「よーい、スタート」
翌日、別の先生が来てくれて、神社の階段ダッシュが始まった。
「あああ新年早々つらい!」
隣の男子の言葉に白い息が流れていく。
オレは斜め上を見上げた。あれ、空ってこんなに遠かったっけ。
席替えをした教室は深谷が遠かった。もう半径一キロ以内にお互いが見えませんって感じ。いや、同じ教室にいるんだけど、それくらいの距離感。
深谷は一番廊下側の席だから、登校時のおはようだって言いづらい位置だ。唯一近づけるとしたら廊下に行くときだけど、昨日と同じように無視されたらと思うと近づけなかった。
「桃ちゃん、生きてる!? 冬だぞ、起きろ!」
隣から活を入れられてはっとする。
「よし!」
オレはダンッと階段を蹴った。男前姫、前向きじゃないのはよくない。おみくじの願事も積極的にって書いてあった。深谷と話せますように。願いを心の中で唱えて階段を駆け上がる。
「よし、抜かした!」
笹原と深谷を抜かして振り返る。笹原が呆れたように言う。
「あのねえ、スピード出せばいいってもんじゃないんだよ。深谷、なんとか言ってやれよ」
「知らねえ」
目も合わさない深谷の短いセリフ。一瞬白い息が不規則に揺れる。
笹原が驚いたように深谷を見た。そしてこちらを見る。……あ、オレ、こういうの、ちょっと無理かも。
笹原の目線を振り切って駆け上がる。
なんで、残機減ってくの。初詣のときの減り方と全然違う。すっごく胸痛いし、肺に入る空気が凍てついて冷たいし、体動かしすぎて暑いし、目も熱い。もう、なんかぐっちゃぐちゃ。オレの体温、乱高下。
「……っ、はあっはあっ……」
朱い鳥居、なんか、今日はくすんでいる。上を見上げれば一月の青空と自分の白い息。ぱっくり割れた薄い半月がのぼっていた。
家に帰って床に膝を抱えて座る。パーカーのフードを被って黄緑のお守りをつつく。
背が低いとか、顔が女の子っぽいとか、それに関する陰口とか、別に平気。見返してやるって思うし、逆に強みにしてやるって思うし、ご飯を食べてお風呂入れば回復することはよくある。
でも、無視は嫌だ。お兄ちゃんをお役御免されたときと同じ。もうお前はいらないって、透明人間にされた気分。
暖房の温かすぎる温度にはあと息をつく。
おみくじに書いてあった。恋愛、今はまだ駄目です。ですます調で、書いてあった。
分かってる。深谷は他人に踏み込まれたくないようなことを言っていた。オレの恋は叶わない。
今から願いごとを変えたら神様は叶えてくれるかな? 積極的にいけばいいんだもんな? ……積極的にいくの、怖いな。男前姫、なんでも平気なわけじゃない。
うとうとしてくる。ベッドに頭を預ける。寒い。羽毛布団を引っ張って、座ったままそれにくるまる。するとずるっとベッドから頭が落ちた。床に転がって目を瞑る。ベッドで寝ればいいのに。自分でもそう思うけど、体が動かない。
嫌なことがあると眠くなる。昔からそうだった。どうしたらまた深谷と笑顔でしゃべれるのかな? お守りを外さないとダメなのかな。でも、あのお守りは、大事なんだ。好きな人が、くれた、か、ら。
するっ。意識が現実世界から指を放した。
一週間、ずっと眠かった。休み時間ごとに突っ伏してたし、昼休みは保科がしゃべってる最中に寝てた。
「桃ちゃん、大丈夫?」
クラスメイトが代わる代わる声をかけてくれた。「なんか睡眠不足で」と言うしかない。全然嘘。夜、ぐっすりすぎるほど寝てる。
その日、顧問がインフルエンザから復帰してきて、部活もみんなどこか明るかった。声かけの声も大きかったし、先生に対する礼の声も大きい。
「ありがとうございました!」
部活が終わったときも、みんな声が揃っていた。顧問も心配かけたねと言って、わいわいした雰囲気になる。
「深谷ー、笹原ー」
「はい、やります!」
先輩の声かけに二人がみんなの竹刀を回収する。竹刀の片づけ当番だ。体育館倉庫の壁に棚が何段もあり、そこに横にして竹刀を置いていく。
更衣室に入るみんなを横に二人が竹刀を運んでいく。でも、オレは足取りが重くて、更衣室に行く気になれない。笑顔を振りまく自信がない。
男前姫、今、残機減り姫。
「深谷、先にやってて。あそこに忘れ物がある。届けてくる」
「分かった」
深谷が体育館倉庫に入ると、笹原がこちらを見て手招きする。なんだと思って近づくと、笹原が口の前に人差し指を当てた。そしてなぜかオレの肩をぐいぐい押して体育館倉庫へ押しやろうとする。
ガタガタッ。そのとき体育館倉庫から大きな竹の音がして、はっとする。棚から竹刀が落ちたのだ。
「深谷、大丈夫!?」
慌てて倉庫の中に入る。
「平気か?」
深谷の手には竹刀。そして足元にも竹刀が散らばっている。竹刀に囲まれて深谷は、どうしたらいいか分からない子どもみたいに突っ立っていた。
「……平気」
「どこが! 一緒に拾うから」
見れば落ちてきたのは上から二番目の棚だった。棚のどこかに触れて竹刀が雪崩を起こすことはよくある。
振り返ると、笹原はいなかった。あいつ、片づけをサボる気か。
「ったく」
竹刀を何本か拾って二番目の棚に手を伸ばす。一気には乗せられない場所だった。背伸びして置くも、棚の奥までは届かない。
「くっ……」
一生懸命指先で奥に押しやろうとしたが、横からため息が漏れた。
「桃瀬は下。そこ、俺がやる」
「あ、うん」
深谷から竹刀を受け取り、下から置いていく。一番上の棚は顧問でも届かないので、背が高い生徒がやるのが決まりだ。深谷は易々と並べていく。
クソ、身長が高いって収納にも便利だよな。オレ、家のつくりつけの食器棚、二段目が届かないんだけど。高身長イケメン、滅びろ。……深谷以外。
隣に深谷が立つと、初詣のときと同じ熱波が伝わってくる。ちょっと汗くさい。多分、オレも同じ。でも、嫌じゃない。だって、もう知ってるから。オレ、深谷のことが好きだから。
視界の端で上下する袖を思わず掴んだ。
「……深谷、なに怒ってんの?」
深谷が一瞬だけ手を止めた。だが、すぐに竹刀を元に戻す。するっ。オレの指から深谷の袖が逃げる。
「別に」
バシッ。短い言葉は竹刀に弾かれたみたいな痛さ。もう、言葉が出てこない。もう、袖に手を伸ばせない。
なんでだろう。文化祭から仲良くなったと思ってたのに、なんで深谷はオレを遠ざけようとするんだろう。ふらっと立ち上がる。
神様、ふざけんなよ。恋愛はつらいってトリセツに書いてなかったじゃんか。恋愛、今は駄目です。そんなおみくじ引かせるなら、残機減りますって書いとけよ。
ピコン、ピコン、ピ。――残機、さよなら。
翌日、別の先生が来てくれて、神社の階段ダッシュが始まった。
「あああ新年早々つらい!」
隣の男子の言葉に白い息が流れていく。
オレは斜め上を見上げた。あれ、空ってこんなに遠かったっけ。
席替えをした教室は深谷が遠かった。もう半径一キロ以内にお互いが見えませんって感じ。いや、同じ教室にいるんだけど、それくらいの距離感。
深谷は一番廊下側の席だから、登校時のおはようだって言いづらい位置だ。唯一近づけるとしたら廊下に行くときだけど、昨日と同じように無視されたらと思うと近づけなかった。
「桃ちゃん、生きてる!? 冬だぞ、起きろ!」
隣から活を入れられてはっとする。
「よし!」
オレはダンッと階段を蹴った。男前姫、前向きじゃないのはよくない。おみくじの願事も積極的にって書いてあった。深谷と話せますように。願いを心の中で唱えて階段を駆け上がる。
「よし、抜かした!」
笹原と深谷を抜かして振り返る。笹原が呆れたように言う。
「あのねえ、スピード出せばいいってもんじゃないんだよ。深谷、なんとか言ってやれよ」
「知らねえ」
目も合わさない深谷の短いセリフ。一瞬白い息が不規則に揺れる。
笹原が驚いたように深谷を見た。そしてこちらを見る。……あ、オレ、こういうの、ちょっと無理かも。
笹原の目線を振り切って駆け上がる。
なんで、残機減ってくの。初詣のときの減り方と全然違う。すっごく胸痛いし、肺に入る空気が凍てついて冷たいし、体動かしすぎて暑いし、目も熱い。もう、なんかぐっちゃぐちゃ。オレの体温、乱高下。
「……っ、はあっはあっ……」
朱い鳥居、なんか、今日はくすんでいる。上を見上げれば一月の青空と自分の白い息。ぱっくり割れた薄い半月がのぼっていた。
家に帰って床に膝を抱えて座る。パーカーのフードを被って黄緑のお守りをつつく。
背が低いとか、顔が女の子っぽいとか、それに関する陰口とか、別に平気。見返してやるって思うし、逆に強みにしてやるって思うし、ご飯を食べてお風呂入れば回復することはよくある。
でも、無視は嫌だ。お兄ちゃんをお役御免されたときと同じ。もうお前はいらないって、透明人間にされた気分。
暖房の温かすぎる温度にはあと息をつく。
おみくじに書いてあった。恋愛、今はまだ駄目です。ですます調で、書いてあった。
分かってる。深谷は他人に踏み込まれたくないようなことを言っていた。オレの恋は叶わない。
今から願いごとを変えたら神様は叶えてくれるかな? 積極的にいけばいいんだもんな? ……積極的にいくの、怖いな。男前姫、なんでも平気なわけじゃない。
うとうとしてくる。ベッドに頭を預ける。寒い。羽毛布団を引っ張って、座ったままそれにくるまる。するとずるっとベッドから頭が落ちた。床に転がって目を瞑る。ベッドで寝ればいいのに。自分でもそう思うけど、体が動かない。
嫌なことがあると眠くなる。昔からそうだった。どうしたらまた深谷と笑顔でしゃべれるのかな? お守りを外さないとダメなのかな。でも、あのお守りは、大事なんだ。好きな人が、くれた、か、ら。
するっ。意識が現実世界から指を放した。
一週間、ずっと眠かった。休み時間ごとに突っ伏してたし、昼休みは保科がしゃべってる最中に寝てた。
「桃ちゃん、大丈夫?」
クラスメイトが代わる代わる声をかけてくれた。「なんか睡眠不足で」と言うしかない。全然嘘。夜、ぐっすりすぎるほど寝てる。
その日、顧問がインフルエンザから復帰してきて、部活もみんなどこか明るかった。声かけの声も大きかったし、先生に対する礼の声も大きい。
「ありがとうございました!」
部活が終わったときも、みんな声が揃っていた。顧問も心配かけたねと言って、わいわいした雰囲気になる。
「深谷ー、笹原ー」
「はい、やります!」
先輩の声かけに二人がみんなの竹刀を回収する。竹刀の片づけ当番だ。体育館倉庫の壁に棚が何段もあり、そこに横にして竹刀を置いていく。
更衣室に入るみんなを横に二人が竹刀を運んでいく。でも、オレは足取りが重くて、更衣室に行く気になれない。笑顔を振りまく自信がない。
男前姫、今、残機減り姫。
「深谷、先にやってて。あそこに忘れ物がある。届けてくる」
「分かった」
深谷が体育館倉庫に入ると、笹原がこちらを見て手招きする。なんだと思って近づくと、笹原が口の前に人差し指を当てた。そしてなぜかオレの肩をぐいぐい押して体育館倉庫へ押しやろうとする。
ガタガタッ。そのとき体育館倉庫から大きな竹の音がして、はっとする。棚から竹刀が落ちたのだ。
「深谷、大丈夫!?」
慌てて倉庫の中に入る。
「平気か?」
深谷の手には竹刀。そして足元にも竹刀が散らばっている。竹刀に囲まれて深谷は、どうしたらいいか分からない子どもみたいに突っ立っていた。
「……平気」
「どこが! 一緒に拾うから」
見れば落ちてきたのは上から二番目の棚だった。棚のどこかに触れて竹刀が雪崩を起こすことはよくある。
振り返ると、笹原はいなかった。あいつ、片づけをサボる気か。
「ったく」
竹刀を何本か拾って二番目の棚に手を伸ばす。一気には乗せられない場所だった。背伸びして置くも、棚の奥までは届かない。
「くっ……」
一生懸命指先で奥に押しやろうとしたが、横からため息が漏れた。
「桃瀬は下。そこ、俺がやる」
「あ、うん」
深谷から竹刀を受け取り、下から置いていく。一番上の棚は顧問でも届かないので、背が高い生徒がやるのが決まりだ。深谷は易々と並べていく。
クソ、身長が高いって収納にも便利だよな。オレ、家のつくりつけの食器棚、二段目が届かないんだけど。高身長イケメン、滅びろ。……深谷以外。
隣に深谷が立つと、初詣のときと同じ熱波が伝わってくる。ちょっと汗くさい。多分、オレも同じ。でも、嫌じゃない。だって、もう知ってるから。オレ、深谷のことが好きだから。
視界の端で上下する袖を思わず掴んだ。
「……深谷、なに怒ってんの?」
深谷が一瞬だけ手を止めた。だが、すぐに竹刀を元に戻す。するっ。オレの指から深谷の袖が逃げる。
「別に」
バシッ。短い言葉は竹刀に弾かれたみたいな痛さ。もう、言葉が出てこない。もう、袖に手を伸ばせない。
なんでだろう。文化祭から仲良くなったと思ってたのに、なんで深谷はオレを遠ざけようとするんだろう。ふらっと立ち上がる。
神様、ふざけんなよ。恋愛はつらいってトリセツに書いてなかったじゃんか。恋愛、今は駄目です。そんなおみくじ引かせるなら、残機減りますって書いとけよ。
ピコン、ピコン、ピ。――残機、さよなら。

