『我らが主がどのような存在であるカ?一言で説明するのは、とてもとても難しいのデス。ただ一つ言えること、それは主がこの混沌に満ちた世界の救世主であるということでショウ……』

 狂った主張を、淡々と垂れ流すアナウンス。

『長らくこの世界を、悪しき異世界の侵入者から守って下さっていた主ですガ。近年は悲しいことに、その結界を保つことが難しくなりつつありマス。理由は単純明快。主の存在を忘れ、身勝手に振舞う者が増えたというコト。愚かな邪教に身をやつしたり、己の欲望を優先するがあまりに犯罪に走ったり、はたまた禁忌を犯したり……そのような者達の悪心が集まり、われらが神の妨げとなるようになってしまったのデス。そして、結界はもうじき破られようとしていマス。その結果、どれほど恐ろしいことが起きるかも知らズ……!』

 これがアニメやゲームの設定ならば、ああそういう話なんだなと逢花も納得できたのだ。悲しいかな、此処は現実で、自分は檻の中に閉じ込められてこのわけのわからない主張を聞かされ続けているのである。いい歳をした大人が、なんの妄想をしているのだと呆れざるを得ない。
 それとも、これはただの“ゲームの上での”設定を語っているだけなのだろうか。自分達はただ、何かのアトラクションのテストプレイヤーか何かをさせられているだけで、クリアしたら賞品が出て家に帰して貰えるとか、そういうオチなのだろうか。
 そうだったなら、どれだけ気楽だっただろう。
 そんな善良な連中が、人を同意なく無理やり拉致してきて、こんなところに閉じ込めるはずがないのだから。

『この世界に、悪魔がやってくるのデス!貴方がたが普段読むようなアニメやゲーム、それに出てくる魔王なんて比ではありまセン。とにかく数が多く、強力な魔法を使うのデス。対抗するためには、我々も何らかの力を用いる必要がありますが……残念ながら、我々はか弱い普通の人間。想像の世界のように、火を起こしたり水を降らせるような魔法を扱うことは叶いまセン。悪魔はその魔法の力を用いて、まさにこの世界を蹂躙せんと狙っているにも関わらズ……!そこで、これの出番というわけなのデス。皆様、それぞれ自分の手首をご覧くだサイ』
「!?」

 ここにきてようやく、逢花は自分の両手首に妙なものが嵌っていることに気づいた。銀色の、腕時計くらいのサイズの腕輪である。時計であったなら文字盤にあたる場所がありそうな位置に、赤い大きなルビーのようなものがはめ込まれている。何も知らなければ、「綺麗な腕輪だなあ」という感想しか抱かなかっただろう。
 ぐいぐいとどんなに引っ張っても取れない状態でなかったのなら。
 これを嵌めたのが、得体のしれない誘拐犯でなければ。

『これぞ、我らが神から授かりし英知。このブレスレットを両腕に嵌めることにより、この宝石にストックされた特別な力を一つ、どんな人間でも自在に使うことができるのデス。まさに科学の力で、我々は普通の人間が魔法を使う方法を編み出したというコト……!このブレスレットが完成すれば、我々は悪魔の魔法にも対抗しうる力を身につけることができるでショウ』
「ま、魔法ってそんな……」
『おや、信じられませんカ?それは実際に使ってみればおのずと分かることデス。……とにかく、この力はまだ未完成。ブレスレットを完成させるためには、多くの実験が必要。能力の強さ、バランス、事故率や負担率……そういうものを調べるためには、実際に青少年に使っていただき、戦っていただくしかないと考えたわけデス。強引に思われるかもしれませんが、悪魔の脅威は間近に迫ってイル。手段を選んでいる時間などこちらにはないのですカラ』
「む、無茶苦茶すぎるでしょ、そんなの!」

 よくわからないが、要するに――逢花たちは、実験台として連れて来られたということか。こんな、得体の知れないブレスレットとやらの威力を確かめるために。それを完成させ、存在するかどうかもわからない悪魔に対抗するために!
 大体未完成ということは、ちゃんとしたテストも終わっていないということではないか。暴発するようなことが起きたらどうなるか。下手したら、大怪我ではすまないのではないか。

『能力を使う方法は単純明快。そのブレスレットの横にあるボタンを押して、能力名を表示させながらその名前を口に出せばいいのデス。能力の詳細も表示されますのデ、しっかり読み込んでおくといいでショウ。能力によっては使用回数に制限があったり、使用条件が追加されていることもありますのでご注意くだサイ』

 その言葉に、逢花は慌てて自分のブレスレットを調べた。赤い宝石部分の横に、確かに何か押せるボタンのようなものがあるようだ。おそるおそる押し込んでみると、パっと腕輪の上にホログラムのようなものが表示される。
 表示された文字は、『念話』。ねんわ、とでも読むのだろうか。

――えっと……自分が認識している存在一体とリンクして、五秒間自分の心の声を届けると同時に相手の心の声を聴く能力……?使用回数制限はないけど、一度使うと次に使えるのは十分後……?え、ちょっと待って?

 逢花は思わず焦った。いわゆる、人の心を読み取れるような能力ということらしいが――こんな、誰もいない檻に閉じ込められている状況で、こんな力を一体どうやって活用すればいいというのか。これは、自分以外の生物がごく身近にいて初めて成り立つ能力ではないのか?

――ちょっと!壁壊すとか、炎出すとか、水を落とすとか、そういう……魔法ってそういう能力じゃないの!?

 実験というのなら、もっとそういう強烈な能力をよこせよと言いたい。これで一体、何をどう実験するというのか。しかもさっきのアナウンスでははっきりと“戦っていただく”と言ったのである。今後、戦う対象を用意する気であるのは目に見えている。武器にも何もならない能力を渡されて、自分に何をしろというのだろうか。

『今回のゲームは、今までのデータから総合し、少々難易度を下げてみまシタ。ゲームをクリアしていき、正しい出口から脱出することができれば勝利、皆さんは生き残ることができマス』
「正しい、出口?」
『禁止エリアと指定されている場所に入るコト、そして壁などを壊して強引な脱出をしようとする方にはペナルティが課せられマス。トラップが発動して命を落としたり、ブレスレットが爆破して命を落とすことになりますのでご注意くだサイ。……嫌ですよネ?両腕を吹き飛ばされて、激痛に苦しみ抜いて死ぬのハ』
「ひっ」

 思わず、逢花は己の両腕をまじまじと見た。ブレスレットは腕にぴったりと貼りついたように動かない、抜けない。外すためのとっかかりも見えない。首ではなく、腕にブレスレットを嵌めているというのがあまりにも悪質だった。首ならば即死できるかもしれないが、腕はそうじゃない。両腕を吹き飛ばされる激痛はいかほどだろう。皮が焼け、肉が焦げ、骨が砕ける苦しみなんて想像もしたくはない。そして、激痛を存分に味わって死んでいくことになるのだ――そんな最期、耐えられるはずがなかった。

――冗談、でしょ?まさか……まさか本当に、そうやって殺されるっていうの?

 まだ、信じられない。信じたくない。何で自分が、こんなわけのわからないゲームなんかをさせられなくてはいけないのか。これは犯罪だ。そうやって爆破して自分達を殺したら殺人ではないか。世界を守る救世主とやらは、一体何を考えているというのか。
 それともまさか本当に、世界を救えるのなら、自分のような子供が何人死んでも構わないと思っているとでも?

『最初のゲーム開始の準備をしていマス。皆様、しばしお待ちくだサイ。ブレスレットの能力を、今の間に試しておかれるのもいいでショウ。それでハ』
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 アナウンスが途切れる音がした。冗談じゃない、まだ肝心なことを何も聞いていない。

「此処は何処なの!?あいつは……逢知たちも此処に連れてこられたの、捕まってるの!?一体どういうことなの、ねえっ!なんで、なんで私達が!!」

 壁を叩いて喚いても、もうスピーカーはうんともすんとも言ってはくれなかった。あまりにも、あまりにも勝手が過ぎるではないか。自分はただ、“お化け屋敷”に弟とその友人を探しに来ただけ。馬鹿どもをひっぱたいて連れて帰ったら、そのままいつも通り家族が待っていて、一緒に晩御飯を食べて――そういういつも通りの一日を過ごすはずだったのに。
 何故、こんなことになったのか。
 自分が、自分達が一体何をしたというのか。

――意味わかんない!……何で、何でこんなことになってんの。私が、何したってんだよ……!

 じわり、と目頭が熱くなった、その時だ。

「すみません、そこにどなたかいらっしゃいますか?」
「!?」

 どんどん、と壁が向こう側から叩かれた。逢花ははっとして、己の左隣の壁を見る。
 はっきりと、聞こえた。男の子の声だ。声変わりをしているかしていないかくらいの。

「だ、誰かいるの!?」

 誘拐犯の仲間か、それとも自分と同じように誘拐されてきた被害者が。藁にもすがるような気持ちで壁の前に向かうと、相手は“はい”と強い声で肯定を返してきた。

「実は、貴女の声は全部聞こえてました。……貴女も僕と同じように、連中に連れて来られて閉じ込められている。そうですよね?」
「そ、そう!あなたも?」
「はい。僕は、ウミハラハルと言います。海に原っぱの原、植物の“葉”に、流れると書いて“海原葉流”。中学二年生です」
「!」

 中学生。少しだけ年上、でも相手も子供だ。それを聴いてほんのちょっぴり肩の力が抜けた。やはり、ゲームに参加させられているのは己だけではなかったのだ。しかも、向こうの少年は声もしっかりしているし、随分落ち着いているようだ。何か打開策を思いついてくれるかもしれない。

「な、何か知ってる!?私、弟を探して“お化け屋敷”って言われてる家の前まで来たら……突然変な人に誘拐されちゃったんだ。弟も、その友達も何処にいるかわからなくて……!ひょっとしたら、このゲームの中にいるかもしれなくて!」
「貴女も、ですか?」
「!」
「僕もです。友人二人と一緒にいたのですが……今彼等は此処にはいないんです。どこか別の部屋に閉じ込めれているのかもしれません。……恐らく、この部屋を脱出するのが最初のゲームになると予想されます。一緒に出て、僕等の仲間を探しましょう。二人なら出来ることも増えるはずです」

 なんて心強いんだろうか。相手は、己の名前も顔も知らないというのに(声からして、己と同年代の少女ということはわかっただろうが)。

「あ、ありがとうございます……海原、さん」

 さっきとは別の涙で、視界が滲みそうになる。

「わ、私は、西嶋逢花(にしじまあいか)です。逢花、でいいです。逢う、の逢に、花で、あいか、です」

 そこまで言ってから、苗字の説明がすっぽ抜けたことに気づいた。しかし葉流はさほど気にした様子もなく、“では逢花さんとお呼びしますね”と返してきた。

「僕のことも葉流、でいいですよ。それから敬語もいりません。僕のこれは、ちょっとした癖のようなものなのでお気遣いなく」
「は、はい」
「いいですか。……まずは落ち着いて、ゲームの内容とやらを聴きましょう。向こうはブレスレットの効果を試したいはず。なるべく、被験者に長く生き残ってブレスレットを使って欲しい意図はあるはずです。簡単に被験者が死んでしまっては実験になりませんからね。必ず、必ず生き残る方法はあるはずです。冷静になりましょう。パニックになったら、見つけられる出口も見つけられませんから」
「……わ、わかりまし……じゃなかった。わかったよ、葉流さん」

 きっとイケメンなんだろうな、と勝手に想像した。だって声がカッコ良すぎる。彼も無理やり拉致されてきて、しかも友達がいなくなって相当不安であるはずなのに。たまたま隣の部屋になっただけの女の子に、どうしてここまで冷静に声をかけることができるのだろう。早くこの檻から出たい、と心の底から思った。まずは此処から出て、彼の顔ちゃんと見てみたい、と。

「鍵は、ブレスレットにセットされた能力だと思われます。逢花さん、逢花さんの能力は何でしたか?」
「あ、私は……」

 逢花が自分の能力を説明しようとした、まさにその瞬間だった。

『あかつきのーなのもとにー、つーどいしせーんーしー!』
「!!」

 再び、あの無駄に明るくて暢気な歌が流れ始める。どうやらこれは、アナウンスがかかりますという合図のつもりらしい。

『皆様、お待たせしまシタ。第一のゲームの説明を、させて頂きマス。この放送は、Fエリアの皆様にノミ、流させていただいておりマス』

 Fエリア。どうやらそれが、自分達がいる区域のことらしい。何が始まるというのか。恐れおののく逢花に、アナウンスは淡々と説明を開始する。

『最初のゲームは、“信頼と勇気のゲーム”でございマス!二人ひと組で行うゲームデス。隣の部屋のパートナーとは、お話をされましたカ?このゲームは、二人の信頼があって初めて成り立ちマス!』

 まさか。逢花は思わず、左側の壁を見た。葉流がいる部屋があるはずの、その方向を。

『成功すれば、二人とも助かりマス。失敗すれば片方、あるいは両方が死にマス。それでは、ルールをご説明いたしマスネ!』

 そして。逢花は思い知るのである。
 この正体不明のカルト教団は本気で、自分達が死んでも構わないと思っているという事実を。