俺を想って

翌週、いつものように待つけれどあのふたりは現れない。
今日はデートじゃないのかな。
彼を見られなかったのは残念だけど仕方ない、帰ろう。
ウーロン茶を飲んで溜め息を吐いたところで駅ビルからふたりが出てきた。
いつものように手は繋いでいない。
嬉しそうになにかを話しかけている彼女に答える彼。

なんだか目の前がぐらぐらしてきた。
俺の想いは届かない。
わかっていたけど、どこかで諦めていなかったのかもしれない。
奇跡なんて起こりっこないって思いながら奇跡を期待する心があったのかもしれない。

「……帰ろう」

椅子から立ち上がろうとしたところで、ふたりが手を振って別れるのが見えた。
ふたりも帰るのか。

ちょうどいい、もうやめよう。
こんな風に彼の姿を見るのもこれを最後にしようと彼の姿を目で追う。

彼はまっすぐ俺のいるファストフード店のほうへと歩いてくるので、この席の前を通ってくれたら近くで見られるかもしれないと胸が高鳴る。
どうしても彼が好きな自分に呆れながら徐々に大きくなる彼の姿をどきどきと見ていたら、彼はそのままこのファストフード店へ入った。
どうしよう、近くの席で空いているところはあるかと周りを見回すと、ちょうど隣のふたり席が空いている。
ここに座ってくれたらすぐそばで時間を過ごせるかもしれない。
脈が速まっていく。
と、そこにトレーを持ったふたり連れが隣のふたり席に座ってしまった。

「あ…」

思わず声が出てしまって慌てて口を押さえる。
他の空いている席、と思ったらかなり離れた場所しか空いていない。
席を移動しようか…怪しいよな。
おとなしく帰れって事か。
小さく溜め息を吐いてウーロン茶を一口飲んでポテトを食べたところで誰かが俺の前に立った。

「……?」

顔を上げるとあの彼だった。

「!!!」

彼が目の前にいる、それだけで心臓がバクバク言い始める。
その彼は真っ赤な顔で俺の向かいの席を指差す。

「こ、ここここっこ…!」
「!?」

なに!?
なにが起こる!?

謎の言葉を発したあとにひとつ咳払いをして彼はもう一度口を開いた。

「…………ここ、空いてますか?」
「………」

なにこれ、夢?
そっと自分の手の甲を抓ってみるけど痛い。

「…あ、空いてないなら、いいです……」
「空いてます! すごく空いてます!!」

彼が背を向けようとするので慌てて答える。
『すごく空いてます』ってなんだ。
彼は『失礼します…』と真っ赤なまま向かいの席に座る。
俺は絶対それ以上に真っ赤だ。
ふたりで無言でドリンクを飲む。
彼のトレーに乗っているのも俺と同じ、ドリンクとポテトだ。

これ、死ぬ前に神様が最期にくれたプレゼントだったらどうしよう…。
そう思いながら上目でちらっと彼を盗み見たら目が合って慌てて視線を逸らす。
最期のプレゼントでもいいや、と思って小さく息を吐く。

「あの!」
「はいっ!」

彼が話しかけてくれて、俺は顔を上げる。
真っ赤な男子高校生ふたりが向かい合ってなにやってるんだろうって周りからは思われてそう。

「俺、山内(やまうち)晃大(こうた)です!」
「き、桐田一也です!」

ぺこりと頭を下げる彼に合わせて俺も頭を下げる。
山内くん…。
彼の名前にどきどきする。

「…変な感じ。毎週見てたのに、初めましてなんだよね」

山内くんが恥ずかしそうに微笑む。
笑顔が優しくて心臓がぎゅっとなる。

「見てた?」

俺が見てたの、バレてたんだろうか。
ストーカーみたいだって苦情を言いに来たんだったらどうしよう。
いや、その割には友好的?

「うん。桐田くん、いつもこの席に座ってるでしょ? 俺、金曜日にそこの駅ビルに用事があって最近毎週来てるんだけど、知ってた?」
「…あ、えっと」

どう答えたらいいんだろう。
知ってると答えたら山内くんを見てたと言っているようなものじゃないか、と思ったらなんとも答えられなかった。
言葉を濁してしまう。

「あ、ごめん! 俺、桐田くんのストーカーとかじゃないからね!? いつもここに座ってるの見てたのはほんとだけど、でもそうじゃなくて…!」
「え、あ…うん」
「……あー、俺なに言ってんだ…」

がしがし頭を掻いて山内くんはテーブルに突っ伏す。
どうしよう。
こんな時ってどうしたらいいんだろう。
ていうか俺がここに座ってるのを見てたってどういう事?

「…………好きなんだ」

テーブルに突っ伏したままのくぐもった声が聞こえてきた。

「は?」

誰が?
誰を?
がばっと顔を上げた山内くんが俺をまっすぐ見る。
顔はまた真っ赤だ。

「俺、桐田くんが好きなんだけど………引く?」
「………え?」

今、『桐田くんが好き』って言った?
桐田くんって誰?
いや、桐田くんって俺じゃん。
俺が好き?
山内くんが?

「あ、引いてる! ごめん、聞かなかった事にして!」
「引いてない! 全然引いてない! だって俺も…!」

またテーブルに突っ伏そうとする山内くんの肩を揺すって止める。
顔が熱い。
触っちゃった。
山内くんは期待のこもった瞳で俺を見つめる。

「……『俺も』って…?」

山内くんは続きを待っている。
俺も、山内くんが好き。
でもそれを言っていいのか。

「…山内くん、彼女はいいの?」

俺の口から出たのは甘い告白ではなく冷めた言葉だった。
夢から覚める事をわざわざ自分からしなくてもいいのに。
でも現実から目を逸らす事はできない。
だって山内くんにはあんなに仲のいい彼女がいる。
ついさっきまで一緒にいたのを俺は知っている。
ぐっと奥歯を噛み締める。

「彼女? いないよ?」
「え?」
「俺が好きなのは桐田くんだけだよ」

当然のようにさらっと言ってから恥ずかしそうに俯く山内くん。
いないって…じゃああれは誰?

「…いつも駅ビルに手を繋いで一緒に入って行く女の子は…?」
「いつも?」
「あっ!」

自分からいつも見てた事バラしちゃった。
慌てて口を押さえる。

「桐田くん、俺の事知ってたの?」
「……知ってたって言うか、見てたって言うか…」
「ほんと!?」
「あ、別にストーカーとじゃそういうんじゃないから!」

俺も山内くんと同じ事を言ってる。
思わず俯いてしまう。

「そっか…桐田くんも俺を見ててくれてたんだ…」

嬉しそうな声に顔を上げると柔らかい笑顔。
すごく綺麗で思わず見惚れてしまう。

「あれ、妹だよ」
「…妹さん?」

それにしては仲良し過ぎないか。

心春(こはる)って言うんだけど、あの駅ビルの中の歯医者に通ってて。あいつ歯医者行くのめちゃくちゃ怖がって小さい頃から俺が手を繋いでやらないとだめなんだ」
「歯医者…」

確かに駅ビル内に歯医者さんが入ってるけど、いくら怖がるからって手を繋いであげるって……優し過ぎる。

「別にシスコンとかブラコンとかじゃないから! ほんとに歯医者に行く時だけなんだ。治療中は放置してるし、帰りはもう晃大なんかさっさと先帰ってくらいの扱いだし。心春も来年高校生になるんだからひとりで行けるようになってもらわないと困るんだけど…」

困り顔で、焦っているのかちょっと早口になる山内くん。
俺は妹さんにもやっとしてしまいそうな自分にびっくりする。
そして妹さんが中三という事にもびっくりする…高校生に見えた。

「でも、今日で治療が終わったからもう大丈夫!」
「え…」

じゃあもう金曜日に駅ビルに来なくなるって事…?
あ、だから今日、妹さんがあんなに嬉しそうにしてたんだ。

「いつも治療が終わって帰る時間には桐田くんいないから、五時頃にここにいるんだろうなって思って今日の予約は治療が五時には終わる時間にしてもらったんだ。桐田くんと話がしたくて」

山内くんは願いが叶ったからか、はにかみながらもすごく嬉しそうで。
温かい気持ちが心から全身を巡っていく。

「あの……さっきの、『俺も』の続き…聞いてもいい?」
「あ…」

すっかり忘れてた。
金曜日に駅ビルに来なくなるからその前に俺に声をかけてくれたんだ…。
なんだろう、これ。
不思議な事ってあるんだ。
接点なんてなにもなくても奇跡って起こるらしい。
いや、だから奇跡なのか。

「………俺も山内くんが、好き…」
「…うわー…」
「え?」

『うわー』ってなに?
山内くんはこれ以上ないほど真っ赤になって俺から目を逸らす。

「…桐田くん、その顔可愛過ぎ」
「!?」

そんな事言われたの小さい頃以来だけど!?
その顔って、山内くんの目に今の俺はどう映ってるの!?

俺もどんどん顔が熱くなってきた。
ふたりでまた無言でドリンクを飲む。

「「あの」」

思い切って声をかけたら重なってしまった。

「桐田くんから」
「ううん。山内くんからどうぞ」
「じゃあ俺から…」

思い切ったように山内くんは口を開く。

「俺のどこが好き!?」
「!?」

俺が聞きたかった事と同じでびっくりすると、山内くんはもしかしてって顔をする。

「桐田くんも?」
「うん…俺なんかのどこが好きなのかなって…」
「『なんか』って言わないで」
「…ごめん」

うわ、くすぐったい。
ふたりで顔をじっと見て、それから笑ってしまう。

「理由かー……ない。ただ桐田くんが好き。一目見た瞬間にすごく気になって、気が付いたら好きになってた。こういうの変かな」

山内くんは笑いながらそう言う。
俺もおかしくて涙が滲んできて目尻を指で拭う。

「ううん、俺も。ただ山内くんが好き」
「お揃いだね」
「うん」

ふたりでたくさん笑って、ちょっと恥ずかしいけど顔をじっと見てみたりする。

あの彼が目の前にいて俺を呼んでくれている。
夢じゃないかって疑ってしまうけど、これは確かに現実。

山内くんも俺もドリンクとポテトがなくなったので店を出た。

「桐田くん、連絡先交換しよう?」
「うん」

スマホを出して連絡先の交換をする。
こんな事、家を出る時の自分に言ったって絶対信じないだろう。
ふたりで並んで歩いていたら、ちょん、と山内くんの手が俺の手に軽く触れた。

「手を繋ぐんだったら桐田くんと繋ぎたいな」
「!!」
「あ、今度こそ引いた!? ごめん、聞かなかった事にして!」
「引いてない! 俺も山内くんと手繋ぎたいから!」

慌てる山内くんの手を俺から握ったら山内くんは耳まで真っ赤になってしまった。
俺も顔が燃えそうに熱い。
でも今離したらやっぱり嫌がってるみたいだから離せない。

「……」
「……」

無言で手を繋いだまま信号待ちをする。
青に変わったので歩き出そうとして足を出すと、同時に足を出す人が隣にいて見上げると山内くんが俺の視線に気付いて笑いかけてくれる。

何度も、俺を想ってくれたら…と願ったけれど、まさかこんな事が起こるなんて思わなかった。
死ぬ前の最期のプレゼントだったらやっぱり嫌だな。
もっともっと山内くんと一緒にいたい。

「ねえ、桐田くん……俺と付き合ってって言ったら、それはさすがに引く…?」
「……全然引かない」
「よかった!」

ほっとしたように息を吐いて、繋いだ俺の手をぎゅっと握る山内くんの手を俺も握り返す。
山内くんの手はちょっと震えていた。
その震えから緊張が感じ取れて、俺もどきどきが止まらなくなる。

神様、ずーっと長生きさせてください。
そして山内くんの笑顔をもっとたくさん見せてください。

「じゃあ桐田くん、さっそく明日デートしよう」
「明日!?」
「うん。だめ?」
「だめじゃない! する!」

俺が力いっぱいで答えると、神様はもう願いを聞いてくれて、山内くんの笑顔をひとつ見せてくれた。