◇◆◇



あ、またあの人がいる。

口元が緩みそうになるのを堪える。
隣の心春は緊張で俺の手を握り締めている。

「晃大、私が歯医者怖がってるのがそんなにおかしい?」
「そんな事ないよ」
「そうだよね。晃大は優しいからそんな事思わないよね」

深呼吸をして駅ビルへと足を進めようとしてどこか足が止まろうとしている心春を軽く引っ張るようにして俺も足を進める。

「待って、晃大」
「わかってる」

ほんとはもっとゆっくりあの人の姿を見たい。
いつもなにしてるんだろう。
ファストフード店の窓際の席でぼんやりと外を眺めているあの人。
こっちを見ているように思えるのは絶対自惚れ。
そうだったらどんなに嬉しいか。

「…話してみたいな」
「誰と?」
「秘密」

首を傾げる心春を歯医者の待合室まで連れて行く。
そこからは知らない。
俺が手出しなんてできないし。
名前を呼ばれて悲痛な顔で診察室に入って行く心春に手を振ってぼんやりあの人の事を考える。

心春の歯医者通いの時にいつもあのファストフード店の窓際の席に座っている人。
たぶん高校生の、おとなしそうな感じの男の子…同い年くらいかな。
あの人の事を思い出すだけでどきどきする。
男同士でこんな気持ち、引かれるかな。

「晃大! 次で終わりだって!」

あの人の事を考えていたら、治療が終わって心春が嬉しそうに待合室に戻ってきた。
毎回毎回『いつ終わりますか!?』って大声で聞いてるのが待合室にまで聞こえてきてるっての。
でもそっか、次で終わりか…。
いつも治療が終わってから駅ビルを出てファストフード店のあの席を見てもあの人はもういないから、金曜日の五時頃にいるんだろう。
いや、でも来週はいないかも。
いやいやいるかも。

「来週は予約いつもより早めに取ってよ」
「なんで?」
「たまにはお兄ちゃんのお願い聞いて?」
「…よくわかんないけど、それくらいならいいよ」

心春は珍しく俺のお願いを聞いてくれた。
治療が終わる事がそれだけ嬉しいんだろう。

「晃大、さっさと先帰って。私、買い物して帰るから」
「はいはい」

だったら最初から歯医者自体ひとりで行けよ。
でも心春の歯医者について来たからあの人を見つけられたので感謝してやる。



◇◆◇



「終わったよ、晃大! 終わった!」
「はいはい」

『さっさと先帰って』と言わずにご機嫌で俺に話しかけてくる心春。
こういう時は素直で可愛いんだけどな。

「俺、用あるから」
「わかった」

心春と手を振って別れてファストフード店へ。
今日もあの人はいつもの席に座っている。

緊張で心臓がバクバク言ってる。
怖気づいてそのままファストフード店の前を素通りしたくなるのをぐっと堪えて自動ドアの前に立つ。
スーッと開く自動ドア、ひとつ深呼吸。
ドリンクとポテトを注文してトレーを受け取る。

「よし」

行くぞ。



END