姫ポジ男子だって恋したい

 オレの言葉で礼をし、竹刀を構える。前に出るとカンカンと竹刀がぶつかった。でも、深谷はオレの竹刀を受け止めるだけ。肩が縮こまって、萎縮している。重心がおかしい。
 甘い。甘いんだよ深谷。脇が、甘い!
「ドー!」
 ボコォッ! オレの竹刀が深谷の防具で音を立て、深谷が一瞬止まる。さっと離れて間合いを取る。
 深谷の爪先が正面を向いた。竹刀の先がこちらを狙っている。
 深谷とオレの身長差はさっきの選手より広い。でも、さっきオレの竹刀は相手に届いた。オレは何度だって勝つ。身長に負けないために、いつだって勝ちに行く。
 カンカン。竹刀の先が闘志を打ち鳴らす。
 負けない。だって、深谷は――ずっとずっとオレの目標だった。
 ダンッ。オレが踏み込むより先、コンマ何秒の差で深谷の竹刀がオレに向かってきた。
「メーンッ!」
 轟く声とともにオレの頭にパァンと音が弾け、体に電流が走る。痛い。二年前より痛い。でも、「悔しい」より先に「よかった」の安堵感が胸に広がる。
「……なあんだ」
 オレは面を取った。深谷の手が頭の後ろの紐を引っ張った。紐が垂れてゆっくりと面を取る。信じられないとばかりに呆然として竹刀を持つ自分の手を見つめる。その頬につるりと汗が滑り落ちて、冬の光を受けた雪のように光った。
「深谷、本気でオレに勝てるじゃん」
 深谷がゆっくりオレに目線を移す。
「相手への感謝の気持ち。そこさえ忘れなければ身長なんて関係ない。今、深谷なら本気でくるってオレは信じてた」
 オレのセリフに深谷が俯いた。睫毛の先からぽたぽたと粒が落ちて、体育館の光できらきらする。肩が小さく震えている。
 二年前のあの試合で、二人の選手の人生が変わった。でも、人生はもう一度交わって、今ここにいる。
「――だよな」
 深谷が目をごしごしとこすり、顔をあげた。
「関係ない。そうだよな!」
 目を赤くさせ、頬を紅潮させる。満面の笑みを見せた深谷はいつも以上に少年の顔をしていて、かっこよく見えた。
「深谷、そういう顔を見せるほうがずっといい」
 深谷が少し顔を赤くする。でも、オレが笑うと、深谷も照れた笑みを見せた。明るい試合後のようなまあるい空気。
 そのとき、ガチャと金属音がした。体育館の重い扉の音にはっとしてそちらを見る。
「なんだ、桃瀬と深谷か。部活が終わったなら帰れ」
 コーチだった。急いで駆け寄って深谷を指さす。
「コーチ、深谷、ドクターストップがなくなったらしいです。足平気かなって今確認してました。マネージャーじゃなくて選手に戻って剣道をやりたいって言うんで」
「ちょっ……お前っ」
 深谷が焦った声を出したが、オレはコーチの顔を見上げた。
「いいですよね? だって、マネージャーは去年までいなかったんですよね。他校でもいないことが多いですし」
 するとコーチはオレと深谷を見比べた。そして深谷を見てふっと笑う。
「深谷、よかったな、足が治って。次の活動日から選手として復帰しろ。お前、やりたそうな顔をしてるぞ」
 コーチは一瞬だけ全部分かってましたという顔をした。早く帰れよと念を押して体育館を出ていく。
 オレ、粋な計らい。ふふんと深谷の側に戻ると、むっとした深谷の手がぽんぽんと頭にのった。じん。さっき深谷に打たれた痛みが和らいでいくような優しい手つき。
 オレが見上げると、深谷はぷっと笑った。
「やっぱちっちぇえな」
「うっさい。改めての感想は求めてない」
「口にするのは自由だろ」
「自由だけど内容を考えて」
「俺にそんなこと求めんな」
「命令形で言うな」
「文法の話はしてねえよ」
 次の瞬間お互い噴き出して、ははっと笑い声をあげた。
 体育館に差し込む光が冬の白さをしていることに気づいた。キン。冷えた空気がぶるりと体を震わせる。
「深谷帰ろう。明日から試験一週間前!」
 途端に深谷が遠い目をする。
「……桃瀬……国語がやばい……」
「分かった分かった! 教えてやるから早く着替えよ!」
 深谷の肩がほっとしたように下りる。ちょっとムカつく。腕にこぶしのストレートを軽く入れると、深谷はははっと笑った。仕返しと頬をむにっとつつかれる。
 急いで着替え、体育館を出る。靴に履き替えると、昇降口のすのこがカタカタと鳴った。今日の部活の終わりの合図。それは過去との決別の合図。
 校門から自転車を押す深谷の横を歩く。カラカラカラ。車輪が回転するたび心が軽くなる。コートのポケットに入れた手があったまってきた。深谷の呼吸音とオレの息が同じリズムを刻む。深谷がオレの歩幅に合わせてくれている。
 あの日、廊下の隅で泣いたオレも、それを見て竹刀を置いた深谷も、間違っていたわけじゃない。
 だって、今こうやって隣を歩いている。