十二月に入って、息が白い。霜が降りた朝は、ざくざくと上を歩いて気持ちを軽くした。十二月考査は剣道と同じ、ひとりの戦い。数学は平均点に行くか怪しかったが、国語の試験のあと深谷はいつも通り澄ました顔をしていた。お前、平均点とれるのか?
試験最終日、部活が再開される。深谷は部員に足がよくなったのでやり直したいと思ったことなどを話し、温かく迎え入れられた。
「深谷、よかったな」
休憩中、壁に沿って立つ笹原の隣で言うと、笹原は「そうだね」と同意した。ちらと笹原の顔を見る。
「笹原は、さ。深谷の足のこと」
そこまで言うと、笹原は肩をすくめた。
「なーんでバレバレな嘘つくのかな。不器用さもここに極まれりって感じ。言えばいいじゃんねえ? すっごく気になる相手がいて剣道できませんって」
「はあ?」
思わず眉をつり上げたが、すぐにため息をついた。やっぱり、笹原はちゃんと分かっていた。
目線の先で先輩と竹刀を交える深谷の足が音を立てる。笹原はこちらの肩にぽんと手を置いた。
「ま、お前が剣道やめてなくてよかった。そういうこと。あいつもお前の強さに救われたんじゃないの」
「笹原がオレを褒めるとか、明日は吹雪?」
「褒めてないけど。深谷復活のきっかけになったねって話」
こいつも素直になれないタイプか。オレは「あっそ」と頭を掻いた。
「深谷と笹原が仲が良いの、なんか分かった気がする」
「へえ。俺も二人が仲が良いの、分かった気がするけどね」
「明日の冬期講習からは出席番号順だから、椅子を蹴られずに済むぞ」
「桃瀬が寝なければいい話だろ。夜はよく寝てる? 寝ないと身長は伸びないんだけど。子守歌をスマホにダウンロードしたら?」
「ムカつく」
オレがむっとすると、笹原はようやく笑って「冗談!」と背中を叩いてきた。そして「やるかー」と練習している中へ入っていく。オレも気持ちが軽くなって、その日を終えた。その帰り道に思いつく。
「深谷ー」
翌日、四時間の冬期講習を終えて弁当を食べると、廊下で笹原と立ち話をしている深谷のところへ行った。
「部活まで時間あるだろ。ちょっと外出ない?」
「は? なんでだよ」
うっ。クール王子は相変わらず健在。でも、男前姫、王子の素顔を知ってるから平気。
「買い物。復帰したんだからさ、なにか気合いが入るもの買おうよ。手ぬぐいとかさ」
お前のぴよぴよ手ぬぐい、頭に巻いたらおもしろい。おもしろいけど、別のも見たい。
「あ、笹原は来なくていい。邪魔」
昨日の仕返しでしっしと手で払うと、笹原はなぜか満足げに「そうだよねえ」と教室へ戻っていく。深谷がなにか言いたげな顔をしたが、王子の仮面は崩せないらしい。「コートと財布を取ってくる」とため息をつく。
冬の昼間は日差しが鋭かった。剣道の道具が売られている古びた商店街のアーケードを目指す。二人してコートのポケットに手を突っ込んで、マフラーの隙間から白い息をくゆらせる。
「手ぬぐいって、なんでまた」
深谷の質問に「なんでって」と肩をすくめる。
「剣道部唯一のおしゃれポイントだし」
「桃瀬の手ぬぐいは渋いんだよ。泥棒みたいな柄とか似合ってねえし」
「そっちのひよこよりマシですぅ」
「おしゃれポイントとか言ったくせにケチつけんな」
「はいはい、また命令形」
「文法の話は」
「してねえよ、な」
ぷはっと笑い合い、商店街に入る。中央商店街の文字は日光のせいか色褪せていた。シャッター街になりかけのアーケード内。でも、剣道の道具を取りそろえた貴重な店は近所の剣道部御用達だ。
「セールやってる!」
店の前にカゴが置いてあり、手ぬぐい三枚千五百円と書いてある。安い。オレは真っ先に臙脂色のそれを取った。
「オレ、こういうの! 文武不岐とか字が入ってるのが好き!」
かっこいい。そう思ったのに、深谷が「しぶ……」と呟く。深谷もカゴの中の手ぬぐいを指で弾きながら探して、「桃瀬はこういうのだろ」と取り出した。
かわいすぎる。スイカが一列に並んでいる。深谷のセンス、いちいちかわいい。
「深谷のチョイス、意味不明」
「これを作ったメーカーさんに謝れよ」
「そういう意味じゃないし」
すると深谷はもう一つ手にした。
「これくらいはいいだろ。雪だるま」
薄いグレーに白い雪だるまがコロコロ転がっている。そこで少し深谷がカゴを見て明るい顔をした。
「桃瀬、雪の季節の次、なんの季節か知ってるか」
「桜じゃなくて?」
深谷の手がそれを手にした。花の咲く枝とピンクの花びらが飛び散っている。
「桃。桃の季節」
「あ、桃だ。桜じゃない。へえ、珍しい」
深谷がそれを手にして他を見始める。オレはそれを見て、自分も無言で探し始めた。
白地にトマトの輪切りが並んだポップな柄、ドットが幾何学模様に並んだ大人っぽい柄、手描きのモカ色のフクロウが並んだ柄を選ぶ。
深谷は桃の花と雪だるま、紺地に白で勇猛果敢と書かれたものを選んだ。店舗に入るといつものおばちゃんが「いらっしゃい」と出迎えてくれる。手ぬぐいを紙袋に包んでもらうと、「風邪に気をつけなさいね」とはちみつのど飴をもらった。
店の外に出る。白い息が立ちのぼる。お互いちょっとだけ無言になった。
「……はい」
耐えきれなくなって自分が買った手ぬぐいを差し出す。すると深谷も「はい」と自分が買ったものを差し出してくる。
お互いにプレゼントし合おうなんて言ったわけじゃない。なのに、途中から相手のものを選んでいた。
「桃瀬、俺、トマトが嫌いだ」
「好き嫌いするな」
「プチトマトはいいんだよ。でかいトマトのぐにゃっとしたところが許せねえ」
渡したトマトの柄が返ってきたので、もらった雪だるまを返した。深谷がふっと笑みをこぼして袋の端を閉じる。
プレゼントだと言わない。ありがとうを言わない。でも、なんか通じ合っている。
お互いのど飴を口に放り込んで、舌で転がしながら学校へ歩いていく。深谷の口から出る息の白さと頬の赤さが対照的だ。
「深谷、今日、神社の階段ダッシュ」
「冬は寒そう」
「汗が冷えると最悪。学校の帰り道はカイロ必須」
すると深谷はにやりと口端をあげた。
「王子は自転車だからすっ飛ばして体を温めて帰るぞ」
「また自転車の話題を出す!」
「くっ、あれはマジで笑える……ははっ!」
「思い出し笑いするのやめて」
ぽすっとコートの腕にストレートを打ち込む。するとなぜか頭ぽんぽんで返された。
「そこはストレート打ってきな」
「俺が桃瀬にやったら暴力に見えるだろうが」
「ひよっちゃって」
「単なる事実」
深谷はご機嫌だった。部活に復帰できたわけだし、その気持ちは分かるけど。
ピコンピコン、あれ、残機回復した。深谷が楽しそうだとちょっと嬉しい。
試験最終日、部活が再開される。深谷は部員に足がよくなったのでやり直したいと思ったことなどを話し、温かく迎え入れられた。
「深谷、よかったな」
休憩中、壁に沿って立つ笹原の隣で言うと、笹原は「そうだね」と同意した。ちらと笹原の顔を見る。
「笹原は、さ。深谷の足のこと」
そこまで言うと、笹原は肩をすくめた。
「なーんでバレバレな嘘つくのかな。不器用さもここに極まれりって感じ。言えばいいじゃんねえ? すっごく気になる相手がいて剣道できませんって」
「はあ?」
思わず眉をつり上げたが、すぐにため息をついた。やっぱり、笹原はちゃんと分かっていた。
目線の先で先輩と竹刀を交える深谷の足が音を立てる。笹原はこちらの肩にぽんと手を置いた。
「ま、お前が剣道やめてなくてよかった。そういうこと。あいつもお前の強さに救われたんじゃないの」
「笹原がオレを褒めるとか、明日は吹雪?」
「褒めてないけど。深谷復活のきっかけになったねって話」
こいつも素直になれないタイプか。オレは「あっそ」と頭を掻いた。
「深谷と笹原が仲が良いの、なんか分かった気がする」
「へえ。俺も二人が仲が良いの、分かった気がするけどね」
「明日の冬期講習からは出席番号順だから、椅子を蹴られずに済むぞ」
「桃瀬が寝なければいい話だろ。夜はよく寝てる? 寝ないと身長は伸びないんだけど。子守歌をスマホにダウンロードしたら?」
「ムカつく」
オレがむっとすると、笹原はようやく笑って「冗談!」と背中を叩いてきた。そして「やるかー」と練習している中へ入っていく。オレも気持ちが軽くなって、その日を終えた。その帰り道に思いつく。
「深谷ー」
翌日、四時間の冬期講習を終えて弁当を食べると、廊下で笹原と立ち話をしている深谷のところへ行った。
「部活まで時間あるだろ。ちょっと外出ない?」
「は? なんでだよ」
うっ。クール王子は相変わらず健在。でも、男前姫、王子の素顔を知ってるから平気。
「買い物。復帰したんだからさ、なにか気合いが入るもの買おうよ。手ぬぐいとかさ」
お前のぴよぴよ手ぬぐい、頭に巻いたらおもしろい。おもしろいけど、別のも見たい。
「あ、笹原は来なくていい。邪魔」
昨日の仕返しでしっしと手で払うと、笹原はなぜか満足げに「そうだよねえ」と教室へ戻っていく。深谷がなにか言いたげな顔をしたが、王子の仮面は崩せないらしい。「コートと財布を取ってくる」とため息をつく。
冬の昼間は日差しが鋭かった。剣道の道具が売られている古びた商店街のアーケードを目指す。二人してコートのポケットに手を突っ込んで、マフラーの隙間から白い息をくゆらせる。
「手ぬぐいって、なんでまた」
深谷の質問に「なんでって」と肩をすくめる。
「剣道部唯一のおしゃれポイントだし」
「桃瀬の手ぬぐいは渋いんだよ。泥棒みたいな柄とか似合ってねえし」
「そっちのひよこよりマシですぅ」
「おしゃれポイントとか言ったくせにケチつけんな」
「はいはい、また命令形」
「文法の話は」
「してねえよ、な」
ぷはっと笑い合い、商店街に入る。中央商店街の文字は日光のせいか色褪せていた。シャッター街になりかけのアーケード内。でも、剣道の道具を取りそろえた貴重な店は近所の剣道部御用達だ。
「セールやってる!」
店の前にカゴが置いてあり、手ぬぐい三枚千五百円と書いてある。安い。オレは真っ先に臙脂色のそれを取った。
「オレ、こういうの! 文武不岐とか字が入ってるのが好き!」
かっこいい。そう思ったのに、深谷が「しぶ……」と呟く。深谷もカゴの中の手ぬぐいを指で弾きながら探して、「桃瀬はこういうのだろ」と取り出した。
かわいすぎる。スイカが一列に並んでいる。深谷のセンス、いちいちかわいい。
「深谷のチョイス、意味不明」
「これを作ったメーカーさんに謝れよ」
「そういう意味じゃないし」
すると深谷はもう一つ手にした。
「これくらいはいいだろ。雪だるま」
薄いグレーに白い雪だるまがコロコロ転がっている。そこで少し深谷がカゴを見て明るい顔をした。
「桃瀬、雪の季節の次、なんの季節か知ってるか」
「桜じゃなくて?」
深谷の手がそれを手にした。花の咲く枝とピンクの花びらが飛び散っている。
「桃。桃の季節」
「あ、桃だ。桜じゃない。へえ、珍しい」
深谷がそれを手にして他を見始める。オレはそれを見て、自分も無言で探し始めた。
白地にトマトの輪切りが並んだポップな柄、ドットが幾何学模様に並んだ大人っぽい柄、手描きのモカ色のフクロウが並んだ柄を選ぶ。
深谷は桃の花と雪だるま、紺地に白で勇猛果敢と書かれたものを選んだ。店舗に入るといつものおばちゃんが「いらっしゃい」と出迎えてくれる。手ぬぐいを紙袋に包んでもらうと、「風邪に気をつけなさいね」とはちみつのど飴をもらった。
店の外に出る。白い息が立ちのぼる。お互いちょっとだけ無言になった。
「……はい」
耐えきれなくなって自分が買った手ぬぐいを差し出す。すると深谷も「はい」と自分が買ったものを差し出してくる。
お互いにプレゼントし合おうなんて言ったわけじゃない。なのに、途中から相手のものを選んでいた。
「桃瀬、俺、トマトが嫌いだ」
「好き嫌いするな」
「プチトマトはいいんだよ。でかいトマトのぐにゃっとしたところが許せねえ」
渡したトマトの柄が返ってきたので、もらった雪だるまを返した。深谷がふっと笑みをこぼして袋の端を閉じる。
プレゼントだと言わない。ありがとうを言わない。でも、なんか通じ合っている。
お互いのど飴を口に放り込んで、舌で転がしながら学校へ歩いていく。深谷の口から出る息の白さと頬の赤さが対照的だ。
「深谷、今日、神社の階段ダッシュ」
「冬は寒そう」
「汗が冷えると最悪。学校の帰り道はカイロ必須」
すると深谷はにやりと口端をあげた。
「王子は自転車だからすっ飛ばして体を温めて帰るぞ」
「また自転車の話題を出す!」
「くっ、あれはマジで笑える……ははっ!」
「思い出し笑いするのやめて」
ぽすっとコートの腕にストレートを打ち込む。するとなぜか頭ぽんぽんで返された。
「そこはストレート打ってきな」
「俺が桃瀬にやったら暴力に見えるだろうが」
「ひよっちゃって」
「単なる事実」
深谷はご機嫌だった。部活に復帰できたわけだし、その気持ちは分かるけど。
ピコンピコン、あれ、残機回復した。深谷が楽しそうだとちょっと嬉しい。

