雨がひどい。
天気予報では晴れだと言っていたので傘は持ってきていない。
帰りまでに止むといいけど、どうだろう。

授業に集中できない。
朝のようなやり取りは初めてじゃないけど、やっぱり辛くなる。
お腹の中に重りがあるような感じでずしんと息苦しい。
同時に心に広がる巽の優しさの名残。
巽に会えるだけで泣きたくなるほど幸せだ。
でも切ない。

いつか巽が誰かを見つけるように、俺も巽以外を好きになる日がくるんだろうか。
その時、今心にある大好きはどこに行ってしまうんだろう。
他の人への好きに姿を変えるんだろうか。
それとも、一旦消えてしまって、新しい好きが生まれるんだろうか。

巽への好きが消えてしまうなら、俺は他の誰かなんて一生好きになりたくない。
たとえ巽に彼女ができても巽だけ好きでいたい。
巽への好きでいっぱいのまま一生を終えたい。

でもこんな気持ち、誰にも言えない。
巽にだって言えない。
あまりに重くてあまりに自分勝手だから。

きっと巽は俺が諦めるのを願っているけど、優しいから口に出さない。
それを利用して俺は毎日好きと言う。
言える時に言っておかないと後悔しそうだから。
これも巽には迷惑なんだろうけど。

プリントが前から回されてくる。
出席番号順の並びで、廊下側一番前が新井巽の席。
俺は木戸田(きどた)でその列の一番後ろだから、巽の姿は間の生徒に重なって見えない。
逆もまた同じで、振り返った巽から俺の姿は見えない。
でも巽から回ってきたプリントは確実に俺のもとまで届く。
先生が枚数を確認しているんだから当然なんだけど、ほっとする。

雨は少し弱まったようだ。


◇◆◇


「巽、お昼一緒に食べていい?」
「まだ落ち込んでんの?」
「……」

いつも通りにしたつもりなんだけどな。
言葉を詰まらせる俺を見て巽が溜め息を吐くので慌てて口を開く。

「違うから! 落ち込んでるんじゃなくて反省だから!」
「ふーん」
「ほんとに、もう全然平気」

俺をじっと見る巽の目には、嘘が透けて見えているのかもしれない。

「俺が言った事だけど、あんまり深刻な受け止め方すんなよ」
「うん。わかってる」
「耀は思い詰めるから」
「そうだね」

そうやって俺をわかってくれている巽の優しさは、辛い。
ただ心が弾むだけじゃ済まないのは俺がひねくれているからかもしれない。

「巽、好き」
「……」
「すごく好き。ほんとに好き」
「わかったから、さっさと昼食べよう」

近くの椅子を引いてきて巽の向かいに座る。
ふたりでパンを食べながら、窓のほうを見る。

「雨、止んできたな」

巽が小さく言うので頷く。

「午前中はひどかったね。傘持ってないから帰りどうしようかなって思ってたから止んでよかった」

でも、帰りにひどい雨が降っていたら巽は足を止めて、雨が弱くなるまでって時間潰しでも俺と一緒にいてくれたりしたんじゃないかな、なんて少し考えてしまった。
ちょっと残念。

「…友達じゃ、だめだって前に言ってたよな」
「え?」
「耀は俺になにを求めてる?」

なにをって…。

「……“特別”」
「それも変わらないんだ…」
「うん」

俺がずっと巽に求めているのは“特別”。
他の誰かじゃ絶対代われない存在。

「友達だって特別じゃないの?」
「そうだけど…でも違うんだ」

一番は、俺が巽に対して持っている感情がどうやっても友情の域を超えているという事。
たとえ友達になれても、俺はこの感情を持て余して“友達”という枠の中で藻掻くのがわかる。
だから友達じゃだめなんだ。

「黙り込むなよ」
「うん…」
「俺、耀の恋人にはなれないから」
「…うん」
「わかってるならいい」

こうやってはっきり言ってくれるのも優しさ。
パンを一口食べて巽を見るけど、巽は窓の外を見ている。
雨が気になるのかな。
少し明るくなってきたからもう降らなそうな感じ。

どんなに願ったって叶わない事がある。
でも願いたいと思えるものがあるだけでも幸せだと思う…なんて思ってるって知ったら巽はほっとするかも。
叶わないと俺自身が気付いているという事に、きっと安心する。

「巽、好き」
「ん」
「大好き!」
「黙って食べろ」
「さっきは黙り込むなって言ったじゃん」
「今は黙れ」

大好き、巽。
友達でも恋人でもなくても、それでもいい。
ただ好きでいさせて。