デッドエンド・シンフォニー

 多分彼女は一応、美人と呼ばれる範疇にある人物なのだろう。
 しかし、こうして『敵の幹部です』と出て来られると、人の目には少なからず補正がかかるというものだ。つまり、多少の美貌も悪しざまに見えるというもの。あるいは斜め上に尖って見れるとでも言えばいいのだろうか。人が死んでいるのに、そういうゲームに巻き込んだ調本人達であるのに、反省の色も罪悪感のひとかけらも見えずに笑っている相手。――嫌悪感を抱くな、という方がどうかしている、と逢花は思う。

『今回のゲームのタイトル見て焦った人も多いと思うけど……安心して?内容はそんな複雑なものじゃないの。貴方たちが優秀なら、もう数分で終わっちゃうかもね?』

 女はにこにこと微笑みながら、説明を続ける。

『要するに、鬼ごっことかくれんぼの合わせ技、ってかんじ?みんな、子供の頃に鬼遊びとかやったかしら。日本の鬼遊びって、いろんな種類があって本当に面白いわよね。特に鬼ごっことかくれんぼをしたって人は多いんじゃないかしら。まず、かくれんぼの要素から説明するわね。やり方は単純明快。今から、この部屋から次のフロアに繋がるドアを全て解放するから……そこから隠れている“私”を貴方たちが見つければいいの。“私”の生死は問わないわ。隠れている私を見つけた上で、私の体に触れて「捕まえた、ゲーム終了」と言えば貴方たちの勝ちよ』
「殺してもいいって?」

 列矢が暗い声で言う。

「なら是非ともそうさせてもらいたいわ。ムカつくねん、あんたら。あんたらのせいで、俺らは……!」
「列矢君、落ち着いてください」

 恐らく、自分達に話していないところで何かがあったのだろう。人が死ぬのを見たのかもしれないし、そこまで恨みたくなるほど怖いものを見たのかもしれない。普段の陽気で快活な少年からは考えられないほど沈んだ眼をしている。――見かねてか、葉流が声をかけていた。

「気持ちはわかります。僕だって許せない。でも……たとえ罪に問われなくても、人を殺した事実は一生消せない。それを背負い続ける覚悟と強さがあるなら、生半可な気持ちで殺人になんて手を染めるべきではないんです。少なくとも、君みたいな子供は」

 そしてすっと、目を細めて言う。

「そういうのは、年長者の役目です。譲ってください」

 その声に滲むのは、静かな憎悪。どうやら、冷静に見えて葉流も相当腹に据えかねていたということらしかった。あなただってまだ中学生の子供じゃないか、と逢花は心の中だけで。
 本当は、逢花とて同じ気持ちであるのは確かなことなのだから。

「どうせ、ただあの女を見つければいいってゲームじゃないでしょ、知ってる」

 逢知がふてくされたように言う。すると、その声が聞こえたわけでもあるまいに、女は画面の中で「ただーし!」と声を張り上げた。

『当然だけど、私も異能力が使えるブレスレットはつけているし、戦闘訓練も受けているわ。当然、殺す気で襲ってくる人たちには抵抗するし、返り討ちにもするわよ?殺されても文句は言わないことね。……ついでに、妨害も入るようになってる。どういう妨害か?……まあ、説明しなくても大体想像はつくんじゃないかしら?これは鬼ごっこで、貴方たちが鬼だけど……貴方たちもまた追われる側であるということよ。ゆめゆめお忘れなきようにね』

 あの怪物か、と逢花は唇を噛み締めた。実際のところ、自分はまだ実物の怪物を見たことがあるわけではない。姫の部屋にいた逢花は、映像でしかその脅威を知らないのだ。
 実際に、あれと戦うことになったら。はっきり言って、まともに太刀打ちできるとは思えなかった。いくら逢知の索敵能力があり、列矢と葉流には攻撃向きの能力があるといっても、である。ましてや、列矢の電撃能力は非常に制限が厳しい。使い過ぎればあっという間にガス欠になるだろう。使い処は、慎重に見極めなければなるまい。

『さすがに、会場の地図が分からないのは不便でしょうから……貴方たちのブレスレットに、地図アプリをインストールしてあげたわ。ボタンを一回タップすると能力説明、軽く三回タップすると地図に切り替わるから。地図表示の状態でさらに一回押すと能力表示に戻るから、うまく活用して頂戴ね』

 なるほど。逢花も自分のブレスレットのボタンを三回押してみた。途端、現れる地図表示。どうやら、今から解放される予定のエリアだけ表示されているということらしかった。自分達が入ってきたドアの向こう側のエリアは、表示が暗くなっている。
 この広間から、六本の通路が伸びているようだ。モニターを正面にして、左に三本、右に三本であるらしい。全て解放されるということだから、まず最初の選択はどの道を行くかどうか、というところか。

「ゆっくり作戦会議する時間も欲しいですし、意思統一をしておきましょう」

 葉流が口を開いた。

「この説明が終わったら、左側三本のうち、一番奥にある通路に四人で飛び込むことにしましょう」
「終わってすぐに?ここで慎重に決めないの?」
「この手の鬼ごっこゲームで、主催者がいつまでもこの部屋に人が溜まるのを良しとするとは思えません。僕が主催側なら、ゲーム開始直後にこの部屋に化け物でも送り込んで、強引に参加者達を散り散りにします」
「!」

 その発想はなかった。暫くこの部屋で、他の参加者たちとも相談させて貰えるとばかりに思っていたからだ。

「他の参加者との連携は、あまり期待しない方がいいでしょう。皆さん疑心暗鬼になってるでしょうしね」

 険しい顔で彼は続ける。

「通路に入ったら、最初の角を右に折れて、その突き当りにある部屋に入って隠れましょう。うまくいけば、化け物をやりすごすことができるかもしれません」

 彼は完全に、アランサの使徒が怪物を送り込んでくること前提で考えているようだ。なんだか、向こうの思考を先読みしすぎであるような気もするが――今のところ、葉流の読みが外れたことはない。ここは、言う通りにしておいた方がいいだろう。

「わかった。……逢知、列矢君。いいね?すぐに走るよ」
「う、うん」
「OKやで」

 二人の少年も頷いた。ひとまず異論はないようである。

『皆さんが行き来できるのも私が逃げ隠れできるのも、地図で表示されている地下四階Gエリアと地下三階Gエリアのみ!ああ、それぞれいろんな部屋があるけど、中にはトラップがあることもあるから気を付けてね。そのかわり、武器のや役に立ちそうな道具もあるかもしれないから、ある程度探索するのは悪くないと思うわよ。水とかちょっとした軽食、トイレとかもあるから安心して使ってね。……制限時間は、このアナウンスが終わってから二十四時間以内。それまでに私を捕まえられなければ、全員処刑のお時間になっちゃう。それは私も悲しいから……みんな、頑張ってね!』

 それでは!と彼女は場違いなほど明るく手を挙げてみせた。

『これで、説明は終わり!ゲーム……スタート!』
「走って!」

 いつになく、焦った声の葉流。それを聴いて思うところがあったのだろう、逢知が自分のブレスレットを押す。瞬間。

「な、なんかやばいのが来る!」

 彼は悲鳴に近い声を上げた。

「も、モニターの、右上のあたり……何か……っ」
「急いで!」

 予感は的中したということらしい。逢花はとっさに足が止まりかけた逢知を抱きかかえて走り始めた。列矢、葉流は既に人波をかき分けて前に進みつつある。四人が右奥のドアに飛びついた瞬間、ガチャコン!と何か仕掛けのようなものが作動する音がした。

『ああ、言い忘れてたけど』

 モニターの映像はまだ切れていない。女は、相変わらずにこにこ笑っている。

『いつまでもこの部屋に留まられると面倒だから、最初の“鬼”を解放させてもらうわね?』

 どさり、と何か重たいものが落ちる音がした。次の瞬間、参加者たちの悲鳴が木霊する。確認している暇はない。葉流が開けたドアに、逢花は逢知を抱えたまま飛び込んでいた。

「ね、姉ちゃん大丈夫!俺走れるから!」
「じゃあ走って、重い!」
「なら抱きかかえんなよ馬鹿!」

 喚きながら、言われた通り灰色の通路を走る。さほど暗くなかったのが唯一の僥倖か。やや転びそうになりながらも、言われた通り角を右に折れて、その突き当りの部屋に飛び込んだ。すぐに葉流と列矢も追いついてくる。彼に言われた通り、アナウンス終了と同時に走っていなければ危なかったかもしれない。六つドアがあるとはいえ、数十人もの人が広間にいたのだ。殺到したらドミノ倒しを誘発して、化け物ナシでも十分大変なことになっていたことだろう。 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「た、助けて、助けてええええええええ」
「あががががががっががががぐううううううっ」
「痛い、痛い、痛いっ」
「うわああああああああああああっ」

 やや離れたところから、何人もの人達の絶叫が木霊した。何が起きているのか、なんて想像したくもない。――同時に、自分達は彼等を見捨てて逃げてしまったのではないか、なんてことも。
 自分達は全員、さほど大きな怪我もなくここまで辿りつけたメンバーだ。でも中には正気を失っていた人もいたし、酷い怪我をしていた人もいた。彼等はいきなり目の前に現れた化け物を前に、逃げ切ることができただろうか。難しい、と言わざるをえなかったはずだ。

「……見捨てた、なんて考えてはいけません。戦闘向きの能力持ちでもないあなたに、出来ることなんて限られてましたよ」

 そんな逢花の罪悪感を見越してか、葉流は優しい声をかけてくれた。

「……戦闘向き能力なら能力で、大抵は使用回数制限や制約がありますし。僕の能力もそれは同じです。……今は、自分達が生き残ることを考えましょう。いい部屋に逃げ込めたようですよ、僕達は」
「!」

 そういえば、部屋の中にはトラップがある可能性がある、みたいなことをあの女は言っていた。うっかり忘れて普通に部屋に飛び込んでしまったけれど。

「ここは……」

 逢花たちが入ったのは、小さな倉庫のような部屋である。鉄製の棚のようなものや、薬箱のようなものがずらずらと並んでいる。

「ひょっとして、武器庫なんちゃう、ここ?」

 列矢が少しだけ、弾んだ声を上げた。棚の中には、バッドに金槌、大ぶりのナイフのようなものが収納されているのが見えたからである。