姫ポジ男子だって恋したい

 だが、見透かされていると分かったらなんだか一気に気が抜けた。(ひざ)の上に頬杖をついて深谷を見る。
「じゃあ休憩中の姫から質問だけど、深谷のクール王子キャラはなんなの」
 ぴくっと深谷の眉が動いた。
「深谷って、教室だとクールで澄ましてて、近寄りがたい雰囲気で、俺様の二メートル以内に入んなって空気だけど」
「二メートルは無理。お前、前の席で入ってくるし」
 たとえばの話だよ。話通じないな、こいつ。足を組んで言う。
「オレに『向き不向き』とか『それでいいの』とか空気を読まずにズバッと言うじゃん。あれ、なに」
「……別に」
「弁解のチャンスをやってんのに、貴重な機会を無駄にする気?」
 すると深谷はため息をついた。
「しゃべるのが苦手なんだよ……普通に接したつもりが泣かれたことあるし、優しい言葉を選んだら期待されるし、男らしくしろって親に言われるし……黙ってれば誰も踏み込んでこねえ。しゃべるときは言葉を短くすんだよ」
 深谷が額に手をやる。
「……本当のことは、言わないほうがいい。口に出すと、傷つくやつがいるから」
 すとん。深谷の言葉が自分のことのようにストレートに体に落ちた。
 ああ、こいつも同じなんだ。明るい姫の仮面と冷たい王子の仮面。選んだ仮面は違うけど、根っこは同じ。自分のことを守っているだけ。
 オレと、同じ。
 チカチカ。午前中削られた残機が点滅して復帰する。頭が軽くなった。
「――へえ」
 オレはカチューシャを取って頭を振った。髪の間に風が吹き抜けて少し涼しくなる。
「誤解されずに生きる戦略ってことか。表情を動かさず、淡々と短くしゃべって、そつなくこなす。それでB組王子、深谷雪のできあがり」
 すると深谷がようやく体ごとこちらに向いた。
「お前、俺の名前、ユキだと思ってるな」
「えっ、違ったっけ?」
「読み方はセツ」
「名前を間違えたのはごめん。それは全面的にオレが悪い」
 顔の前で手を合わせたが、深谷が冷たい視線を送ってきた。
「おそらく、俺の名前をセツだと知ってるのはクラスでは先生だけなんだよな」
「なんで」
「忘れもしない四月の自己紹介の最中、人助けという徳を積んだやつが遅刻してきた。そいつが教室に飛び込んできたとき、俺はちょうど名前をしゃべってる最中だったんだよ」
「オレの登場シーンに自己紹介がかき消されたってこと?」
「姫に名前を奪われる王子とか、なんのグリム童話だよ」
「……アンデルセンかもしれないじゃん」
「適当言うな」
「命令形で言うな!」
「文法の話はしてねえよ」
 そこで顔を見合わせ、オレはぷはっと噴き出してしまった。深谷はそっぽを向く。だが、ふふっと小さな笑い声が聞こえた。執事の肩が微かに震えている。
 ああ、こいつも笑うんだ。
 パリパリ。氷のように冷たい深谷の顔にヒビが入る。多分、下にあるのは笑顔。まだ、見たことないけど。でも、氷の下にある温かさを初めて知った気がした。
 素顔を覗かせた王子。姫の仮面を脱いで話せる相手が、まさか深谷になるとは思わなかった。
 ぴょんと立ち上がり、腕を伸ばしてぐっと伸びをする。
「王子サマ、姫、だいぶ元気になった」
「王子はまだ飯の途中だよ」
「むしゃむしゃばりばり食べな」
「お前の擬音……擬態語? なんとかなんねえのかよ」
「そこはオノマトペで誤魔化せば」
「……」
「オノマトペって分かってる? 擬音語と擬態語の総称だよ」
「……知ってたし」
「知らないやつはそう言うの」
 それだけ言って、屋上端の(ふち)に足をかけ、フェンスに掴まって外を眺めた。のどかな住宅街と電車の線路、遠くに山が見える。そして青空に高いうろこ雲。
 前髪を(ひるがえ)す風が気持ちいい。なんだろう、すごく体が軽くなった気がする。空に浮かぶ雲が風に流されていくような、そんな爽快感。花のピンをつけ直し、乱れた髪をカチューシャで整える。
「――よし」
 スカートで足を開いて伸脚する。
「姫は教室に戻るかな。オレ、休憩時間がもうすぐ終わる」
 するとチョコレートを食べていた深谷も、慌てたようにポケットからスマホを出して時間を確認した。
「俺もだ。下、姫がいねえってすげえことになってそうだな」
「任せて。文化祭後半戦、姫フル稼働する」
 お先に。そう言って屋上の扉を開ける。タンタンタン。階段を下りるごとに頭の中でカチッ、カチッと姫のスイッチが入る。
 スカートをふわりと揺らして階段を下りるオレはシンデレラ。文化祭終了まで姫の魔法は解けない。
 ロングスカートを翻して教室へ戻り、入り口で笑顔を作って両手を前へ開いて突き出す。
「みんなー! 姫の帰還だよ! ただいまです、ご主人様たちー!!」
「おお、桃ちゃんが来た!」
「マジで女の子みたいじゃん」
「メイド服似合ってる!」
 スカートの裾を摘まんで一礼し、「僕とチェキ撮りたい人いますかー!」と手をあげる。そこへ深谷が戻ってきて、オレの横を通り過ぎざまに言った。
「九十八点」
 おい、二点減点した理由を説明しろよ。句読点を含めて二十字以内でな。