姫ポジ男子だって恋したい

「ん」
 観覧席に戻ると、後ろの端ではちまきを締め直していた深谷に水を突きつけた。深谷が面食らったようにこちらの顔とペットボトルに目線を行き来させる。
「……なんで水」
「深谷って水のイメージ。体育とかご飯とか部活とか、お茶じゃなくて水飲んでる」
「そうだけど、なんで寄こす」
 なんで。言われてオレもあれと思った。なんでだろ。深谷に水を渡したくなった。
「……部活対抗リレー、剣道部、負けたくないし」
 すると深谷は顎を引いて水を受け取った。太陽が反射する透明な水がなんだか眩しい。
 そして午後の最後、エンターテイメント競技である部活対抗リレーがやってきた。
 部活対抗リレーではその部の服を着るだけでなく、その部を象徴するものをバトンとして繋いでいく。剣道部ではもちろん竹刀だ。
「ああ、出番が来ちまった」
 クラスのひとりがジャージを脱いで立ち上がった。
「寒いんですけど」
 腰から膝上までの水着に頭にゴーグル。水泳部だ。
 オレが「ぷはっ」と噴き出すと、「桃ちゃん、笑うな!」と指をさされた。
「水泳部ってなにがバトン? 帽子?」
「ぐにゃぐにゃしてて渡しにくいんだからな! 応援しろ!」
 その言葉にピースで二本指を立てた。
「僕、剣道部だから、二番目に応援しとくな!」
 そこへ別のクラスの生徒が通りがかって「軽そうでいいな」と言った。そちらを見れば、胸の前にどーんと大きなバトンを抱いている。輝く金色のチューバ。途端にそこら中の生徒が「吹奏楽部、やば」と笑う。
 中央にそれぞれの部活が集まり始める。
 卓球部のラケットは軽そうだが、野球部のバッドの長さはバトンとしては有利。
 弓道部と書道部、剣道部の三つが袴を着ている。科学部が白衣を翻し、いかにもな伊達眼鏡をかけているのがおもしろい。さっきまでは競争相手だった色のはちまきと笑顔で頑張ろうと声をかけ合っている。
 これ、本当におもしろそう。
 中学にはなかった競技に興味津々で参加者を見る。すると、袴姿の深谷が目に入ってきた。防具を着けて、垂れネームに白字で「深谷」と入っている。きりっとした深谷に似合いのはっきりとした楷書体。
 目が丸くなった。自分が使っていた袴と防具をわざわざ持ってきたのだ。
 第一走者の深谷は竹刀を持っていて、手のひらに吸いつくように持つ姿は様になっていた。経験者の持ち方をした凜々しい深谷は先輩の話を真剣な表情で聞いて頷いている。
 剣道、やりたいんだろうな。
 胸がきゅっとした。
 剣道部に入ったのも、きっと剣道が忘れられなかったのだろう。マネージャーから思いがけずコーチを任されて生き生きとしている。自分だって竹刀を持ちたいに決まってる。運動向きの体格で、有利なはずなのに自分をいかせない。
――桃ちゃんは自分のよさを武器にしてるからかっこいいよな。
 そっか。自分のよさを好きなことにいかせるとは限らないのか。
なんだか言葉が出てこなくなって、それぞれの部がスタート地点へ散らばるのを見つめる。
 まずは文化部。一番おもしろかったのは、フリルつきエプロンをつけた調理部がお玉を持って走っていたときだ。男子のピンクエプロンの真剣ダッシュにはどっと笑いが起きた。
 みんな大笑いで、会場もオレもテンションが大盛り上がり。わあわあと叫ぶ声が土埃と一緒に風に乗って青空に吸い込まれていく。
 運動部Aグループが終わり、ようやく剣道部の入ったBグループ。
 Bは走りにくい部活やバトンが持ちにくい部で、スタートラインに走者が並ぶだけで会場がどっと笑いに包まれる。弓道部が深谷の頭に弓をぶつけたのを見たときは噴き出してしまった。
「剣道部ファイトー!」
 口の横に手を当てて声を出して深谷の格好を見る。
 袴だけじゃない防具つきは走りにくい。足を踏み出すたびに袴の裾がまとわりついて、上半身は汗で蒸し風呂コース。でも、竹刀だけは試合の雰囲気でしっかり持っている。
 一年生の席とは反対側の、朝礼台前のスタートラインに深谷が立つ。Bグループは半周だから、ちょうど目の前まで深谷は走ってくることになる。
「位置についてー!」
 深谷がいつもの表情のままざっと足を引いた。身長の高さはどの部活にも負けてない。いけるかもしれない。
「よーい、スタート!」
 パァン! ピストル音が会場に響き渡り、走者が一斉に地面を蹴った、はずだった。ずるっ。深谷が変な姿勢になって前につんのめりそうになる。
「あっ」
 一瞬会場もざわついた。オレも思わず立ち上がりそうになったが、すぐに深谷は走り出した。防具を揺らし袴を翻してえっちらおっちら走っている。
「深谷頑張れー!!」
 大声で叫ぶ。声がかれて全力で言えない。でも、姫の仕事はいつだって全力。なにより深谷を応援したい。必死に「頑張れ!」と声を出す。
 汗を飛ばす深谷が必死の形相で走ってくる。次の走者の先輩も「深谷、来いっ!」と呼んでいる。
「――お願いします!」
 深谷が竹刀を渡し、「よっしゃ!」と先輩が走り出す。すぐそこではあはあと息を切らす深谷に、オレはロープを超えて駆け寄った。
「深谷、足平気? 捻ってない?」
 膝に手を当てて下を見ていた深谷が額を拭い、顔をあげる。
「力みすぎた。お前は声大丈夫なのかよ。ガッサガサ」
「応援しすぎただけ」
「文化祭もしゃべりまくってんだから限度を考えろ」
「命令形、うっさい」
 思わず言い返したが、深谷はふーっと長い息を吐き出し、くいと指で中央をさす。
「俺、待機列」
「剣道部が勝てることを祈る」
 深谷は小さく頷いて中央へ戻っていき、オレも観覧席に引き返した。
 結果、剣道部は運動部内で七位だった。速いのか遅いのか分からない。それでも色の違うはちまきが竹刀を繋いでいったのにはうるうるしそうになった。
 オレ、明日からも部活頑張る。いや、明日は代休だから明後日からだけど。