姫ポジ男子だって恋したい

 紙コップを捨てる場所を探すと、絵馬掛所(えまかけどころ)の側にあった。金属のカゴに透明なビニール袋が被さったそこにぽとっと紙コップを落とす。
「絵馬、書く人多いんだな」
 深谷がそう言ったので重なり吊されたそれらを眺める。
「絵馬ってさ」
 オレは絵馬掛所に近づいた。オレの背でも届く。胸がきゅっとなった。
「小さい頃、家族で近所の神社に行って、弟と書いたんだよ。そこの神社が高く設置してて、小さい子は届かないわけ。弟が『兄ちゃん、かけて』って言う。嬉しくて、いいよって言いながら自分のと一緒にかけたのに、今じゃ逆」
 親と弟の姿を思い出しながら言う。
「昔はお兄ちゃんだからお手伝いしなさいって言われてたのに、弟に身長を抜かされてからはお兄ちゃんは大丈夫って言われるようになってさ。スーパーの買い出しに付き合っても、米袋を持つのが弟でオレは菓子袋。この差ってなんだろって」
 レジに並ぶとき、米袋を持っている弟が光って見えて、胸がぎゅっとなったのを覚えている。
「お兄ちゃんをお役御免になった感じ。姫なら他の人にできないこともできるって気づいたのに、姫だからできないこともあって。覚えてないと思うけど、体育でバスケのときに、ボールカゴを出す役を奪われてさ。親切心だって分かるけど、なんかなあって。でも、深谷はオレが非力だとか考えもしないようにボール寄こしたじゃん。そういうのが嬉しいときもあって。……まとまりないな。語彙力死滅が移ったかも」
 深谷の顔を見上げて笑った。
「なんて、背がでかいお前には分かんないよな。なんでこんな話をしたんだろ。深谷相手だと、なんか楽」
 すると少し口を開けて聞いていた深谷が顔を赤くさせた。マフラーに口元をうずめ、ポケットから神社の印が入った白い袋を押しつけてくる。
「なに?」
「桃瀬には必要ないと思うけど」
 中から黄緑色の必勝守が出てきた。深谷が言葉を探すように言う。
「桃瀬は……夢を与えられる。ちっちゃくても勝てるんだって。だから……お兄ちゃんでなくても、姫でなくても……桃瀬はできることがあって……役に立てる相手が変わる……そういうの、悪くない、と思う」
 夢を与えられる。思いもしなかった言葉に目が見開いていく。深谷がこちらを見て続ける。
「桃瀬は誰かの目標になる……あんな剣士を目指そうって。俺みたいなでかいやつでも思う……桃瀬みたいにやろうって……心入れ替えてやり直そうって。少なくとも……俺の役には立った……桃瀬はそういう力があるから……小さいとか関係ない……お前は、すごい。から、大丈夫」
 急に顔がかーっと温度をあげた。深谷の訥々(とつとつ)とした言葉が胸にじんわりと広がる。一滴一滴、オレの心を温めるような、甘酒みたいな優しい甘やかし。
 顔が熱い。一気に熱い。甘酒、威力半端ない。はい、心臓、静かにしろ。太鼓みたいになってるぞ。ピコンピコン。残機、低下。だからなんで下がるんだよ。
「つまり……桃瀬は」
「桃瀬は桃瀬で大丈夫! だな!」
 恥ずかしさのあまり言葉を先取りすると、深谷の涼しげな目が笑った。
「そういうこと」
 待った、深谷が過去一かっこよく見えた。コンタクトずれたか? いや、オレ、裸眼だな。お前の言葉、反則。審判呼ぶぞ。
「えっと、お守り、ありがと」
 コートのポケットに突っ込むと、深谷が小さく口端をあげた。
 帰りの波に押されて、神社を出る。オレ、駅方面で右。多分、深谷も同じ。でも、駅に行ったらバイバイしなきゃいけない。
「……帰るか」
 深谷が言う。
「うん……」
 オレも言う。
 でも、二人とも動かない。足が地面にのりで貼りついた。寒いのに動きたくないの、なんでだよ。
 オレはちらっと深谷を見上げた。白い息を吐く深谷が顔を赤くして空を見ている。思い切って言う。
「……昼近くなったし、ラーメン行かない?」
「行く」
 深谷の即答にようやく足の裏からのりが消えた。学校側まで戻り、年中無休のラーメン屋に行く。
 オレンジの暖簾(のれん)をくぐると、「いらっしゃい!」と元気な声が飛んできた。
 駅と逆方面だからか、店内はそんなに混んでいない。畳のお座敷のところに親戚と思わしき数人で来ているグループや、カウンター席でひとりで食べる背中が見える。
「カウンターでいいですか?」
 紺色の頭巾を被った店員に案内される。深谷がオレの右に座った。コートを脱いで椅子の背もたれにかける。深谷、黒のタートルネック。なんの飾りもないのに相変わらずイケメン。
「オレ、味噌ラーメン大盛り」
「俺、しょうゆラーメン大盛り、卵とチャーシュー追加で」
「あ、オレ、メンマ追加でお願いします」
 大将が「あいよ!」と大きな声でラーメンの湯切りをする。湯気がぶわっとあがるカウンター内が冬の目に優しい。
 色褪せた臙脂色のカウンターテーブルにラーメンが運ばれてくると、湯気が顔に当たってほわっとした。疲れていた足がゆっくりほぐれていく。深谷が割り箸を取ってくれた。二人で手を合わせる。
「いただきます」
 ずぞぞぞぞ。一気に麺を啜ると口内がじゅわっと温まる。このお店は麺が太め。食べ応えがあって最高だ。
「桃瀬って食い方が男」
「オレ、男だよ。かわいい姫は今日は店じまい」
「……格好、だいぶかわいいけど」
 ラーメンの熱がぱっと顔に広がった。深谷がなぜか視線を逸らす。今更かわいいに動揺するオレ、ちょっと心臓のリズムがおかしい。深谷の一言、変な威力がある。
 熱を振り切って箸を動かす。
「この色なら体が大きく見えると思ったの」
「萌え袖になってる時点で無理」
「無理とか言うな」
「ただの事実」
 ずぞぞぞぞ。ラーメンを啜る音を聞きながら思う。
 深谷の隣って安心する。兄ちゃんじゃなくていいからか。姫じゃなくていいからか。桃瀬でいいからか。桃瀬景直のどの部分を見せても大丈夫だからか。深谷の隣はラーメンみたいにあったかい。
「おいしかった! けど、外に出るとさむ」
 暖簾をくぐって外に出るとたちまち白い息が出る。オレが指先に息を吹きかけると、「はい」と深谷が黒の手袋を差し出してきた。
「手袋忘れ、重罪」
「なんでだよ!」
 そう言いながらありがたく受け取る。あ、おっきい。中があったかい。ポケットに入ってたのかな。……ってことは、この熱は深谷熱じゃん。え、なんか恥ずかしい。
 ちらりと見上げると、深谷も上を向いていた。
「次会うときに返してくれればいいから」
「いや、でもクリーニングに出さないと」
「いい」
 短く言ったきり、深谷は耳を赤くさせてなにも言わず歩きだした。
 帰り道は残酷だ。歩いていけば駅に着くし、電車に乗れば絶対に降りなきゃいけない。深谷が先に下りた。また部活で。そんな短い言葉で手をあげる。いつもの言葉なのに、今日はすごく悲しい。もっとしゃべっていたい。
 流れていくホームの上で改札に向かう深谷の背を目で追いかける。胸がきゅっとなる。
 こっち向けよ深谷。いや、なんで深谷の顔が見たいんだ。
「……うそ」
 温かい深谷の手袋の手で口元を押さえる。自分の鼓動だけが大きく聞こえる。
 おみくじの文字を思い出す。恋愛。
――オレ、深谷が好きなんだ。