姫ポジ男子だって恋したい

 翌日から深谷は普通になった。廊下や教室で近づいて「はよ」と言えば「ああ」と返ってくる。週末の百人一首のかるた大会はあんまり(かんば)しくなかったようだ。だけど、澄ました王子の仮面は健在だった。
「ナイスキー!」
 バンッ! コートを挟んでボールが飛び交う。男子のバレーボール、圧倒的に身長が高いほうが有利。成長途中(一部を除く)の一年生は不利……なのに、なんで一年生の体育の時間にバレーボールがあるんだよ、クソ。
「桃ちゃんさ」
 壁沿いに立って他チームのゲームを見学していると、横に立つ保科がちらっとこちらを見下ろしてきた。
「深谷と仲直りできてよかったな」
 深谷の名前が出てきてぎくっとする。
「いやっ、別に、けんかとかじゃ」
「嘘つけ。姫のスマイル、二割減だった。王子は寡黙度が一割増しだった。いや、あいつは元々しゃべんないけど」
 頭を掻きむしりたくなる。確かに、姫の仕事はだいぶサボっていた。保科がははと笑う。
「クラス全員気づいてるから。桃ちゃんがしゃべんないと教室が静かすぎる」
 ボンッ。前の生徒がジャンプしてアタックをブロックする。でも、ブロックされた側も負けてない。すぐに上にあげてまた仕掛ける。
 そんなボールのラリーを見て振り返る。確かに、言葉のラリーをした覚えがほとんどない。キュッ。足のバッシュが体育館の床をこすって、ため息をつく。
「……ちょっと眠くて」
 誤魔化しはすぐに否定された。
「桃ちゃんと小学校が一緒のやつが言ってた。『嫌なことがあると寝るタイプ』って」
 さらりと言われた言葉に天井を仰ぎたくなる。
 保科、お前、情報通か。諜報員かなにかを目指してるのか。っていうか、オレ、成長してないのか。メンタル弱々。情けなさに二つくらい残機が減った。
 保科が腕を組んで前を見た。視線を追いかけると、コートを挟んだ向かいの壁に深谷がいる。ぱちっと目が合った。だがすぐにふいと逸らされる。でも、嫌な感じではない。
 気づいたら口にしていた。
「深谷って不思議なんだよ。言ってることは分かんないし、することも分かんないし。やることなすこと突飛っていうか」
 保科が「ふうん」と少し体をこちらへ傾ける。
「それでも好き、ってやつ?」
 え。
 ばっくん。心臓が今年一番の音を立てた。いや、今年始まってまだ半月だけど。とにかくすんごい音を立てて体が跳ねるかと思った。
 目を見開いて保科を見上げると、保科はちょっと得意げに口端をつり上げる。
「顔にバレたって書いてある」
 うわ、反応間違えた。かわいいを引っ張り出す余裕がなかった。残機、ひとつ減る。まずい、保科としゃべってると減り続けるかもしれない。
「危ない!」
 突然声が飛んできて、保科の手がこちらの肩を掴んで抱き寄せた。一瞬足元がもつれてとんと肩に保科の体が当たる。バンッ。ボールが壁に跳ね返ってコートへ行く。
「桃ちゃん、ボールはちゃんと見ろよ」
「ごめん」
 慌てて前を見ると、また深谷と目が合った。久々に見た眉間にしわ。ぷいっという目の逸らし方がさっきより早い。なにかにいらついたように腕組みをして目を瞑る。
 保科が顎に手をやってふふっと笑った。
「分かりやすっ。桃ちゃん、今の分かった?」
「え? 試合のこと?」
「そっちじゃねえよ。桃ちゃんね、姫って王子と結ばれるの」
 そしてお姫様と王子様は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。そんなフレーズが頭に浮かんで顔が熱くなる。保科がにっと言う。
「うちのクラスの姫はうちのクラスの王子が好きなんじゃないの? 眠り姫みたいに待つのもいいけど、自分から行くのも桃ちゃんらしいと思うけど」
 保科が目を細めて言う。
「桃ちゃんは男前姫だからな。自分から動くタイプ。そうだろ?」
 あ、やばい。保科に見透かされている。顔が熱い。自分でも赤くなっていくのが分かる。冬の体育館、すごく暑い。
「桃ちゃん、仲直りしたなら話したら? 深谷、かるた大会ですんごいスピードで札を取るときがあって、どうやんのって聞いたら桃瀬からコツを聞いたって言ってたよ。文化祭でも桃ちゃんが執事をやればって言ったらやるって言ったじゃん。ちょっと分かんねえやつだけど、根は素直なんじゃねえの。そういうやつって、直球で来られると弱いと思うよ」
 直球で。コート内を飛び交うボールを見る。ひとりのアタックが相手の手を弾いた。
――真剣な相手を大切に。
 体育館倉庫で竹刀をばらばらに落とした日、オレが泣いて心から真剣に向き合ったから、深谷は真剣に答えてくれたのかな。
 オレはどうしたいんだろう。深谷と隣でしゃべって、お互いに買った手ぬぐいを頭に巻いて竹刀で向き合って、帰りにラーメンやおでんを食べて、電話で勉強の話をして、図書館で隣に座る。こういうことを、普通にやりたい。他の人じゃなく、深谷とやりたい。
 おみくじに書いてあった。積極的に。――そうだ、オレから動かなきゃ始まらない。
「……保科」
「うん?」
 オレはこぶしを握り締めて保科を見上げた。
「次、メロンパンをゲットしたら保科に渡す」
 保科はぷっと噴き出し、「男前!」と笑った。
 キーンコーンカーンコーン。体育の授業が終わると、ぞろぞろと教室へ戻る。廊下で凍てついた空気が肺まで入り込んで、寒い寒いとジャージの袖をさする。誰かが「あ」と窓に手をついた。
「雪だ」
 廊下の窓から外を見る。どんよりとした灰色の空から小さな綿が落ちてきている。予報より降り始めが早い。
「おーい」
 教室で制服に着替えていると、担任がやって来た。
「警報が出た。休校が決まったから、帰り支度しろ」
 やったー! 急に教室が沸き返って、みんながいそいそとコートを持ってくる。高校生って割と単純。早く家に帰れるってだけでテンションがあがる。
 オレは鞄に教科書をしまいながら、窓から見える雪を見た。瞬きの間に見失いそうになる雪。でも、雪の季節が来た。
 終礼を終えて、よそのクラスもぞろぞろと廊下へ出ていく。窓の外から下校する声が聞こえる。明るい声にちょっと笑う。みんな残機増えすぎ。明るい気分でスマホをタップする。
 キャメル色のコートを着て鞄を持つと、オレはこそこそと屋上へ向かった。
 ガチャ。キィと金属音を立てて扉を開く。すると、ネイビーのコートを着た深谷がポケットに手を突っ込んで、壁に沿って立っていた。呼び出したにしちゃ随分早い。
 深谷が白い息を吐きながらちらりとこちらを見て、「やっと来た」と言う。
「やっとって。メッセージ送ってまだ数分」
「雪の中待たせんな」
「雪の日くらいいいじゃん。深谷と初めて話した屋上で初めての雪を見よ!」
 深谷が白い息を吐いて「詩人」と一言言った。
 雪の季節。深谷の季節。それは深谷との関係が変わったこの屋上で味わいたかった。
 軒先のあるところに深谷が立っていたので、その横に鞄を置く。そして縁に乗っかって、フェンスに指を引っかけた。錆びたフェンスの網目から雪がひらひらと舞うのが見える。真っ白の雪。深谷のアイコンみたい。
 風がびゅっと拭いて髪が乱れる。ピンをつけ直し、カイロの袋を破いて左手に握る。すると深谷が右側に立った。そちらを見て聞く。
「今日って積もる?」
「警報が出てるなら積もるんじゃねえ?」
 深谷の手がコートのポケットでごそごそする。深谷の横顔はなにか考えているようで、よく分からない。寒さで少し頬が赤くなってる。コートについた雪がきらりと光って溶けていく。
「雪って覆い隠すんだよな」
 雪を強調して言うと、深谷の目がちらっとこちらを見た。
「桃瀬は姫で隠してた」
「でも、隠さなくていいって分かった」
 すると深谷は「そうだな」と少しだけやわらかく答えた。