姫ポジ男子だって恋したい

「桃ちゃん、あけおめー」
「みんなもあけおめ」
 元日、学校の最寄り駅で数人のクラスメイトと待ち合わせした。神社に行くであろう人々の流れに沿って歩いていく。今日は正月なのに少し気温があがった。でも、青空に溶ける息は白い。新年マジックが太陽の光をきらきらさせてくる。
「クラスのグループチャット、おもしろかった」
「年が変わった瞬間に一斉にあけおめスタンプ送るの笑える」
 ポケットに手を突っ込んで並び歩くクラスメイトは仲が良くて、部活もいいけどこっちもいいななんて思う。
「桃ちゃん、私服だとより一層姫だな」
 オレは「えー?」と自分を見下ろした。
「学校のダッフルコートよりダウンのほうが元気じゃない? 男子高校生って感じ」
「白のチョイスがかわいいんだよ」
「黒スキニーのジーンズって、スタイルのいい女の子だよ」
「サイズがなかったの! オレだって普通のジーンズを穿きたかった!」
「中はなに着てんの? かわいい色を着てない?」
 うっ。オレは言葉に詰まった。
 着ているのは落ち着いたピンクに近いモカ色のケーブルニット。体を大きく見せたくて明るい色にして、ワンサイズ大きいものを着ている。いや、サイズがなくて勝手にワンサイズ大きく見えるだけ。
 オレの様子を見て、クラスメイトが笑う。
「桃ちゃん、自ら姫になりに行ってる」
「かわいい自滅」
「かわいいからいいか」
 オレは頭を掻きむしった。
「オレは大きく見せたいだけなのに」
 オレのため息に笑い声があがる。
「よし、今日は桃ちゃんの身長も祈願するか」
「オレのために祈って。複数人で祈れば神様もオーケーしてくれるかも」
 するとちらと保科がオレを見下ろしてきた。
「恋愛成就、祈ったほうがいいんじゃない?」
 すると周りも「そうだよ」と言いだした。
「みんな、ひとりぼっちのクリスマスが悲しくて彼女がほしくなるタイプ?」
 オレの言葉に「そうじゃなくてさあ」とひとりが渋い顔をする。
「桃ちゃんの身長は俺らが祈るから、桃ちゃんは周りの恋愛成就を祈れ」
「男子校を選んだ時点でそういうのは諦めなよ。来年の文化祭にかけろ。または中学の同窓会」
「男子校を選んでも、ねえ? 恋愛に縁はあるかもしれないし」
 まあ、笹原、彼女いるしな。ツーショット、幸せそうだったし。ちょっとムカつくけど。
「分かった。みんなに彼女ができるよう、祈っとく」
 すると保科が真剣な顔をして首を振った。
「桃ちゃんはうちのクラスの姫だ。クラス全員分祈れ」
「オレひとりで全員は神様もつらくない? 願いすぎって言われる」
「神様はそんな懐狭くねえから大丈夫」
 保科、それ、本当? オレの身長、さっ引かれたりしない?
 そんな話をしているうちに、進む足が牛歩になってきた。ぴょんぴょんジャンプして前を見る。神社の入り口へのぼる階段のところで列ができている。
「うわ、入る前から並んでる」
 ひとりの言葉に深谷の話を思い出す。
「御朱印が珍しいんだって。それ目当ての人で混んでるのかも」
「そうなんだ。なんで知ってんの?」
「深谷がそう言ってた」
 途端に周りがなんだか嬉しそうな顔をする。
「桃ちゃん、深谷となんの話してんの? 深谷、クラスじゃ全然しゃべんないのに」
「普通の話。部活のこととか」
 あいつ、国語苦手だぞ。そう言ってやりたかったが、王子の仮面は守っておく。
「この間、図書室で高いところの本を取ろうとしたらひょいって取られた。王子はスマートですねって嫌味言いたかった」
 うん、これで王子っぽいエピソードを言えたかな。そう思って保科を見ると、保科はなぜかオレから顔を逸らして笑っていた。
「どこに笑いのツボがあった?」
「……いやあ、深谷、王子だなあって」
 周りもうんうんと頷く。
「姫の手助けをすべきだよ、王子は」
「それくらいできないとな、王子は」
「身長をフル活用しないと、王子は」
 え、みんな、深谷に期待しすぎじゃない?
 ようやく石段をあがって境内に入る。いつもの階段ダッシュしている神社とは違う、ものすごい広さ。参道も横幅何メートルあるのか分からない。体育祭のコースの二倍以上あることは確かだ。
 正月の神社は華やかだった。普段は質素なところも赤と紫の旗が立ち並び、白地に「謹賀新年」と赤文字の入った幕が張られている。中には着物を着ている人もいて、雲一つない空に正月の空気が漂っていた。寒いけれど気分がいい。
「これははぐれそう」
 ぎゅうぎゅうの人の間に体を滑り込ませ、保科のカーキ色のモッズコートを視界の端に入れる。もう満員電車並み、乗車率二百パーセント。前の人が急に足を止めて鼻をぶつけた。
「いた……」
 顔をあげると、黒のショートカットのうなじが見えた。その頭が振り返ってこちらを見下ろす。深谷だった。
「深谷? なにしてんの?」
 思わず声をあげると、深谷が片眉をつり上げる。
「は? お前こそなんでいるんだよ」
「なんでって、行くって言ったじゃん」
 オレの声に保科たちが深谷に気づいた。
「あれ、深谷だ」
 突然保科が「あ!」と他を見た。
「俺、スマホ落としたかも。ポケットに入ってねえ」
「……あっ、それはまずい、探そう」
「保科、ホント?」
 こんな混雑で。オレも慌てて「一緒に探すよ」と言った。だが、保科はオレの肩を掴んで深谷のほうへと押す。
「深谷、桃ちゃんがはぐれないように一緒にいてくれねえ?」
「この混み具合、やばいし」
 別のクラスメイトが言葉を添える。
「桃ちゃんを連れ回すの気が引けるだろ」
 みんなが突然あれこれ言い始めたから「はあ?」と声が出る。だが、保科は「行ってくる!」と笑顔で手をひらひらさせた。そしてするりと人波の中を逃げていく。
 混雑の中で移動できるやつ、物理の教科書にあるあの魔法が使える? 「だだし、摩擦は考えないものとする」っていう、現実世界にありえない文言を実践してる?
 突然置き去りにされて唖然とする。だが、すぐに後ろから押された。「わっ」とつんのめりそうになる。すると、「ああもう」と深谷がオレの肩に左手を回してぎゅっと引き寄せた。
「お前、チビすぎて見失う」
 だが、その腕も近寄った体も熱くて、急に顔が熱くなった。一瞬境内の喧噪が消えて、肩にのった深谷の手だけが存在を主張する。
「一言余計!」
 顔の熱を誤魔化すように言って見上げると、寒さのせいか深谷は頬を赤くして白い息を吐いていた。チャコールグレーのロングコートに細身の黒のパンツ。学校のときと同じネイビーのマフラーを緩く巻いている。高一に見えない大人っぽさ。
 なに、このイケメン。私服の攻撃力も強すぎじゃない?
 そう思ったとき、また肩に回った手にぎゅっと力が入る。
 このイケメンムーブ、なに! 混雑の中彼女を守りますみたいなやつ! ドラマの中でしか許されない行動だと思ってたけど、現実世界にやるやついるのか!
 男前姫、ガチで王子に守られる姫! ……って笑って済ませられる距離感じゃない。
 なんか、近い。いつもより、近い。学校の席に座るより、近い。寒い冬なのに顔が熱波で熱い。胸がざわざわする。
 なんだ? 普段なら深谷の言動で残機が増えるのに、今日はキュインキュイン削れていく。落ち着け、オレ。心臓、そこにステイ。動いててほしいけど、動くな。深谷に気づかれたくない。
 なんか、気まずい。なんか、しゃべらないと。