「!!」
「ほんとに深來って馬鹿」
「馬鹿だよ! 馬鹿でいいからどいて!」
「いつもそれくらい開き直ってりゃいいんだよ」
一葉はあっさり俺の上からどく。
「馬鹿でいいんだよ。なんもなくていいんだよ。それでも有り余るくらいなんだから」
「? なにが?」
「鈍過ぎ」
「え?」
一葉の言うことは難しくてよくわからない。
俺のレベルに下げて話をしてくれないかな。
「あーあ、俺のほうが馬鹿っぽい」
「一葉は馬鹿じゃないよ」
「酒飲む」
「なんで急に?」
「素面じゃやってらんない」
立ち上がってキッチンに向かう一葉を追いかける。
「どんなに飲んだっていつも酔わないじゃん」
「深來が弱過ぎるだけ。あと自分のペースを知らない」
「ペース?」
どういうこと?
「もっとゆっくり飲め。いつも深來は飲みたい勢いだけで飲んでる」
「そうかな。じゃあ俺も飲むから俺のペースっていうの、教えて?」
一葉のシャツを引っ張ったら睨まれた。
「なに?」
「そういうこと、俺以外にすんな、言うな」
「そういうこと?」
「鈍いのも無自覚も勘弁してくれ…」
缶ビールを開けてぐーっと飲んでいる一葉。
一気に一缶飲んじゃってる。
これが一葉のペース?
「俺も飲む」
真似をしようとしたらビールの缶を取り上げられた。
一葉がすごく怖い顔で俺を見てる。
「だから自分のペースを知れって言ってんだろ」
「うん。わからないから一葉の真似してみようと…」
「俺は俺、深來は深來。真似すりゃいいってもんじゃない」
溜め息と一緒にビールが手に戻された。
とりあえず…一口飲めばいいのかな。
一口飲む。
「……」
もう一口飲む。
「……」
もう一口、と思ったところでまた缶が取り上げられた。
「だからさ」
「ちょっとずつ飲んでるよ?」
「ちょっとずつでもその速度で飲んでたら深來はすぐ潰れる」
難しい。
冷蔵庫の前に一葉が座り込むので、俺も隣に座る。
俺には色々言いながら、一葉は冷蔵庫から次の缶ビールを出している。
なんだかずるい。
「そんな目で見んな」
「…だって」
「俺といるときだけ潰れてもいい。ほら」
また缶が手に戻された。
潰れてもいいって言うけど、そう言われると気を付けて飲まなくちゃって気になる。
俺がちびちび飲んでいたら一葉も今度はゆっくり飲んでいる。
「ほんと、深來って手がかかる」
「…ごめん」
「……それが嬉しい俺も大概だな」
「嬉しいの? 変なの」
一葉が髪をぐしゃぐしゃ撫でてくれて、それがなんだか落ち着く。
ぐしゃぐしゃになった髪を、今度は丁寧に梳いて直してくれる。
「俺だって苦手なものあるし、できないことがある」
「そうなの?」
「深來はよく知ってるだろ」
「知らないよ」
一葉って完璧じゃないの?
でもひとつやふたつ欠点があったってやっぱり一葉になりたい。
こんな俺よりもずっといい。
「犬が苦手。りんごが苦手。ブラックコーヒーが苦手。他にも山ほど苦手なものもできないこともある」
「犬…」
そういえば一葉は犬がだめだっけ。
小さい頃、近所に庭で中型犬を放し飼いにしている家があって、脱走したときに一葉が追いかけられてそれから苦手だった…今もなんだ。
でもあれは…。
「あれって、一葉に遊んで欲しかっただけだよね」
「結果的にはそうだったけど、あのときの俺にはすげえ恐怖だったんだよ」
「そっか…よしよし」
一葉の頭を撫でたら笑われた。
「もう酔ってんのか」
「酔ってないよ! ちょっと気分いいけど」
「気分いいくらいの飲み方にしとけ」
「うん…」
ほんとに優しいし、俺のことよく見てる…。
でもそれって、俺が好きだから…なんだろうな。
俺ってもしかして、ずっと一葉に見守られてた…?
「…一葉って変」
「変でいい。完璧じゃないってわかっただろ。もう俺になりたいなんて考えんな」
「無理。それでもやっぱり一葉がいい」
ぴたりと一葉の動きが止まる。
俺はビールをちびちび飲む。
「…俺がいいの?」
「うん。一葉がいい」
「どういう意味で?」
「え?」
どういう意味?
一葉に視線を向けると、すごく真剣な瞳で俺を見ている。
なんでこんなまっすぐ俺を見るの?
どきどきする。
顔が熱い。
「えっと…」
「顔赤い。酔った?」
頬を撫でられて、頭の中まで熱くなってくる。
どきどきはバクバクになってる。
「…えーっと…」
「深來、ほんとにそんなに鈍い?」
「…?」
「俺が今、なにしたいかわかってんだろ」
指で唇をなぞられてますます顔に熱が集まり、くらくらする。
一葉の顔がゆっくり近付いてきて、ぎゅっと目を閉じる。
「交換」
「え?」
手からビールの缶を取り上げられて、一葉の持っていた缶が握らされる。
「これくらい、いいだろ」
そう言って俺の飲んでいたビールに口を付ける。
「直接したいの、我慢してんだよ」
「!!」
もう無理、と一葉から視線を逸らして手の中の缶ビールの飲み口をじっと見つめる。
「…飲めば?」
「……」
飲めばって……飲めばって!
だってこれ、一葉が飲んでた缶で、一葉が口を付けた缶で………。
恐る恐る飲み口に口を付けてビールをこくりと飲む。
「……おいしい」
「そりゃビールはうまい」
「……」
ビールは美味しいものだけど。
でも違う。
心にぽっとなにかが灯った気がした。
「ほんとに深來って馬鹿」
「馬鹿だよ! 馬鹿でいいからどいて!」
「いつもそれくらい開き直ってりゃいいんだよ」
一葉はあっさり俺の上からどく。
「馬鹿でいいんだよ。なんもなくていいんだよ。それでも有り余るくらいなんだから」
「? なにが?」
「鈍過ぎ」
「え?」
一葉の言うことは難しくてよくわからない。
俺のレベルに下げて話をしてくれないかな。
「あーあ、俺のほうが馬鹿っぽい」
「一葉は馬鹿じゃないよ」
「酒飲む」
「なんで急に?」
「素面じゃやってらんない」
立ち上がってキッチンに向かう一葉を追いかける。
「どんなに飲んだっていつも酔わないじゃん」
「深來が弱過ぎるだけ。あと自分のペースを知らない」
「ペース?」
どういうこと?
「もっとゆっくり飲め。いつも深來は飲みたい勢いだけで飲んでる」
「そうかな。じゃあ俺も飲むから俺のペースっていうの、教えて?」
一葉のシャツを引っ張ったら睨まれた。
「なに?」
「そういうこと、俺以外にすんな、言うな」
「そういうこと?」
「鈍いのも無自覚も勘弁してくれ…」
缶ビールを開けてぐーっと飲んでいる一葉。
一気に一缶飲んじゃってる。
これが一葉のペース?
「俺も飲む」
真似をしようとしたらビールの缶を取り上げられた。
一葉がすごく怖い顔で俺を見てる。
「だから自分のペースを知れって言ってんだろ」
「うん。わからないから一葉の真似してみようと…」
「俺は俺、深來は深來。真似すりゃいいってもんじゃない」
溜め息と一緒にビールが手に戻された。
とりあえず…一口飲めばいいのかな。
一口飲む。
「……」
もう一口飲む。
「……」
もう一口、と思ったところでまた缶が取り上げられた。
「だからさ」
「ちょっとずつ飲んでるよ?」
「ちょっとずつでもその速度で飲んでたら深來はすぐ潰れる」
難しい。
冷蔵庫の前に一葉が座り込むので、俺も隣に座る。
俺には色々言いながら、一葉は冷蔵庫から次の缶ビールを出している。
なんだかずるい。
「そんな目で見んな」
「…だって」
「俺といるときだけ潰れてもいい。ほら」
また缶が手に戻された。
潰れてもいいって言うけど、そう言われると気を付けて飲まなくちゃって気になる。
俺がちびちび飲んでいたら一葉も今度はゆっくり飲んでいる。
「ほんと、深來って手がかかる」
「…ごめん」
「……それが嬉しい俺も大概だな」
「嬉しいの? 変なの」
一葉が髪をぐしゃぐしゃ撫でてくれて、それがなんだか落ち着く。
ぐしゃぐしゃになった髪を、今度は丁寧に梳いて直してくれる。
「俺だって苦手なものあるし、できないことがある」
「そうなの?」
「深來はよく知ってるだろ」
「知らないよ」
一葉って完璧じゃないの?
でもひとつやふたつ欠点があったってやっぱり一葉になりたい。
こんな俺よりもずっといい。
「犬が苦手。りんごが苦手。ブラックコーヒーが苦手。他にも山ほど苦手なものもできないこともある」
「犬…」
そういえば一葉は犬がだめだっけ。
小さい頃、近所に庭で中型犬を放し飼いにしている家があって、脱走したときに一葉が追いかけられてそれから苦手だった…今もなんだ。
でもあれは…。
「あれって、一葉に遊んで欲しかっただけだよね」
「結果的にはそうだったけど、あのときの俺にはすげえ恐怖だったんだよ」
「そっか…よしよし」
一葉の頭を撫でたら笑われた。
「もう酔ってんのか」
「酔ってないよ! ちょっと気分いいけど」
「気分いいくらいの飲み方にしとけ」
「うん…」
ほんとに優しいし、俺のことよく見てる…。
でもそれって、俺が好きだから…なんだろうな。
俺ってもしかして、ずっと一葉に見守られてた…?
「…一葉って変」
「変でいい。完璧じゃないってわかっただろ。もう俺になりたいなんて考えんな」
「無理。それでもやっぱり一葉がいい」
ぴたりと一葉の動きが止まる。
俺はビールをちびちび飲む。
「…俺がいいの?」
「うん。一葉がいい」
「どういう意味で?」
「え?」
どういう意味?
一葉に視線を向けると、すごく真剣な瞳で俺を見ている。
なんでこんなまっすぐ俺を見るの?
どきどきする。
顔が熱い。
「えっと…」
「顔赤い。酔った?」
頬を撫でられて、頭の中まで熱くなってくる。
どきどきはバクバクになってる。
「…えーっと…」
「深來、ほんとにそんなに鈍い?」
「…?」
「俺が今、なにしたいかわかってんだろ」
指で唇をなぞられてますます顔に熱が集まり、くらくらする。
一葉の顔がゆっくり近付いてきて、ぎゅっと目を閉じる。
「交換」
「え?」
手からビールの缶を取り上げられて、一葉の持っていた缶が握らされる。
「これくらい、いいだろ」
そう言って俺の飲んでいたビールに口を付ける。
「直接したいの、我慢してんだよ」
「!!」
もう無理、と一葉から視線を逸らして手の中の缶ビールの飲み口をじっと見つめる。
「…飲めば?」
「……」
飲めばって……飲めばって!
だってこれ、一葉が飲んでた缶で、一葉が口を付けた缶で………。
恐る恐る飲み口に口を付けてビールをこくりと飲む。
「……おいしい」
「そりゃビールはうまい」
「……」
ビールは美味しいものだけど。
でも違う。
心にぽっとなにかが灯った気がした。



