つながり

「なんなのよ、もう!」
 背後でガシャンッ、とグラスを床に投げつける音がする。
 またはじまった。
 賢太(けんた)はそろりと立ちあがり、静かに二階の自室に入った。梅雨時で閉めきった部屋は少しどんよりと空気が重く感じる。続けて乱雑に物を投げる音が聞こえ、それを父が責める怒声が響く。
「それはこっちの科白だ!」
「あなたはいつも私に全部任せきりで、私がどんな気持ちかわかるの⁉」
 一階のリビングから聞こえてくるのは、父と母が互いを責め合う応酬。どちらが正しいのか賢太にはわからない。ただひとつたしかなのは、自分の存在はたいして両親の浄化剤にはなっていないということだ。子は(かすがい)なんて言葉があるけれど、現実はそうでもない。特に伊川(いがわ)家にはまったく当てはまらない。
「……もうやだ……」
 掛け布団をかぶって耳を塞ぐ。
 賢太が幼い頃から両親は仲が悪かった。昔は父が一方的に母を責めていたが、いつからか母も応戦し、互いに怒鳴り責めなじって罵りを吐き出す。
 耐えられないのは賢太だ。聞いているだけで気分が悪くなる言葉が次々と放たれ、相互に攻撃する両親の姿はつらすぎる。ずっと続いている不仲でも慣れることはなく、高二になった現在でも胸が痛い。この状況になんとも思わずにいられたときなんて一度もない。逃げ出す術もわからず、ただ耳を塞ぐ。
 両親から愛されている自覚もないし、褒められたこともない。自分は必要なのか、それもわからない。いらないのならそう言ってくれたほうが楽なのに。今では両親と同じ黒髪と黒い瞳さえ疎ましく感じる。