姫ポジ男子だって恋したい

 我ながら、鮮烈なデビューだったと思う。
「すみません、遅刻しました!」
 入学式の式典をとっくに終えた春の廊下。日差しが差し込むそこをネクタイを翻してダッシュで駆け抜けた。大きな音を立てて教室の扉を開け放つ。
桃瀬景直(ももせかげなお)です! 駅でおばあちゃんを助けてたら遅刻しました! すみません!」
 はあはあと汗を手で拭うと、一瞬、クラスの空気がぴたりと止まった。教卓の前の担任も、初めて会うクラスメイトたちもぽかんとこちらを見る。ぴんとのりの利いたブレザーの制服が新入生のクラスを少し浮つかせている。
 だが、すぐにそれぞれの目線がふっと和らいだ。男子校の教室が一気にほぐれる。
「女の子かと思った……」
「声高っ……ていうか、ちっさ……」
「目、でか」
「名前は武将」
 ヒソヒソと囁かれる声。内心口角をあげる。
 この感じ、これでいい。胸の中でサイダーがぱちぱち弾ける音がする。
 こういうの、慣れてる。自覚したのは、周りの男子の背が高くなり始めた中二の頃。オレ、多分、いや、結構――かわいい。
「初日からすみませんでした!」
 ぺこっと直角にお辞儀をすると、担任が明るくははっと笑った。窓の外にまだ咲き残っていたらしいピンクの花びらが、風に舞って飛んでいく。
「桃瀬か。ちょうどよかった。自己紹介中だ。席に着け」
「はいっ!」
 真新しい上履きがきゅっきゅと朝の軽やかな音を立てる。オレは窓側から二列目のぽつんと空いた席に座った。左側の席の子が面食らったようにこちらを見ている。
「よろしくね!」
 オレが笑顔を見せると、彼はすぐに「おう」と笑みを咲かせた。スマイルは男女関係なく強力な武器だ。
「それじゃあ次は保科(ほしな)
 担任の言葉に右隣の席からガタンと椅子を引く大きな音がする。
 これは勝ったな。
 オレはそう確信すると、自己紹介が回ってくるのを待った。
 まだ、このときは「勝ち」の予感しかしていなかった。