うん」
やがて、T字路に到達する。右か左か、どちらに行けばいいのだろう。しかし迷ったのは逢花だけで、葉流は特に疑問を持つ様子もなくあっさりと右へ進路を取る。
「そっちでいいの?」
「はい。どうせ迷ったって、どっちの道の方に楽な試練があるか、なんてわかりませんから。アランサの使徒とやらが言っていたことが正しいなら、即死トラップを用意するとは思えませんしね」
「さっきの試練も、相当殺意マシマシだったと思うけど?」
「殺意マシマシだったのは否定しませんが、二人で生き残る可能性がある試練だったのは確かだと思いますよ。そもそも、アランサの使徒の目的は、“悪魔に対抗できる戦士を見つける”“ブレスレットの能力テストをする”の二つと思われます。なら本来、二人とも生き残ってくれた方があちらにとっても都合がいいはずなんですよ。だって片方に死なれたら、ブレスレットの試験はできないし、せっかく集めた人材も意味を成さなくなってしまうわけですから」
言われてみればその通りかもしれない。逢花は歩きながら、自分の腕に嵌められたブレスレットを見た。派手な意匠を施されているわけではないが、簡単に外せないしそこそこ頑丈、しかも魔法のような力まで使えるという代物である。正直、コストがかかっていないとは思えない。
もっと言えば、恐らくこのテロ組織は相当な人数の“被験者”を集めていそうである。一体この打規模な計画に、どれほどの手間と時間と費用がかかっているのかは想像もつかないことだ。なるほど、一人でも多くブレスレットを有効活用してデータを残し、“戦士”として役立つ人材に育ってくれなければ、コストに見合う結果が出ないということかもしれない。それこそ、ブレスレットの能力を一度も使わずにぺしゃんこになられるのは向こうとしても本望ではないだろう。――だったらもう少し簡単な試練にしろよ、と激しくツッコミたいが。
「それらを踏まえて考えると。恐らく、あの試練に参加した者達のうち、“勇者の部屋”に投げ込まれたメンバーはみんな戦闘向きの能力者であった可能性が高いでしょう。逆に、“姫の部屋”の人間は探索向きだったのではないでしょうか。姫、が自力で部屋から脱出されたのでは、試練が成り立ちませんからね」
「あ、確かに」
「きっと二人組で連携して、試練をクリアしていく……というのを組織は試したいのでしょうね。今後謎解き系の試練が来るとしたら、戦闘型能力者だけで切り抜けるのはきっと厳しいのでしょうから」
あの試練だけでそこまで読み取るとは。この人は凄いな、と純粋に感嘆させられる。戦闘向きの能力と言っていたが、葉流の素質そのものは完全に“指揮官向き”だろう。冷静沈着に、後方で作戦を立てる方が性に合っていそうだ。――割と本気で頑張らないと、逢花の出る幕が一切なくなりそうである。
――葉流さんに頼ってばっかりいられない。私も頑張らなきゃ。
てくてく歩いて行けば、すぐに廊下の突き当りが見えてきた。黒いドアが鎮座している。再び見える、NEXT FLOORの文字。そろそろ、次の試練が始まるということだろうか。
「さて、覚悟を決めて次に行ってみましょうか」
「は、はい!」
「行きますよ」
葉流がドアを開ける。途端、さっきよりも眩しい光が瞼を刺して、思わず呻くことになった。
「ま、まぶしっ!」
二十畳ほどの、そこそこの広さの部屋だ。やはりコンクリートの打ちっぱなしである。違うのは白い光に煌々と照らされていて非常に明るいことと、壁に六つのドアが並んでいるということだ。
左から順に赤、青、黄、緑、白、黒。
どうやら葉流が予想したように、本当に謎解きが来そうな気配である。
「あっ」
二人が部屋に入った途端、入ってきたドアが勢いよく閉まった。慌ててノブに飛びつくも、ぴくりとも動かない。どうやら閉じ込められたということらしい。
「試練が終わらなければ出しませんよ、ってことなんでしょうね……見て下さい、そこの壁」
「!?」
葉流の言葉に、逢花は自分達が入ってきた方のドア、その周囲の壁を確認して気づく。
六つのドアが並んでいる方の壁は、比較的綺麗だった。しかし反対側はよく見れば、斑な赤黒い模様がところかしこに描かれているではないか。
「こ、これ……まさか、全部、血……?」
この状況で、ただの模様だと信じられるほど楽観的にはなれない。壁一面、天井まで飛び散るほどの大量の血の跡。それが本当ならば、この部屋でもそれだけたくさんの人が死んだことがあるということになるだろう。つまり、それだけの危険があるということだ。
『あかつきのーなのもとにー、つーどいしせーんーしー!』
まただ。また、あの能天気な歌が。
――そのアニソンみたいなやつ、毎回流すつもりなの?趣味悪……。
げっそりしている逢花をよそに、あの無機質なアナウンスが再び流れ始める。
『F2エリアへようこソ。第二の試練を開始したいと思いマス。第二のゲーム名はズバリ、“思考と選択のゲーム”でございマス。このゲームは是非、探索型の能力を持つ皆様に頑張っていただきたいものでスネ。そう、姫の部屋を生き残ったアナタ、アナタの力が鍵となるでショウ!』
本当に、葉流の言った通りではないか。第二の試練は、先ほどのゲームを“二人で”切り抜けたことが前提のセッティングになっている。仲間を見捨て、一人だけで生き残った勇者に生きる価値無しと言わんばかりだ。まあ、“勇者”だけでは絶対に生き残れないゲームかどうかは、話を全て聴いてみなければわからないが。
――今度は何をさせようっていうんだ……!
身構える逢花に、アナウンスはさらに話を続けた。
『今度のゲームは、けして難しいものではありまセン。皆さんにしてもらうことは、ただ一つ。六つ並んだドアの中から、正しいドアを見つけて……その部屋から脱出していただきタイ。ただそれだけでございマス』
「そもそも、男性の方が比較的お風呂は早い傾向にあると思いますよ。今回はシャワーですから、湯船浸かってないですし」
「ええ、私シャワーでももっと時間かかるよ?頑張っても十五分かかるし、髪乾かすのも何分かかるか……」
「髪が長いですものね、逢花さんは。ポニーテール、よくお似合いです」
「あ、ありがと……」
天然なのだろうか、彼は。イケメンにこんな風に褒められて、喜ばない女子はそうそういまい。バスケをやる時少し邪魔に感じることもあったが、逢花は昔から髪型はポニーテールが好きだった。大好きなお父さんが、小さな頃に褒めてくれたのがきっかけである。こんなの、ガサツに育ってしまった自分には似合わないかなと思うこともあるけれど、やっぱり年上の異性にそうやって褒めて貰えるのは嬉しいものだ。
逢花だって一応は女の子である。拘っているところを評価されて、嬉しくないはずがない。まあ、多少“誤魔化されてしまった”感はなくもないけれど。
「そ、その……」
そろそろ、尋ねるべきことは尋ねるべきだろう。二人で洗面所から廊下に出たところで、逢花は尋ねた。
「多分ここから先も、暫く一緒にいるんだろうし。訊いていいかな、葉流さん」
「僕に答えられることであれば」
「その、さっきの化け物のこと、なんだけど」
NEXT FLOORと書かれたドアを開けると、さっきまでの灰色の通路とは違い、全体的に“緑色”のコンクリートの通路が現れる。ただし、それは壁が緑に塗られているのではなく、灰色の壁を足元の緑色のランプが照らしているせいだった。夜の病院を思わせる、不気味な雰囲気である。さきほどまでは白くて明るいランプだった。同じ廊下でもまるっきり印象が違う。
「あの化け物、正直……私だったら絶対倒せなかったと思う。念話、なんて戦闘でまるっきり使えない能力だし……まあ戦闘向きの能力があっても、戦えた自信はあんまりないんだけど」
『いやあああ!離して、離してえ!』
『み、ミカちゃん!』
『やだ、やだやだやだ、死にたくない、死にたくない!』
思い出すだけで震えが来る。人の体を、片腕であっさり掴みあげられるほどの巨体。それを、紙切れのようにあっさり引きちぎる怪力。そして、あの巨大な口と鮫のような牙を見るに、噛む力も相当なものと見て間違いなさそうだ。それこそ噛みつかれたら、即死できない限り地獄を見せられることは間違いないだろう。
あれを見て心が折れなかったのもそうだし、ほぼ無傷で倒してみせたというのも不思議で仕方ないのだ。ちゃんと葉流の体を見たわけではないが、それでも彼が平気でシャワーを浴びて出てきているあたり大した怪我がなかったのは確かだろう。一体どんなマジックを使ったのか、と疑問に思うのは当然であるはずだ。
「どうやって倒したの?葉流さんの能力って、何?」
ストレートに尋ねれば、葉流はしばし沈黙した。そんなに答えづらい質問をしたつもりではなかったのだが。
「……その」
彼はやがて、やや視線を逸らしつつ言った。
「実は、あまり人に……知られたくない能力、なんですよね」
「え?どういうこと?」
「いずれバレてしまうとは思いますが……戦闘で使える能力で、うまくいけば一発逆転が狙える、とだけ。貴女もお察しの通り、僕は運動神経がそこまで良い方ではありません。多少は鍛えてますが、それでも並の男子高校生程度です。それでも化け物と戦ったのも倒せたのも、全部能力のおかげ。ただ、戦うところも能力も、人に見られたくない類のものなんです。……すみません、貴女を信用していないわけではないんですが」
これから先一緒に戦うかもしれない相手に、能力を明かさない。本来なら、信頼に罅を入れる可能性もある行いだろう。聡明そうな葉流がそれをわかっていないとは思えない。それでも口にしないならば、よほど話したくない理由があるはずだ、と逢花は察した。
彼の表情からは、その理由が“恥ずかしい”のか“嫌われたくない”なのか、あるいはもっと別の意味があるのかは定かでないけれど。
「……わかった。じゃあ、訊かない」
自分は、葉流に救われた身だ。いずれバレてしまうだろう、と言っているということは、本当に時がくればきっと教えてくれるはずである。
ならここで、無理にツッコんで訊くのは野暮というものだろう。
「誰だって、知られたくないことはあるもんなあ。……うん、じゃあ、どうしても必要になったら、その時教えてよ」
「……逢花さんは、いい子ですね」
「もう!子供扱いしないでよね!これでも私、葉流さんと二つしか年違わないんだからさ!ていうか、結構年上に見られること多いんだから!」
「大人っぽいですもんね。でも、中身は小学生です。……不安でしょうに、厳しいことを言ってしまってすみません。『泣くな』なんて、残酷だとわかっているんですけどね」
さっきの話だろう。彼は自分で言ったことを気に病んでいるらしい。
「気にしないでよ。葉流さんが正しい。守りたいものがあるなら、泣いてる暇なんかないもんな。うん」
やがて、T字路に到達する。右か左か、どちらに行けばいいのだろう。しかし迷ったのは逢花だけで、葉流は特に疑問を持つ様子もなくあっさりと右へ進路を取る。
「そっちでいいの?」
「はい。どうせ迷ったって、どっちの道の方に楽な試練があるか、なんてわかりませんから。アランサの使徒とやらが言っていたことが正しいなら、即死トラップを用意するとは思えませんしね」
「さっきの試練も、相当殺意マシマシだったと思うけど?」
「殺意マシマシだったのは否定しませんが、二人で生き残る可能性がある試練だったのは確かだと思いますよ。そもそも、アランサの使徒の目的は、“悪魔に対抗できる戦士を見つける”“ブレスレットの能力テストをする”の二つと思われます。なら本来、二人とも生き残ってくれた方があちらにとっても都合がいいはずなんですよ。だって片方に死なれたら、ブレスレットの試験はできないし、せっかく集めた人材も意味を成さなくなってしまうわけですから」
言われてみればその通りかもしれない。逢花は歩きながら、自分の腕に嵌められたブレスレットを見た。派手な意匠を施されているわけではないが、簡単に外せないしそこそこ頑丈、しかも魔法のような力まで使えるという代物である。正直、コストがかかっていないとは思えない。
もっと言えば、恐らくこのテロ組織は相当な人数の“被験者”を集めていそうである。一体この打規模な計画に、どれほどの手間と時間と費用がかかっているのかは想像もつかないことだ。なるほど、一人でも多くブレスレットを有効活用してデータを残し、“戦士”として役立つ人材に育ってくれなければ、コストに見合う結果が出ないということかもしれない。それこそ、ブレスレットの能力を一度も使わずにぺしゃんこになられるのは向こうとしても本望ではないだろう。――だったらもう少し簡単な試練にしろよ、と激しくツッコミたいが。
「それらを踏まえて考えると。恐らく、あの試練に参加した者達のうち、“勇者の部屋”に投げ込まれたメンバーはみんな戦闘向きの能力者であった可能性が高いでしょう。逆に、“姫の部屋”の人間は探索向きだったのではないでしょうか。姫、が自力で部屋から脱出されたのでは、試練が成り立ちませんからね」
「あ、確かに」
「きっと二人組で連携して、試練をクリアしていく……というのを組織は試したいのでしょうね。今後謎解き系の試練が来るとしたら、戦闘型能力者だけで切り抜けるのはきっと厳しいのでしょうから」
あの試練だけでそこまで読み取るとは。この人は凄いな、と純粋に感嘆させられる。戦闘向きの能力と言っていたが、葉流の素質そのものは完全に“指揮官向き”だろう。冷静沈着に、後方で作戦を立てる方が性に合っていそうだ。――割と本気で頑張らないと、逢花の出る幕が一切なくなりそうである。
――葉流さんに頼ってばっかりいられない。私も頑張らなきゃ。
てくてく歩いて行けば、すぐに廊下の突き当りが見えてきた。黒いドアが鎮座している。再び見える、NEXT FLOORの文字。そろそろ、次の試練が始まるということだろうか。
「さて、覚悟を決めて次に行ってみましょうか」
「は、はい!」
「行きますよ」
葉流がドアを開ける。途端、さっきよりも眩しい光が瞼を刺して、思わず呻くことになった。
「ま、まぶしっ!」
二十畳ほどの、そこそこの広さの部屋だ。やはりコンクリートの打ちっぱなしである。違うのは白い光に煌々と照らされていて非常に明るいことと、壁に六つのドアが並んでいるということだ。
左から順に赤、青、黄、緑、白、黒。
どうやら葉流が予想したように、本当に謎解きが来そうな気配である。
「あっ」
二人が部屋に入った途端、入ってきたドアが勢いよく閉まった。慌ててノブに飛びつくも、ぴくりとも動かない。どうやら閉じ込められたということらしい。
「試練が終わらなければ出しませんよ、ってことなんでしょうね……見て下さい、そこの壁」
「!?」
葉流の言葉に、逢花は自分達が入ってきた方のドア、その周囲の壁を確認して気づく。
六つのドアが並んでいる方の壁は、比較的綺麗だった。しかし反対側はよく見れば、斑な赤黒い模様がところかしこに描かれているではないか。
「こ、これ……まさか、全部、血……?」
この状況で、ただの模様だと信じられるほど楽観的にはなれない。壁一面、天井まで飛び散るほどの大量の血の跡。それが本当ならば、この部屋でもそれだけたくさんの人が死んだことがあるということになるだろう。つまり、それだけの危険があるということだ。
『あかつきのーなのもとにー、つーどいしせーんーしー!』
まただ。また、あの能天気な歌が。
――そのアニソンみたいなやつ、毎回流すつもりなの?趣味悪……。
げっそりしている逢花をよそに、あの無機質なアナウンスが再び流れ始める。
『F2エリアへようこソ。第二の試練を開始したいと思いマス。第二のゲーム名はズバリ、“思考と選択のゲーム”でございマス。このゲームは是非、探索型の能力を持つ皆様に頑張っていただきたいものでスネ。そう、姫の部屋を生き残ったアナタ、アナタの力が鍵となるでショウ!』
本当に、葉流の言った通りではないか。第二の試練は、先ほどのゲームを“二人で”切り抜けたことが前提のセッティングになっている。仲間を見捨て、一人だけで生き残った勇者に生きる価値無しと言わんばかりだ。まあ、“勇者”だけでは絶対に生き残れないゲームかどうかは、話を全て聴いてみなければわからないが。
――今度は何をさせようっていうんだ……!
身構える逢花に、アナウンスはさらに話を続けた。
『今度のゲームは、けして難しいものではありまセン。皆さんにしてもらうことは、ただ一つ。六つ並んだドアの中から、正しいドアを見つけて……その部屋から脱出していただきタイ。ただそれだけでございマス』



