もし、葉流以外がパートナーだったら。何度も考えた筈のことを、逢花はもう一度頭の中で回していた。
きっと死んでいた、それは間違いない。何度考えてもあの第一の試練で、赤の他人を助けるために命を賭けられる人間がそうそういるとは思えないからだ。
――そう、だ。例え利用されていたんだとしても……私が、葉流さんのおかげで生き残れた事実に、何も変わりはないんだ。
そもそも、もし礼子の言葉が本当だったとして。葉流はあくまで、アランサの使徒の意図に従って戦士として呼ばれ、急遽逢花のパートナーにされただけということになる。彼本人が、このゲームを主催したわけではない。下手をしたら、そもそも参加したのだって望んでのことではないのではないか。
『ええ。……僕は、彼等に救われて生きてきました。そしてそんな彼の生き方を心から尊敬しているんです。……彼を、彼等を助けに行くにあたり、けして恥じない戦いがしたいと思っています。彼ならけして、貴女を見捨てない。むしろ、貴女を見捨てたら、彼等に逢わせる顔がありません。……自分の力と、モンスターの特性。それらを鑑みて、勝てる見込みがあると判断したからボタンを押しました。ただ、それだけのことです』
敬愛する友人達に、恥じない戦いがしたい。そう語った彼の言葉に、嘘偽りがあったようには思えなかった。
確かに、逢花をサポートするようにというお達しはあったのかもしれない。命を賭けることで逢花の信頼を得る目的も、まったくないわけではなかったかもしれない。でも、そうだとしても何か事情はあるのではないか。もし恩を売るためだけ、というのなら。
『怖いのはわかります。辛いのもわかります。でも……泣いて、パニックになったら助かる命も助かりません。僕に守りたい仲間がいるように、貴女にも助けたい弟さんがいるのでしょう?ならばその人たちを救うために……強くなりませんか。とても難しいことかもしれないけれど』
『そうです。それに……貴女は自分のことを“弱い”と思っているでしょうけど、パニックになったのは最初だけ。それ以降は、自分の足で立ち上がって今此処にいます。初めて会った僕のことを信頼してくれ、僕の話に耳を傾けてくれた。そして、試練も無事、自分の力でクリアしました。第二の試練は本当に、僕はアドバイスをしただけで他に何もしてませんよ』
あんな風に。
逢花の心に寄り添う言葉が、本当に言えるだろうか。言う必要が、あっただろうか。
――そうだ。
何もかも、吹っ切ることはできない。もやもやした気持ち、苦しい気持ち、怖い気持ちは今でも胸の内に渦巻いている。それでも、自分は。
――本当に、信じるべきものは……自分で決めなきゃ。
逢花は、足に力を込めて立ち上がる。そして驚いたように目を見開く礼子を、ひしと睨みつけたのだ。
――立って歩け、足が折れたら這ってでも。生きて、生きて、生きて……諦めるのは、死んでからでも遅くないんだ!
生きるために。救うために。
このバカげた運命に、自分の手で風穴を。
「列矢君。……必ず、助けるから。今は葉流さんを……私を信じてくれないかな」
まだ礼子に抑え込まれたままの列矢に、声をかける。
「葉流さん!駒村礼子の能力は“硬化”!さっき、列矢君の鞭の攻撃を、肌や服を硬化することで守った!ほぼノーダメに見えたから防御力は高い!でも電撃は痛いって言ってたから、効かないわけじゃないと思う!2メモリくらいなら耐えられるとか抜かしたから、それ以上のダメージなら通用する可能性がある!」
「ちっ」
早口で、礼子の能力を伝えた。それで答えは充分だっただろう。慌てて列矢から離れる礼子。判断が早い。列矢の手は既に、自分のブレスレットに伸びていた。そのまま接触していてくれたなら、電撃を浴びせることもできただろうに。
「……しゃーない、葉流さんのことはまだ疑ってるけど……俺も男や、逢花はんを信じるで!」
「ありがとう、列矢君!」
「お二人とも、恩に着ますよ!」
葉流は傍にいた逢知に何事かを呟くと、そのまま手元のナイフを抜いて叫ぶ。
「お二人さん、とにかくこの人の余裕を奪ってください。僕と一対一に持ちこめば、勝つ方法はあります!」
「わかった!」
「おう!」
疑心暗鬼、動揺、恐怖、絶望。それらを乗り越えて、自分達の気持ちは一つになりつつあった。逢知の言葉と、それを聴いて逢花が立ち上がったことを皮切りに。
勿論、それら全てが自分達の強さというわけではない。でも、そもそも自分達の敵は最初から一つなのだ。この狂ったゲームを作った馬鹿な大人たちに、思い知らせてやるのである。子供をナメたら、痛い眼を見るのはどちらなのかということを。
「ふん、四人がかりたって、たかが子供じゃない!何ができるっていうの!」
廊下の中心に礼子。片方に列矢と逢花、もう片方に逢知と葉流。挟み撃ちにされた女は、言うほど余裕があるようには見えなかった。彼女は何かを恐れているとでも言うのだろうか。葉流か、それとも葉流の能力か?
何にせよ、この女と一対一になれば勝ち目があると葉流が言うのだ。今はそれを信じるしかない。逢花はリュックサックから己が選んだ武器を取り出す。そう――妙に硬くて、それでも手に一番馴染んだものを。オレンジ色の、バスケットボールを。
――バスケなら、私は誰にも負けない。ナメんなよ、伊達にセンター張ってるわけじゃないっつーの!
ドリブルしながら、女の方へと突っ込んでいく。
「シュート!」
「ちっ!」
ダンクシュートの要領で、女の顔面に向けてボールを振り下ろす。普通のボールではないのは、用意した彼女達が一番よくわかっているはずだ。礼子は慌てたようにブレスレットに触れた。
「発動、“硬化”!」
がきん!と硬い感触が手に伝わる。どうやら自分の頭をとっさに硬化させることによって防いだらしい。だが。
「その能力、便利だよな。……異能力は、種類によっては回数制限がある。便利な能力ほど、制限がきついと考えるのがベターだ。……その力も、回数に制限があるんじゃないのか?五回が妥当、多くても十回程度と見てるんだけど」
「!!」
明らかに、礼子が動揺した顔を見せた。彼女は硬化した体ではなく、そのまま足を振り上げてキックを見舞ってくる。逢花はとっさにボールを持ち替えて盾替わりにして防いだ。やはり、この武器が一番しっくりくる。手に吸い付くように馴染むのだ。ダメージは与えられなかったが、攻守に使えるのが何より有りがたい。
逢花の眼には見えていた。逢花に構っている間に、そのすぐ後ろに迫っている逢知の姿があるのを。
「たああああ!」
女の顔面に、噴出される催涙スプレー。思えば、この武器の選択も良かったと言える。腕力も体格もない逢知が、一番簡単に使える武器だ。しかも。
「ひっぎいいい!」
催涙スプレーを浴びた礼子は、顔面を押さえて明らかに悶絶している。やはり、頭を硬化させても呼吸と視界は塞ぐことができない――つまり、顔を完全にガードすることはできなかったということらしい。目が開いているならば、催涙効果は十分あったということだ。
「クソガキがっ!」
視界がきかない中、とっさに逢知に掴みかかろうとした礼子が不自然に転んだ。いつの間にか、その足に鞭が絡みついている。
「今度は出し惜しみせえへん!“電撃”8!」
列矢が鞭を握って、能力を発動させた。10の電撃で、罪喰いをも黒焦げにできる威力があると言う。ならば、8の電撃でも十分、人に致命傷を与えることは可能なのではないか。これで決まるか、と逢花がそう思った瞬間。
「人を舐め腐るのも大概にしなさい、クソガキどもがああっ!」
怒りの咆哮。電撃が迸るも、焦げた床に女の姿はなかった。鞭の先が、すっぱり切れている。少し離れた場所に立つ女の左手が、灰色の刃物のような形状に変化していた。
「まさか、あんた達相手だけで三回も使わされるとは思ってなかったわ……ちょっと甘く見てたってのは認める」
「なるほど、腕を刃物の状態に“硬化”させて、鞭を切ったわけですか。よく間に合いましたね」
「冷静に分析してんじゃないわよ、この裏切り者」
礼子は吐き捨てるように言った。その眼は怒りに燃えて血走り、爛々と輝いている。
「あんたの大事な、あの二人がどうなってもいいわけ?確かにこのゲームに参加してないと言ったし嘘じゃないけど、他でどんな“訓練”に参加させられてるかわかったもんじゃないってことくらい、あんただって理解してんでしょ」
「そうですね。でも、貴女だって忘れてるんじゃありませんか?」
それに対して、葉流はどこまでも冷静だった。眼鏡を押し上げ、絶対零度の眼で女を見据える。
「そもそも無理やりゲームに参加させられて、どうにかクリアしたと思ったら強引にアランサの戦士ってことにさせられて。その挙句、他の戦士たちの訓練に参加させられるわ、仲間を人質に別のゲームに参加させられるわ。……それでどうして、アランサの使徒への忠誠心なんてものが生まれると思ってるんです?僕も、僕の友人達もまったく、1ミリも、絶対的に……貴女がたの思想に賛同なんかしてないんですよ」
もっと具体的に言うなら、と。
彼はその美貌に、凄絶な笑みを浮かべて、告げた。
「お前らこそが悪魔だろうが。てめぇらのイカレた思想に付き合う暇なんかねえんだよ、このペテン師どもが」
あの葉流が、清々しいまでの暴言を吐いた瞬間。何かが、駒村礼子の地雷を思いきり踏み抜いたらしかった。
「私達の神を、侮辱するなああああああああああああ!」
絶叫し、彼女は葉流に飛びかかっていた。そして刃物と貸した右手を、思いきり少年へと突き出す。
「葉流さんっ!」
激昂した女を前に、葉流は避ける素振りもない。何で、と思った瞬間鈍い音が響いた。噴水のように噴き上がる、血。礼子の腕がもろに葉流の胸を貫き、その背から突き出していた。
――あ、ああああああ!
誰がどう見ても、致命傷。逢花の目の前が、絶望で真っ暗になった瞬間。聞こえてきたのは、意外な声だった。
「し、しまった……っ」
え、と眼を見開く。何故だか礼子の方が、真っ青になって焦っている。己の胸を貫く腕をがしりと掴んで、葉流が血を吐きながら笑っていた。
「馬鹿め。お前の、負けだ」
それは、勝利の声。
「発動……“報復”」
きっと死んでいた、それは間違いない。何度考えてもあの第一の試練で、赤の他人を助けるために命を賭けられる人間がそうそういるとは思えないからだ。
――そう、だ。例え利用されていたんだとしても……私が、葉流さんのおかげで生き残れた事実に、何も変わりはないんだ。
そもそも、もし礼子の言葉が本当だったとして。葉流はあくまで、アランサの使徒の意図に従って戦士として呼ばれ、急遽逢花のパートナーにされただけということになる。彼本人が、このゲームを主催したわけではない。下手をしたら、そもそも参加したのだって望んでのことではないのではないか。
『ええ。……僕は、彼等に救われて生きてきました。そしてそんな彼の生き方を心から尊敬しているんです。……彼を、彼等を助けに行くにあたり、けして恥じない戦いがしたいと思っています。彼ならけして、貴女を見捨てない。むしろ、貴女を見捨てたら、彼等に逢わせる顔がありません。……自分の力と、モンスターの特性。それらを鑑みて、勝てる見込みがあると判断したからボタンを押しました。ただ、それだけのことです』
敬愛する友人達に、恥じない戦いがしたい。そう語った彼の言葉に、嘘偽りがあったようには思えなかった。
確かに、逢花をサポートするようにというお達しはあったのかもしれない。命を賭けることで逢花の信頼を得る目的も、まったくないわけではなかったかもしれない。でも、そうだとしても何か事情はあるのではないか。もし恩を売るためだけ、というのなら。
『怖いのはわかります。辛いのもわかります。でも……泣いて、パニックになったら助かる命も助かりません。僕に守りたい仲間がいるように、貴女にも助けたい弟さんがいるのでしょう?ならばその人たちを救うために……強くなりませんか。とても難しいことかもしれないけれど』
『そうです。それに……貴女は自分のことを“弱い”と思っているでしょうけど、パニックになったのは最初だけ。それ以降は、自分の足で立ち上がって今此処にいます。初めて会った僕のことを信頼してくれ、僕の話に耳を傾けてくれた。そして、試練も無事、自分の力でクリアしました。第二の試練は本当に、僕はアドバイスをしただけで他に何もしてませんよ』
あんな風に。
逢花の心に寄り添う言葉が、本当に言えるだろうか。言う必要が、あっただろうか。
――そうだ。
何もかも、吹っ切ることはできない。もやもやした気持ち、苦しい気持ち、怖い気持ちは今でも胸の内に渦巻いている。それでも、自分は。
――本当に、信じるべきものは……自分で決めなきゃ。
逢花は、足に力を込めて立ち上がる。そして驚いたように目を見開く礼子を、ひしと睨みつけたのだ。
――立って歩け、足が折れたら這ってでも。生きて、生きて、生きて……諦めるのは、死んでからでも遅くないんだ!
生きるために。救うために。
このバカげた運命に、自分の手で風穴を。
「列矢君。……必ず、助けるから。今は葉流さんを……私を信じてくれないかな」
まだ礼子に抑え込まれたままの列矢に、声をかける。
「葉流さん!駒村礼子の能力は“硬化”!さっき、列矢君の鞭の攻撃を、肌や服を硬化することで守った!ほぼノーダメに見えたから防御力は高い!でも電撃は痛いって言ってたから、効かないわけじゃないと思う!2メモリくらいなら耐えられるとか抜かしたから、それ以上のダメージなら通用する可能性がある!」
「ちっ」
早口で、礼子の能力を伝えた。それで答えは充分だっただろう。慌てて列矢から離れる礼子。判断が早い。列矢の手は既に、自分のブレスレットに伸びていた。そのまま接触していてくれたなら、電撃を浴びせることもできただろうに。
「……しゃーない、葉流さんのことはまだ疑ってるけど……俺も男や、逢花はんを信じるで!」
「ありがとう、列矢君!」
「お二人とも、恩に着ますよ!」
葉流は傍にいた逢知に何事かを呟くと、そのまま手元のナイフを抜いて叫ぶ。
「お二人さん、とにかくこの人の余裕を奪ってください。僕と一対一に持ちこめば、勝つ方法はあります!」
「わかった!」
「おう!」
疑心暗鬼、動揺、恐怖、絶望。それらを乗り越えて、自分達の気持ちは一つになりつつあった。逢知の言葉と、それを聴いて逢花が立ち上がったことを皮切りに。
勿論、それら全てが自分達の強さというわけではない。でも、そもそも自分達の敵は最初から一つなのだ。この狂ったゲームを作った馬鹿な大人たちに、思い知らせてやるのである。子供をナメたら、痛い眼を見るのはどちらなのかということを。
「ふん、四人がかりたって、たかが子供じゃない!何ができるっていうの!」
廊下の中心に礼子。片方に列矢と逢花、もう片方に逢知と葉流。挟み撃ちにされた女は、言うほど余裕があるようには見えなかった。彼女は何かを恐れているとでも言うのだろうか。葉流か、それとも葉流の能力か?
何にせよ、この女と一対一になれば勝ち目があると葉流が言うのだ。今はそれを信じるしかない。逢花はリュックサックから己が選んだ武器を取り出す。そう――妙に硬くて、それでも手に一番馴染んだものを。オレンジ色の、バスケットボールを。
――バスケなら、私は誰にも負けない。ナメんなよ、伊達にセンター張ってるわけじゃないっつーの!
ドリブルしながら、女の方へと突っ込んでいく。
「シュート!」
「ちっ!」
ダンクシュートの要領で、女の顔面に向けてボールを振り下ろす。普通のボールではないのは、用意した彼女達が一番よくわかっているはずだ。礼子は慌てたようにブレスレットに触れた。
「発動、“硬化”!」
がきん!と硬い感触が手に伝わる。どうやら自分の頭をとっさに硬化させることによって防いだらしい。だが。
「その能力、便利だよな。……異能力は、種類によっては回数制限がある。便利な能力ほど、制限がきついと考えるのがベターだ。……その力も、回数に制限があるんじゃないのか?五回が妥当、多くても十回程度と見てるんだけど」
「!!」
明らかに、礼子が動揺した顔を見せた。彼女は硬化した体ではなく、そのまま足を振り上げてキックを見舞ってくる。逢花はとっさにボールを持ち替えて盾替わりにして防いだ。やはり、この武器が一番しっくりくる。手に吸い付くように馴染むのだ。ダメージは与えられなかったが、攻守に使えるのが何より有りがたい。
逢花の眼には見えていた。逢花に構っている間に、そのすぐ後ろに迫っている逢知の姿があるのを。
「たああああ!」
女の顔面に、噴出される催涙スプレー。思えば、この武器の選択も良かったと言える。腕力も体格もない逢知が、一番簡単に使える武器だ。しかも。
「ひっぎいいい!」
催涙スプレーを浴びた礼子は、顔面を押さえて明らかに悶絶している。やはり、頭を硬化させても呼吸と視界は塞ぐことができない――つまり、顔を完全にガードすることはできなかったということらしい。目が開いているならば、催涙効果は十分あったということだ。
「クソガキがっ!」
視界がきかない中、とっさに逢知に掴みかかろうとした礼子が不自然に転んだ。いつの間にか、その足に鞭が絡みついている。
「今度は出し惜しみせえへん!“電撃”8!」
列矢が鞭を握って、能力を発動させた。10の電撃で、罪喰いをも黒焦げにできる威力があると言う。ならば、8の電撃でも十分、人に致命傷を与えることは可能なのではないか。これで決まるか、と逢花がそう思った瞬間。
「人を舐め腐るのも大概にしなさい、クソガキどもがああっ!」
怒りの咆哮。電撃が迸るも、焦げた床に女の姿はなかった。鞭の先が、すっぱり切れている。少し離れた場所に立つ女の左手が、灰色の刃物のような形状に変化していた。
「まさか、あんた達相手だけで三回も使わされるとは思ってなかったわ……ちょっと甘く見てたってのは認める」
「なるほど、腕を刃物の状態に“硬化”させて、鞭を切ったわけですか。よく間に合いましたね」
「冷静に分析してんじゃないわよ、この裏切り者」
礼子は吐き捨てるように言った。その眼は怒りに燃えて血走り、爛々と輝いている。
「あんたの大事な、あの二人がどうなってもいいわけ?確かにこのゲームに参加してないと言ったし嘘じゃないけど、他でどんな“訓練”に参加させられてるかわかったもんじゃないってことくらい、あんただって理解してんでしょ」
「そうですね。でも、貴女だって忘れてるんじゃありませんか?」
それに対して、葉流はどこまでも冷静だった。眼鏡を押し上げ、絶対零度の眼で女を見据える。
「そもそも無理やりゲームに参加させられて、どうにかクリアしたと思ったら強引にアランサの戦士ってことにさせられて。その挙句、他の戦士たちの訓練に参加させられるわ、仲間を人質に別のゲームに参加させられるわ。……それでどうして、アランサの使徒への忠誠心なんてものが生まれると思ってるんです?僕も、僕の友人達もまったく、1ミリも、絶対的に……貴女がたの思想に賛同なんかしてないんですよ」
もっと具体的に言うなら、と。
彼はその美貌に、凄絶な笑みを浮かべて、告げた。
「お前らこそが悪魔だろうが。てめぇらのイカレた思想に付き合う暇なんかねえんだよ、このペテン師どもが」
あの葉流が、清々しいまでの暴言を吐いた瞬間。何かが、駒村礼子の地雷を思いきり踏み抜いたらしかった。
「私達の神を、侮辱するなああああああああああああ!」
絶叫し、彼女は葉流に飛びかかっていた。そして刃物と貸した右手を、思いきり少年へと突き出す。
「葉流さんっ!」
激昂した女を前に、葉流は避ける素振りもない。何で、と思った瞬間鈍い音が響いた。噴水のように噴き上がる、血。礼子の腕がもろに葉流の胸を貫き、その背から突き出していた。
――あ、ああああああ!
誰がどう見ても、致命傷。逢花の目の前が、絶望で真っ暗になった瞬間。聞こえてきたのは、意外な声だった。
「し、しまった……っ」
え、と眼を見開く。何故だか礼子の方が、真っ青になって焦っている。己の胸を貫く腕をがしりと掴んで、葉流が血を吐きながら笑っていた。
「馬鹿め。お前の、負けだ」
それは、勝利の声。
「発動……“報復”」



