姫ポジ男子だって恋したい

「それじゃあ一年生赤チーム、頑張るぞー!」
「おー!!」
 学祭二日目、体育祭。秋晴れの空にかけ声が吸い込まれる。三百人近くの男子が集まると、かけ声ももはや雄叫びだ。動物園の開園時間状態。
 赤いはちまきを花のピンで留め、腕を軽く回す。今日は少し風が強い。だが、それが熱くなる体を冷やしてくれそうだ。
「保科、なにに出るの」
「最初は綱引きで、次は台風の目」
「僕は障害物競走と背中渡しリレー。小さいのをいかした種目!」
 保科がははっと笑い、頭をぽんぽんと叩いてきた。
「桃ちゃんは自分のよさを武器にしてるからかっこいいよな」
 保科、本当にいいやつ。オレが女子にいい人紹介してって言われたら真っ先にお前を紹介する。
 そこで思い出すのは、深谷の「桃瀬が頑張ってるのは分かってる」という言葉だった。
 ダメだ、心臓がガタガタ言いだす。だから落ち着けって言ってるだろ、ステイ。
 グラウンドに整列し、選手宣誓(せんせい)を聞く。それが終わればあちこちから「行くぞー!」の声が飛び出して、校庭に元気さと明るさが弾けた。
 学年別対抗だから、まだ成長途中(一部を除く)の一年生は不利。……主に、オレが。
 それでも勝利を諦める理由にはならない。オレの出る障害物競走と背中渡しリレーは、背の小さな体重の軽い選手が有利な種目だ。
 早速綱引きが開始される。放送部の声かけで選手が集合すると、三年対二年、三年対一年、二年対一年と総当たり戦で行う。
 綱の後ろのほうにいる深谷はやはり背が高い。笹原まで真剣な顔で綱を引いていて、観覧席からふうんと眺める。
 やはり一年生はどちらの学年にも勝てなかった。笹原が深谷になにか話しかけたのが見えた。深谷も(そで)で汗を拭きながら何事か返す。
 笹原って、深谷の本音とか知ってんのかな。知ってるか。深谷から話しかける場面を見るくらいだし、深谷にとって話しやすさが違うんだろうし。……なんかちょっとムカつく。
「障害物競走に出る生徒、Bの門に集合ー!」
 先生の声かけに立ち上がり、集合場所へ行く。
 障害物競走の放送が流れて、中央に並ぶ。障害物競走では裸足がいいと聞いている。靴下も脱ぎ、足の裏に乾いた土のさらさらした感触を馴染ませる。
 よし、今日も地球とオレの相性はいい感じ。残機満タン、ライフゲージも満タン。地球、もちろんお前も調子いいよな?
 白いチョークのスタートラインを見る。姫の体育祭のスタート地点だ。
「位置について。よーい」
 こぶしを構え、ぐっとふくらはぎに力を入れる。
「スタート!」
 パァン! ピストルの弾ける音とともに地面を蹴る。すぐさま平均台を走り抜け、跳び箱の踏み切り台にドンッと足で踏みつける。バネの力で飛び上がり、八段を軽く飛び越えた。
「桃ちゃん行け行けー!」
 一年生のほうから歓声があがるのが分かる。桃瀬が頑張ってるのは分かってる。深谷もそう言っていた。オレは、絶対に一位でゴールする。
 網を低い姿勢でくぐり抜け、段ボールキャタピラの中に入った。前が見えにくくてやりにくいけど、これは雑巾掛けのように手を動かさずに進んでいくのがいいって昨日調べたから大丈夫。はあはあと下を向きながら土のにおいを吸い込んでラインまで来ると、すぐに飛び出してテーブルに置いてある青のフラフープを掴む。まだ、誰も追いついていない。
 フラフープ懐かしい! やるのは小学校以来! 思いっきり腰の位置で回したが、すぐに下に落ちた。
「焦るな桃ちゃん!」
「行ける行ける!」
 声援が熱い。必死に回すが、規定の五秒をなかなか超えられない。焦りで体が言うことを聞かない。結構難しい。
 三年生がひとり追いつく。まずい、できない。二年生が追いついてきて、先に三年生が次へ駆け出した。
「一年生よし!」
 先生の声にフラフープを置いて走る。あとはゴールまで駆けるだけ。緑のはちまきを追いかけて、追いかけて――タッチの差で負けた。
「ああ、やっちゃった」
 額の汗を拭って待機列に並ぶ。次の走者がスタート地点に行くのを見送り、全員が走り終えた。
 しょぼしょぼと観覧席に戻ってくると、周りは拍手で出迎えてくれた。
「みんなごめん!」
 オレが叫ぶと、赤いジャージたちは笑った。
「キャタピラが速すぎてビビった」
「二位だったし、気にしない気にしない」
 オレは顔の前で手を合わせた。
「みんなが優しすぎて、心の残機がちょぴっと増えた……」
 あははという声に観覧席が温まる。
 これで楽しい空気になるならよかった。
 そう思いながら自分の位置に戻ろうとしてちらりと深谷を見た。深谷もこちらを見ていた。ぱちっ。ぶつかった視線に、深谷のほうが何事もなかったかのように目を逸らす。
 文化祭のあとから深谷と目が合うとどきっとする。見たのは一瞬なのに十機くらい残機が復活する。オレ、ホントにチョロい。頑張ってるって知ってもらえるの、結構嬉しい。
 午前中の最後はソーラン節。一年生全員で赤のはっぴで「ドッコイショ、ドッコイショ」と声を張る。最後は汗を振り切って「ありがとうございました!」と声を合わせると、観覧席が拍手に湧いた。
 お昼のメロディーが流れる。水筒のお茶が空っぽになって、自販機へ行った。スポーツドリンクのペットボトルはもう売り切れの赤い文字。
 ふと、上段左端の水のペットボトルが目に入った。少し考え、ピッと水のボタンを押す。そしてもう一度お金を入れ、麦茶を買った。