姫ポジ男子だって恋したい

「お前、なんでここ来たの」
 オレが言うと、深谷がゆっくりとこちらを見下ろした。
「……ここのご利益が勝負運って聞いたから」
 深谷の目線がなんでかオレの顔をじっと見る。
「そうなの? なんだ、やっぱ願いごとは次の試合の勝利か」
 すると深谷はちらっと歯を見せた。
「桃瀬って剣道馬鹿」
「失礼だな。今すっごく楽しいんだよ」
「なんで」
「笹原に勝ちたいし、深谷も復帰したし」
「……なんで笹原」
「とりあえず克服したい目標の身長」
 ああ、そういうこと。深谷はそんな返事をしたが、なんか肩が痛い。手、力入れすぎてない?
 人間って、なんでぎゅうぎゅうになると歩くのが遅くなるんだろう。祈っているからか。でも、ゴールまでがすごく遠い。おしゃべり時間が長い。オレ、そんなに話題持ってない。
 指先をこすり合わせて言う。
「深谷サン、百人一首は暗記できましたか? 上の句を聞いたら下の句言えますか?」
「滅べとしか思ってねえよ」
「あれ、出席番号順に分かれてかるた大会やるよ? 覚えてないと王子像が崩れるけど。はい、『瀬をはやみ』」
「……」
「いい? 『せ』から始まるのはひとつだけ。『せ』を聞いたら『われても末にあはむとぞ思ふ』の札を探す。百人一首、決まり字で検索して。そこから覚えんの」
「桃瀬、天才かよ」
「気づいたのオレじゃないし。あと雪関連の歌を覚えたら。少しは親しみやすいでしょ」
「桃瀬、天才じゃねえかよ」
「褒め方の語彙少なっ」
 顔を見合わせると、二人でぷはっと噴き出した。白い息が吐き出され、境内のざわめきに消えていく。いつも通りの雰囲気が戻ってきた。少しほっとする。なんとなく、心臓がバグを起こす予感がしていたから。
「この混雑じゃ、オレ、もう保科たちとは会えない気がする」
「……多分な」
「スマホが見つかればいいけど」
「見つかる。平気」
 深谷はあっさり断言して「ほら」とこちらを前へ押す。次第に列は進み、ようやく拝殿の階段をのぼるところまで来た。財布から五円玉を投げると、深谷も同じように投げる。
 二礼二拍手一礼。電車の中で調べたことを思い出し、パンパンと手を合わせた。目を瞑る。……熱波。オレの右側が熱い。その隣が動いた音がしたので自分も慌てて目を開けて頭を下げる。
 参道から社務所(しゃむしょ)のほうへ逸れると、ようやく人が散って地面の土が見えた。物理的圧迫感から解放されて、オレの気持ちも解放される。敷かれた石が足裏でじゃりじゃり音を立てる。
「桃瀬、なに祈った」
「内緒。深谷は」
「内緒」
 鸚鵡(おうむ)返しすんな。……いや、オレは隣が気になって思いつかなかっただけだけど。身長と必勝、祈るの忘れた。なんで今になって思い出す。神様、ここで祈っていいですか?
 破魔矢(はまや)を持った人もいる。でも、神社と言えばこれ。社務所の端を指さす。
「おみくじ引かない?」
 オレが言うと、いいなと深谷も同意する。一回百五十円。黒い六角形のおみくじをカラカラと振って、逆さにすると棒が出てくる。
「桃瀬、なんでこれって六角形?」
 言われて気づいた。知らない。
「自分で調べろ」
 すると深谷がにやりとした。
「命令形で言うな」
 オレも返す。
「文法の話はしてねえよ」
 社務所のところへ行き、「十七番です」と番号を伝える。すると小さく折りたたんだくじをもらった。二人で目を合わせ、そこから離れる。
「よし、競争」
「せーの」
 ばっ。二人一緒に広げる。小吉。
「小吉」
 オレが見せると「吉」と見せられた。
「ああ、負けた」
「勝ち負けの問題か?」
「凶を引くよりいっか」
 ちらっと内容を見る。
 願事(ねがいごと)、積極的な考え方をすれば叶う。病気、治る。学問、努力すればよろし。恋愛、今はまだ駄目です。……恋愛の今はまだダメって、ひとつだけですます調?
 深谷にそれを見せた。
「深谷、オレが前向きに考えれば身長は伸びるらしい」
 すると深谷が「お前は小さいままでいろ」と言うのでむっとする。
「オレの目標は次の身体測定で一六〇を出すことなの」
「お前はその身長で勝てるから大丈夫だろ」
「そういう問題じゃないんだけどな」
 思いついて聞く。
「深谷、学問はなに」
 深谷が睫毛を瞬かせて紙を読む。
「……情報を集め全力を尽くせ」
「吉にしちゃきつい。深谷にぴったり」
 深谷がぎろりと睨んでくる。
「俺は国語以外普通だ」
「その普通ってどれくらい? 王子なんだからクラス三位以内には入ってるよね?」
 深谷が黙った。こいつ、王子キャラ、そろそろ崩壊しそう。
 おみくじかけにきゅっと結ぶ。やっぱり正月は参拝者が多い。紐が見えているところが少ない。
 でも、白い息を吐きながら白いおみくじを結ぶと、気持ちが澄んでいく。神様、身長よろしくお願いします。
 なんとなく社務所を回る。一番場所を広く取っているのはお守りだった。水色、オレンジ、黄緑、赤。色もたくさんあるから華やかだ。袴を着た巫女が頒布している。
「寄っていい?」
 深谷がそちらを指さした。ちらりと弟の顔がよぎって自分も見る。
 弟なら必勝守でいいのかな。オレはなんだろう。無病息災か。健康を損なって剣道できなかったら勝負もなにもないし、これだな。
 そう思って黄緑の必勝守りに手を伸ばそうとすると、深谷の手とぶつかった。一瞬手を引っ込める。冷え切った指先がなんか熱い。
 深谷が先にいただいて、オレも続いた。そして列から離れる。先に抜けた深谷が道の奥を指した。
「甘酒を配ってる。飲まねえ?」
「えっ、オレ、飲んだことない」
「酒って言うけど未成年でも飲めるぞ?」
 酒がついているから飲めないんだと思っていた。ちょっと恥ずかしい。
 へえと思いながらチャコールグレーのコートについていく。袴を着た男性が白い紙コップで「どうぞ」と笑顔で配っていた。
「ありがとうございます」
 受け取ると、人々が立ち止まって飲んでいるところへなんとなく合流した。一口。あ、おいしい。口の中がもろもろする。おでんの汁みたいに体が温まる。
「あちっ」
 言い出しっぺの深谷がそう言い、「猫舌か」と突っ込む。深谷がふうふうと息を吹きかけ、くいと紙コップを傾けた。
 不思議だ。中二のときの試合の相手と再会して、しゃべりながら参拝して、おみくじを見せ合って、お守りを選んで、甘酒を飲んでいる。
 あの相手が深谷だとは考えなかったし、深谷の中身がこういうやつだとも思っていなかった。イケメンと熱血と不器用が混ざったギャップが、なんか、すごく……いい。