「それでは、学園祭一日目の文化祭を行います」
時計の針が九時を指すと校内放送と音楽が流れてきて、全員で「やるぞー!」と拍手した。ポップな音楽に祭りの雰囲気が弾ける。
「メイド三人と執事三人、頑張れよ」
ひとりの声かけに笑い声があがる。オレはこっそりトイレに行った。鏡を見てはあと息をつき、くちびるの端を人差し指でくいと持ち上げる。
大丈夫、姫は今日もかわいい。カチューシャと花ピンをつけ直す。姫、文化祭編スタート。
その鏡の端に深谷が映り込んでいてぎくっとして振り返った。深谷も衣装を確認しに来たらしい。オレのことはフル無視で首元の蝶ネクタイを直す。
でも、昨日は早く寝たから、オレの心臓はフルパワー全開。チェキのポーズも練習したし、姫は一日みんなのメイドです。
教室に戻る廊下では人の声が渦巻いている。色とりどりのクラスTシャツが行き交い、普段は男くさい校舎も今日は色が違う。
「あ、早速」
ひとりの声に教室の入り口を見れば、部長が笑顔で手をあげる。
「桃瀬ー! メイド見に来たぞ!」
姫、初客ゲット。よし、やるぞ。
「せんぱーい!」
オレは駆け寄った。スカートを摘まんでくるんと回り、部長と二人を笑顔で見上げる。
「お帰りなさいませ、ご主人様! コーヒーにします? 紅茶にします? それとも僕とチェキ?」
指で作ったハートを先輩へ送ると、三人は「完成度高ッ」と爆笑した。
「桃瀬、役に入り込んでるな! かわいいぞ」
やった、笑ってもらえた。姫、三ポイント入りました。
へへと笑うと、横からぬっと大きな影が来た。こちらは完成度の高い執事の深谷。かしこまった衣装が似合いすぎてムカつく。
「おはようございます、先輩方。コーヒーにします? 紅茶にします? それとも……桃瀬とチェキ?」
深谷、パクるならきれいにパクれ。棒読み感がエグいぞ。
突っ込んだオレと違って、先輩たちはまたも笑いだした。
「ふーかーやー! 微妙に声小さいぞ」
「お前もやるときはやるんだな」
「それを着ろって言われて着られるやつは根性ある」
先輩の言葉に「ありがとうございます」と部活中のごとく頭を下げ、深谷は「どうぞ」と窓際の席に案内した。
喫茶店なので、休憩したい時間に人が来る。だから開幕直後は人はほぼ来ない。教室は先輩たちの貸し切り状態で、メニュー表ならぬメニュープリントを広げた。また笑いが起きる。
「チェキがメニューにある!」
「姫(桃瀬)ってなんだよ!」
笑う先輩たちに深谷が「なににしますか」とオーダーを取る。
先輩たちが飲んでいる間、深谷は側に立って話をしていた。「体育祭」とか「リレー」の語が聞こえたから、部活対抗リレーのことだろう。
オレは廊下に出て「執事メイド喫茶いかがですか?」と廊下を行くみんなに愛嬌を振りまいた。
「えっ女の子? じゃないよな。うちの生徒だよな」
「噂の一年生の姫か。ホントにかわいいじゃん」
オレは指を左右に振って「『お帰りなさいませ、ご主人様』をハートつきでサービス中ですよ」と笑顔を咲かせた。
「桃瀬! チェキやろうぜ!」
部長の言葉に黒板前へ飛んでいき、「先輩とチェキー!」と明るく言う。こちらがポーズを案内する前に先輩が言った。
「桃瀬、脇を締めろ。竹刀を振るぞ」
「文化祭中の指導はお断りします!」
ハートとかピースじゃなくて竹刀。二人で素振りの構えをする。見えない竹刀を握るオレ、深谷に言われたとおりに完璧。
チェキを構えるクラスメイトの指を見る。オレ、最初の一枚。姫スマイル炸裂。
「ハイ、チーズ!」
カシャ。チェキを受け取った先輩に見せてもらう。今日のオレ、満点花丸。
先輩たちが「ありがとなー」と帰っていくと、そのあとは怒濤のラッシュに変わった。もちろん桃メイドもフル稼働。
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
「チェキ撮りますか?」
「ポーズは……これかわいいですね! 指をこう広げて」
お客さん、ノリがいい。チェキなんてほとんど出ないんじゃと思ってたけど、結構やりたいって言ってくれる。
「だって桃ちゃんがノリノリだもん。恥ずかしさなんて飛ぶよ。なあ?」
ひとりのメイドの子がもうひとりに言う。
「俺、恥ずかしいよ。ネコ耳とか笑顔が引きつる。コツってなに?」
尋ねられたので、こぶしをぐっと握る。
「今日は自分の名前を捨てる。僕たちは超かわいいメイドの女の子だ。笑顔マックスで腹から声出して口角をあげて笑うんだよ」
すると二人が「桃ちゃんは中身が男前」と苦笑する。
姫は事前準備ばっちり。笑顔だって家で鏡見て練習してきたんだ。これくらいできる。
そこへ「桃瀬ー」と嫌な声が飛んできた。教室の入り口に立つのは、天然パーマの一七六センチ。隣のクラスTシャツはライム色らしい。
最悪、あいつにもやんなきゃいけないのかよ。
だがすぐさま切り替えて笑顔で走り寄る。
「お帰りなさいませ、笹原様! コーヒーにします? 紅茶にします? それとも僕とチェキ?」
頬に片ハートを作って首を傾げる。すると笹原は「うわあ」とにんまりしながらこちらを眺めた。
「ちっちゃいと似合っちゃうねえ。袴より似合うかも」
「笹原、帰り道は背後に気をつけな。竹刀が狙ってるぞ」
「男を出してくるなよ。お前とのチェキはいらないけど、紅茶を飲みたい」
「はい、どうぞ」
深谷に近い席に案内する。深谷がオーダーを取ったのを見て、また入り口で客に笑顔を振りまく。
笑顔、笑顔、笑顔。姫スキルは全開。そのおかげですさまじいスピードで心の残機がギュイーンと削れていく。やばい、糖分がほしい。
一方の深谷は他校の女子に「すごいイケメン」と囁かれているのが聞こえないらしい。「なににしますか」「紅茶と姫とチェキですね」と淡々とオーダーを取る。動き回っているのに、氷の王子は汗ひとつかかない。
「僕とチェキですか? 姫スマイルでいきますね!」
黒板の前に立つと、ガタと足元の教壇が少し傾く。
「じゃあうさ耳ポーズで! ハイ、チーズ!」
頭の上でぴょこんと手を垂らして、チェキを構えるクラスメイトに笑顔を向ける。その向こう側で、深谷がこちらをちらっと見たのが分かった。
時計の針が九時を指すと校内放送と音楽が流れてきて、全員で「やるぞー!」と拍手した。ポップな音楽に祭りの雰囲気が弾ける。
「メイド三人と執事三人、頑張れよ」
ひとりの声かけに笑い声があがる。オレはこっそりトイレに行った。鏡を見てはあと息をつき、くちびるの端を人差し指でくいと持ち上げる。
大丈夫、姫は今日もかわいい。カチューシャと花ピンをつけ直す。姫、文化祭編スタート。
その鏡の端に深谷が映り込んでいてぎくっとして振り返った。深谷も衣装を確認しに来たらしい。オレのことはフル無視で首元の蝶ネクタイを直す。
でも、昨日は早く寝たから、オレの心臓はフルパワー全開。チェキのポーズも練習したし、姫は一日みんなのメイドです。
教室に戻る廊下では人の声が渦巻いている。色とりどりのクラスTシャツが行き交い、普段は男くさい校舎も今日は色が違う。
「あ、早速」
ひとりの声に教室の入り口を見れば、部長が笑顔で手をあげる。
「桃瀬ー! メイド見に来たぞ!」
姫、初客ゲット。よし、やるぞ。
「せんぱーい!」
オレは駆け寄った。スカートを摘まんでくるんと回り、部長と二人を笑顔で見上げる。
「お帰りなさいませ、ご主人様! コーヒーにします? 紅茶にします? それとも僕とチェキ?」
指で作ったハートを先輩へ送ると、三人は「完成度高ッ」と爆笑した。
「桃瀬、役に入り込んでるな! かわいいぞ」
やった、笑ってもらえた。姫、三ポイント入りました。
へへと笑うと、横からぬっと大きな影が来た。こちらは完成度の高い執事の深谷。かしこまった衣装が似合いすぎてムカつく。
「おはようございます、先輩方。コーヒーにします? 紅茶にします? それとも……桃瀬とチェキ?」
深谷、パクるならきれいにパクれ。棒読み感がエグいぞ。
突っ込んだオレと違って、先輩たちはまたも笑いだした。
「ふーかーやー! 微妙に声小さいぞ」
「お前もやるときはやるんだな」
「それを着ろって言われて着られるやつは根性ある」
先輩の言葉に「ありがとうございます」と部活中のごとく頭を下げ、深谷は「どうぞ」と窓際の席に案内した。
喫茶店なので、休憩したい時間に人が来る。だから開幕直後は人はほぼ来ない。教室は先輩たちの貸し切り状態で、メニュー表ならぬメニュープリントを広げた。また笑いが起きる。
「チェキがメニューにある!」
「姫(桃瀬)ってなんだよ!」
笑う先輩たちに深谷が「なににしますか」とオーダーを取る。
先輩たちが飲んでいる間、深谷は側に立って話をしていた。「体育祭」とか「リレー」の語が聞こえたから、部活対抗リレーのことだろう。
オレは廊下に出て「執事メイド喫茶いかがですか?」と廊下を行くみんなに愛嬌を振りまいた。
「えっ女の子? じゃないよな。うちの生徒だよな」
「噂の一年生の姫か。ホントにかわいいじゃん」
オレは指を左右に振って「『お帰りなさいませ、ご主人様』をハートつきでサービス中ですよ」と笑顔を咲かせた。
「桃瀬! チェキやろうぜ!」
部長の言葉に黒板前へ飛んでいき、「先輩とチェキー!」と明るく言う。こちらがポーズを案内する前に先輩が言った。
「桃瀬、脇を締めろ。竹刀を振るぞ」
「文化祭中の指導はお断りします!」
ハートとかピースじゃなくて竹刀。二人で素振りの構えをする。見えない竹刀を握るオレ、深谷に言われたとおりに完璧。
チェキを構えるクラスメイトの指を見る。オレ、最初の一枚。姫スマイル炸裂。
「ハイ、チーズ!」
カシャ。チェキを受け取った先輩に見せてもらう。今日のオレ、満点花丸。
先輩たちが「ありがとなー」と帰っていくと、そのあとは怒濤のラッシュに変わった。もちろん桃メイドもフル稼働。
「いらっしゃいませ、ご主人様!」
「チェキ撮りますか?」
「ポーズは……これかわいいですね! 指をこう広げて」
お客さん、ノリがいい。チェキなんてほとんど出ないんじゃと思ってたけど、結構やりたいって言ってくれる。
「だって桃ちゃんがノリノリだもん。恥ずかしさなんて飛ぶよ。なあ?」
ひとりのメイドの子がもうひとりに言う。
「俺、恥ずかしいよ。ネコ耳とか笑顔が引きつる。コツってなに?」
尋ねられたので、こぶしをぐっと握る。
「今日は自分の名前を捨てる。僕たちは超かわいいメイドの女の子だ。笑顔マックスで腹から声出して口角をあげて笑うんだよ」
すると二人が「桃ちゃんは中身が男前」と苦笑する。
姫は事前準備ばっちり。笑顔だって家で鏡見て練習してきたんだ。これくらいできる。
そこへ「桃瀬ー」と嫌な声が飛んできた。教室の入り口に立つのは、天然パーマの一七六センチ。隣のクラスTシャツはライム色らしい。
最悪、あいつにもやんなきゃいけないのかよ。
だがすぐさま切り替えて笑顔で走り寄る。
「お帰りなさいませ、笹原様! コーヒーにします? 紅茶にします? それとも僕とチェキ?」
頬に片ハートを作って首を傾げる。すると笹原は「うわあ」とにんまりしながらこちらを眺めた。
「ちっちゃいと似合っちゃうねえ。袴より似合うかも」
「笹原、帰り道は背後に気をつけな。竹刀が狙ってるぞ」
「男を出してくるなよ。お前とのチェキはいらないけど、紅茶を飲みたい」
「はい、どうぞ」
深谷に近い席に案内する。深谷がオーダーを取ったのを見て、また入り口で客に笑顔を振りまく。
笑顔、笑顔、笑顔。姫スキルは全開。そのおかげですさまじいスピードで心の残機がギュイーンと削れていく。やばい、糖分がほしい。
一方の深谷は他校の女子に「すごいイケメン」と囁かれているのが聞こえないらしい。「なににしますか」「紅茶と姫とチェキですね」と淡々とオーダーを取る。動き回っているのに、氷の王子は汗ひとつかかない。
「僕とチェキですか? 姫スマイルでいきますね!」
黒板の前に立つと、ガタと足元の教壇が少し傾く。
「じゃあうさ耳ポーズで! ハイ、チーズ!」
頭の上でぴょこんと手を垂らして、チェキを構えるクラスメイトに笑顔を向ける。その向こう側で、深谷がこちらをちらっと見たのが分かった。

