そのあとは本当に細々したことばかり。廊下側の飾り付けもやって、廊下に漂う他クラスの賑やかさを胸いっぱいに吸い込む。文化祭って、当日だけではなくて、準備の日もお祭りだ。いつもなら冷たいコンクリートの壁にも各クラスのポスターやチラシが踊っている。
教室へ戻ると、ひとりが「あー!」と声をあげた。
「材料が足りねえや。買ってこないと」
「こっちも微妙に足りないかも!」
オレはすぐさま声をかけた。
「買い出し、行くよ」
「桃ちゃん、駅前まで遠いぞ?」
「僕、剣道部! 二キロの走り込みとかやってるよ!」
すると教室が「スポーツ姫」とわっと沸き返る。委員長が笑いながらオレの隣にいる保科に声をかけた。
「保科、購買で全員分の紙パックのジュースを買ってきてくんねえ? みんな、疲れてきたと思うし。先生からお金を預かってるんだ」
クラスに「おお」という拍手が広がった。
「保科、頼む!」
はいはいと保科が委員長からお金をもらったところで、買い出しのメモを書いたクラスメイトが頭を掻いた。
「この量、もうひとり行ったほうがいいよ」
嫌な予感。
そう思ったら案の定の男に白羽の矢が立つ。
「深谷、それ終わった? 桃ちゃんと買ってきて」
ガムテープを手にしていた深谷が小さく顎を引き、ガムテを床に置く。オレは渋々メモを受け取り、「深谷行こ」と声をかけた。
リノリウムの廊下をペタペタと歩く。窓の外は夕暮れ前の穏やかな昼下がり。秋の空が澄んで、刷毛で掃いたような薄い筋雲が緩やかな流れを描いている。
それなのに、並んで歩くオレたちの距離は四十センチくらい。廊下の白の中央線をまたいで、交通妨害レベル。部活ではあんなにしゃべる深谷は、クラスメイトに戻ると一気に氷点下で口が貝になる。
深谷よ、熱血出してこい。初めての学祭を楽しい気持ちで準備したいんだよオレは。
歩くたびポケットの中の財布とスマホが太ももにぽんぽん当たる。内心はあとため息をつき、話題を振った。
「執事の服、試着した?」
「した」
短く返されて、話が続かない。ついため息が漏れる。
「写真撮るの嫌って言ってたけど、本当は執事の格好も嫌なんじゃないの」
すると深谷が足を止めた。目の前の階段を下りるつもりだったオレも一歩遅れて足を止める。
「……協力すべきなんだろ」
「え?」
オレが見上げると、深谷は瞬きしてオレの顔を見た。
「桃瀬が言ったんだろ。文化祭はクラス全員でやるもんだって」
黒目の艶が真剣で、オレの心がぽんと音を立てた。
「……あ、それで執事やんの?」
「お前がやればって言ったんだろ」
え、そんな些細なことでやるって言ったんだ? 黒板を拭くのも、協力しようとしてたのか。保科が言ってた「みんなでやってる深谷」は、オレの言葉がきっかけだったのか? 教室でも仲間意識があったのか。
思いがけない事実に言葉が詰まると、深谷は逆に怪訝そうな表情をした。
「言い出しっぺの桃瀬が覚えてないってどういうことだ」
「……いやいや、覚えてるし」
「嘘つけ。なんだ今の間」
「深谷、素直なの?」
「なにがだよ」
「分かりにくいんだけど」
「質問に答えろよ」
「命令形で言うな!」
「文法の話はしてねえよ」
軽いラリーが飛び交って――ラリーになってなかったかもしれないけど――なんだか急に気分がぐっとあがった。
チャラララン。音を立てて残機が回復する。
たっと床を蹴って階段を下りて、上履きでステップを鳴らす。
「深谷ー、早く行こう!」
「お前がごちゃごちゃ言わなきゃ行ってた」
むっとしたような声が後ろから追いかけてくる。ふふと内心笑う。
深谷、言ってなかったけど、朝から前髪が跳ねてるぞ。チェキ見せてもらえ。
駅ビルで数件をはしごして、頼まれたものは全て揃った。何度も「向き不向き」のワードで棚の上からものを取る役を奪われたが、悪い気はしない。
最後の会計をし、二人で両手にいくつもの袋を抱える。手の内側に食い込む白いビニール袋。店舗の外へ出ると、ちらと深谷がこちらの持つ袋を見た。
オレの予想。まずAパターン。「姫に重いものは持たせられない」とオレの袋を持ってくれる。次、Bパターン。姫扱いしない深谷は「学校に戻るぞ」とさっさと歩き出す。さあ、どっちだ。
「桃瀬」
深谷が手にしているビニール袋をこちらの目の前に突き出した。え? 俺の荷物を持てのCパターン?
「その袋、重そうだからこれと交換。……重たいなら言え」
深谷はそう言うとこちらの袋を奪い、自分の袋をオレに押しつけ、「帰るか」と前を歩き出す。
正解、Dパターンでした。神様、オレ、次のテストやばいかもしれない。選択問題、絶対間違える。
「……微妙に優しいとか、ムカつく」
ぼそっと言うと、深谷が「なに」とこちらを振り返った。その顔は変わらずクール王子。なんでもないと返し、深谷の影を踏んづけてついていく。
教室に戻ると、りんごジュースを受け取り、五時前には執事メイド喫茶の教室が完成した。全員で「明日は頑張るぞー!」とこぶしをあげて、部活のない夕方を駅まで向かう。
天高く馬肥ゆる秋。うん、悪くないかも。
涼しい空気を振り切って、オレは駆け出した。
教室へ戻ると、ひとりが「あー!」と声をあげた。
「材料が足りねえや。買ってこないと」
「こっちも微妙に足りないかも!」
オレはすぐさま声をかけた。
「買い出し、行くよ」
「桃ちゃん、駅前まで遠いぞ?」
「僕、剣道部! 二キロの走り込みとかやってるよ!」
すると教室が「スポーツ姫」とわっと沸き返る。委員長が笑いながらオレの隣にいる保科に声をかけた。
「保科、購買で全員分の紙パックのジュースを買ってきてくんねえ? みんな、疲れてきたと思うし。先生からお金を預かってるんだ」
クラスに「おお」という拍手が広がった。
「保科、頼む!」
はいはいと保科が委員長からお金をもらったところで、買い出しのメモを書いたクラスメイトが頭を掻いた。
「この量、もうひとり行ったほうがいいよ」
嫌な予感。
そう思ったら案の定の男に白羽の矢が立つ。
「深谷、それ終わった? 桃ちゃんと買ってきて」
ガムテープを手にしていた深谷が小さく顎を引き、ガムテを床に置く。オレは渋々メモを受け取り、「深谷行こ」と声をかけた。
リノリウムの廊下をペタペタと歩く。窓の外は夕暮れ前の穏やかな昼下がり。秋の空が澄んで、刷毛で掃いたような薄い筋雲が緩やかな流れを描いている。
それなのに、並んで歩くオレたちの距離は四十センチくらい。廊下の白の中央線をまたいで、交通妨害レベル。部活ではあんなにしゃべる深谷は、クラスメイトに戻ると一気に氷点下で口が貝になる。
深谷よ、熱血出してこい。初めての学祭を楽しい気持ちで準備したいんだよオレは。
歩くたびポケットの中の財布とスマホが太ももにぽんぽん当たる。内心はあとため息をつき、話題を振った。
「執事の服、試着した?」
「した」
短く返されて、話が続かない。ついため息が漏れる。
「写真撮るの嫌って言ってたけど、本当は執事の格好も嫌なんじゃないの」
すると深谷が足を止めた。目の前の階段を下りるつもりだったオレも一歩遅れて足を止める。
「……協力すべきなんだろ」
「え?」
オレが見上げると、深谷は瞬きしてオレの顔を見た。
「桃瀬が言ったんだろ。文化祭はクラス全員でやるもんだって」
黒目の艶が真剣で、オレの心がぽんと音を立てた。
「……あ、それで執事やんの?」
「お前がやればって言ったんだろ」
え、そんな些細なことでやるって言ったんだ? 黒板を拭くのも、協力しようとしてたのか。保科が言ってた「みんなでやってる深谷」は、オレの言葉がきっかけだったのか? 教室でも仲間意識があったのか。
思いがけない事実に言葉が詰まると、深谷は逆に怪訝そうな表情をした。
「言い出しっぺの桃瀬が覚えてないってどういうことだ」
「……いやいや、覚えてるし」
「嘘つけ。なんだ今の間」
「深谷、素直なの?」
「なにがだよ」
「分かりにくいんだけど」
「質問に答えろよ」
「命令形で言うな!」
「文法の話はしてねえよ」
軽いラリーが飛び交って――ラリーになってなかったかもしれないけど――なんだか急に気分がぐっとあがった。
チャラララン。音を立てて残機が回復する。
たっと床を蹴って階段を下りて、上履きでステップを鳴らす。
「深谷ー、早く行こう!」
「お前がごちゃごちゃ言わなきゃ行ってた」
むっとしたような声が後ろから追いかけてくる。ふふと内心笑う。
深谷、言ってなかったけど、朝から前髪が跳ねてるぞ。チェキ見せてもらえ。
駅ビルで数件をはしごして、頼まれたものは全て揃った。何度も「向き不向き」のワードで棚の上からものを取る役を奪われたが、悪い気はしない。
最後の会計をし、二人で両手にいくつもの袋を抱える。手の内側に食い込む白いビニール袋。店舗の外へ出ると、ちらと深谷がこちらの持つ袋を見た。
オレの予想。まずAパターン。「姫に重いものは持たせられない」とオレの袋を持ってくれる。次、Bパターン。姫扱いしない深谷は「学校に戻るぞ」とさっさと歩き出す。さあ、どっちだ。
「桃瀬」
深谷が手にしているビニール袋をこちらの目の前に突き出した。え? 俺の荷物を持てのCパターン?
「その袋、重そうだからこれと交換。……重たいなら言え」
深谷はそう言うとこちらの袋を奪い、自分の袋をオレに押しつけ、「帰るか」と前を歩き出す。
正解、Dパターンでした。神様、オレ、次のテストやばいかもしれない。選択問題、絶対間違える。
「……微妙に優しいとか、ムカつく」
ぼそっと言うと、深谷が「なに」とこちらを振り返った。その顔は変わらずクール王子。なんでもないと返し、深谷の影を踏んづけてついていく。
教室に戻ると、りんごジュースを受け取り、五時前には執事メイド喫茶の教室が完成した。全員で「明日は頑張るぞー!」とこぶしをあげて、部活のない夕方を駅まで向かう。
天高く馬肥ゆる秋。うん、悪くないかも。
涼しい空気を振り切って、オレは駆け出した。

