姫ポジ男子だって恋したい

「絶対に一年で一番楽しい行事」
「教室ならなんでもできる!」
 弾けるポップコーンのテンションにオレも気を取り直した。うちの学校では文化祭と体育祭が連続で行われる。学祭は高校の一大行事だ。初めての文化祭にみんなの顔も期待でにやけている。
 うちのクラス、仲良いな。まあ、かわいいオレがいるし? オレ、マジでナイスな仕事ぶり。
 黒板の前に立つ委員長が、みんなの意見を白いチョークで並べていく。ノリで出てくるのは迷路やお化け屋敷などお決まりのもの。つまり、それが出てくるのは時間の問題だった。
「女装メイド喫茶やりたい。『お帰りなさい、ご主人様』とか」
「チェキとかできたらウケる」
「こういうのは男子がやるからおもしろいんだよ」
 はいはい、分かってる。オレはちゃんと姫の仕事をやる。みんなの目線がこちらに集まってるの、気づいてる。任せて。
 オレは「はいッ!」と立ち上がり、天井に向かってぴんと手を伸ばした。
「僕、メイドやりたい! ロングスカートのクラシカルメイド!」
 教室がおおと揺れる。クラスの温度が夏を思い出す。
「桃ちゃんは看板娘だな」
「集客率すごそう」
 こういうのは慣れっこ。手をあげる瞬間、ちょっとだけ――ちょっとだけ「またか」と思った。役目を引き受けたのは、もう条件反射。これでクラスが盛り上がるなら嬉しいし、嫌じゃない。
「――それでいいの」
 わいわいする教室の空気を鋭い声が引き裂いた。
 ぎくりとして振り返ると、クラスの熱気を断ち切る深谷の氷の目線がオレを見ている。
「それでいいの、お前。お前の負担がでかいけど」
 笑顔がぴきっと固まった。不意を突かれて心臓がばくんと一拍飛ぶ。
 名乗りをあげるのは得意。任されるのも得意。でも、得意と好きは、たまに同じ形をしていない。無理やりピースをはめるときもある。それを見透かされた気がした。
 周りもしんとして驚いたようにオレと深谷を見比べる。気まずそうな笑みと無意味な口元のゆがみが、ひび割れたクラスの温度を取り戻そうとしている。まずい。クラスの雰囲気が壊れる。
「そりゃ、やりたいに決まってるじゃん」
 突っかかりそうになる口調を呑み込み、オレは当然のように言い返した。
「文化祭はクラス全員でやるものだし。役に立てるならやるでしょ。似合うって言われたら楽しいし、笑ってもらえたら嬉しいし」
 深谷はやりたくないの? そういう怪訝そうな顔を(つくろ)った。
「深谷もやればいいのに。執事とかさ。他校の女子が来てキャーキャー言われるかもしれないよ?」
 ま、お高く止まったクール王子はやらないだろうけど。こっそり心の中で付け加える。
 深谷はたっぷり五秒はオレの顔を見つめ、「ふうん」と頬杖をついた。
「一瞬手をあげるのが遅れたように見えたから。本人がいいならいいけど」
 そして深谷の手がスッとあがった。
「やる。執事かメイドか知らねえけど」
 やるのかよ! 思わず心の中で突っ込んだ。こいつ、ホント考えが読めない。変なやつ。心の残機、変な飛び方をした。
 案の定、普段クラスに溶け込まない深谷の発言にクラスメイトがどよめく。
「深谷がやったら絶対盛り上がるだろ」
「衣装はどこで売ってんだろ」
 ひび割れた空気が修復された。これでよし。内心ため息をついて、いつもの笑顔でクラスを見回す。
 でも。
 背中にまだひやっとした視線が張りついている気がする。それでいいのか、なんて問いの正解は「いい」だ。それが姫の役割でオレの役目。
 だけど、深谷の言葉は心の深いところまで探ってくるようだった。オレの本音がどこにあるのか見つけ出そうとするような、オレに刺さった棘を数えるような目線と声色。
 なんでお前だけいっつもそうなんだよ。クラスの輪を乱して、オレの仕事を邪魔して。いつも胸がちりちりして、本当にムカつく。手をあげるなら最初からあげろよな。
 こっそりため息をつく。
 なんか、体育ですっごく動きたい。早くチャイム鳴れ。
 委員長が黄色のチョークを持つ。「執事メイド喫茶」の文字の上に花丸がついた。
 休み時間に入ってまっさらなジャージに着替える。カラカラカラ。制汗スプレーを振る夏の音に気分が戻ってきた。うなじにボディーシートを当てるとひんやりと気持ちいい。文化祭も体育祭も十月頭だが、まだこのアイテムは使えそうだ。
 汗と夏のアイテムが混ざり合うと、男子校のにおいが漂ってくる。シトラス系中心のメンズボディーシートが教室の温度を一度下げた。
 九月の暑さが残る廊下を駆けてクーラーつきの体育館まで移動する。重い扉を開いて中に入ると、こもった熱気がむわっとしていた。前のクラスの名残だろうか。クーラーが仕事をしていない。
 色とりどりの線が走る体育館の床がニスでてかてかと光っていて、バッシュがきゅっと鳴る。ブーン。隅に大型扇風機が回っていたが、生ぬるい風が広がるだけだ。体育館裏の蝉の声を消すには少し足りない。
 体育教師のかけ声に合わせて体をほぐしていく。ぐっと伸びをすると気分も軽くなってきた。トントンと軽くジャンプする。やっぱり体を動かすのはいい。新学期の体育の授業は全員無駄に張り切っている。
「じゃあ六班、バスケのボールカゴを倉庫から出して」
「はい!」
 バスケ、バスケ。気分よく茶色のボールが詰め込まれた金属製の大きなカゴを押す。するとひとりが駆け寄ってきた。
「姫にそんな重いの持たせられないって。代わる」
 えっ。オレの驚きとは逆に、別の男子もカゴを引きながら軽く笑った。
「確かに。桃ちゃん、気が利かなくてごめんな」
「えっ? 僕できるけど?」
「いいのいいの、こういうのは力のある男子の仕事」
 オレはそこに取り残され、カゴが教師の元へ行くのを見た。つるりとした床のニスがオレの気持ちを上滑りさせる。
 オレ、剣道部ですけど。運動部員ですけど。姫だって男子。筋肉に体力、それなりにありますよ?
 なんて、野暮(やぼ)なことは口には出さない。姫だからと言われたら、そこでオレの仕事は決まる。
 面倒なことは起こせない。だって、クラスの輪が乱れたら嫌だから。みんなが平和に笑っていられる明るい雰囲気が好きだから。そのためならオレはなんでも引き受ける。