「松下は誕生日来てるからお酒大丈夫だよね?」
「あ、うん…ビールで」
「わかった」

なんで俺の誕生日覚えてんだよ…。

「俺はウーロン茶で」

史也が言う。
片岡はやっぱりスマートにドリンクとつまみ数品を注文する。

「ほんとに別人だから全然わかんなかった」
「松下もすごくかっこよくなったよ」
「そうかな?」
「…ふ」

史也がちょっと笑う。
悪かったな、平均点の顔で。
…片岡はお世辞までうまくなっていた。

「ごめん、電話。出てくる」
「あ、ああ…」

史也がスマホを見て立ち上がる。
マジか。
俺と片岡ふたりにすんのか。
そして個室内に片岡とふたりきりになる。

「ごめん、びっくりさせて」
「ほんとに昔と別人だし、名前聞かなきゃ絶対わかんないよ。いや、まだ信じられない」

ビールを飲みながら言うと、片岡がちょっと笑う。

「いや、そっちじゃなくて、告白のほう」
「っ!?」

忘れようとしてたのに。

「引っ越してから、必死でダイエットして、中学から身長もどんどん伸びて、気が付いたらこんな見た目になってた」

笑う片岡。
優しい笑顔。

「最初は戸惑ったけど、この見た目なら松下に見てもらえるんじゃないかって思って、大学はこっちの学校受けて戻ってきたんだ」
「なんで俺?」
「だって松下、俺が真剣になにかしても笑われるの、ずっとかばってくれて…俺、ほんとにずっと松下が好きだった」
「……」

そんな事もあった。
普段から笑いをとってたから、真剣にやる事も、真剣に頑張った結果失敗したりするのも笑われていた。
自分はそういうキャラだからしょうがないって泣きそうな顔で言うのが可哀想でかばっていた。

「でも、俺男だし、今の片岡なら女子も選び放題じゃないの?」
「そうかもね…でも、俺にはずっと松下だけなんだ」
「………」

どう答えたらいいんだ。
史也、早く戻ってきて。

そこに史也が戻ってきた。

「ごめん、彼女がこれからうちくるって言うから急いで帰んないと」
「えっ!?」
「これ、ウーロン代」

そう言って史也は千円を置いて慌てて個室を出ていった。

「…俺とふたりが嫌だったら、松下も帰ってもいいよ?」
「え?」
「俺の事は気にしないで」

そんな悲しそうな表情で笑うな。
そういう顔されて帰れるやついないだろ。

「いや、久しぶりだし、俺も片岡と飲みたいから」

そう言ってビールをまた一口飲む俺を、片岡はちょっとびっくりした顔で見たあとに嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう…で、早速なんだけど」
「?」
「松下、今彼女いるの?」
「………」

早速過ぎるだろ。
いないけど。
高校ではお情けで付き合ってくれた子はひとりいたけど、それ以降一切そういう相手いないけど!

「…いや、いない」
「よかった…!」

そんな喜ばれても。

「じゃあ、…じゃあ、俺と付き合ってもらえませんか?」
「……だから俺、男なんだけど」
「うん。松下なら男でも女でもいい」
「………」

そんな盲目に好きになるような相手じゃないだろ、俺って。
過去の思い出が美化されて脳みそに焦げ付き過ぎてんじゃないのか。

「…付き合ったって、昔の俺とは違ってがっかりするだけだよ」

小学校卒業から一切連絡をとっていなかった。
その間に片岡が変わったように、俺だって変わってる。
いつまでも“記憶の中の松下”じゃない。

「そんな事絶対ない」

でも片岡ははっきり言い切る。

「なんで言い切れんの」

逆に不安になる。
八年も離れてた相手を、なんでそこまで好きでいられる?

「松下がめちゃくちゃ俺様になってても、暴力振るうような男になってたって、どんな最低なやつになっていたって構わないから」
「は?」
「俺、松下なら全部愛せるよ」
「………」

こんな風に俺を好きになってくれたやつ、今までいないからどう返していいかわからない。
俺は俺様じゃないし、暴力なんて絶対嫌だし、そこまで最低な人間じゃないと自分では思ってる。
でも万が一俺がそういう男でもいいって言えるのって、なんなんだろう。
それが本気で好きって事?

「…考えてみて。返事はいつでもいい」
「うん…あ、でも俺、片岡の連絡先知らない」
「ああ…そっか」

片岡と連絡先を交換して、とりあえず今は飲んで食べる。
……。
楽しい…。
八年も会ってなかったのが嘘のように話が弾む。
小学校の頃に戻ったみたいに笑い合って、でも飲んでるのはふたりともビールで。
気が付いたらもう二時間も飲んでいた。
そろそろ…って店を出て駅に向かう。
寒い。

「…松下はやっぱり松下だね」

片岡がぽつりと言う。

「?」
「俺の気持ちを否定したり、気持ち悪いって笑ったりしない」
「…真剣な気持ちに対してそんな事するわけないだろ」

俺もぽつりと返すと、片岡が俺を見る。

「そんな松下だから、ずっと好きだったんだ」

柔らかい微笑み。
ちょっと頬が赤らんでいる。

「……好きでいてよかった」

本当に幸せそうにそう呟くから、俺は胸が苦しくなる。
なんでか、そうしようと思ったわけでもなく俺の身体が勝手に動いて、片岡の冷えた手を握った。

「……松下?」
「寒いな」

指を絡ませると、手のひらからじんわり温もりが生まれる。
片岡は泣きそうな顔で微笑んで、それからぎゅっと俺の手を握り返した。

「そうだね」

そのままふたりで駅まで歩いた。

………。

アラームの音がする。
もう朝だ。
アラームを止める。

「南央、朝」
「ん…まだねむい」
「遅刻するぞ」

そう言って先にベッドから出ようとすると、南央の腕が俺の腰に回る。

「いかないで…音和」
「……」

仕方ないので、まだ半分眠りの世界でぽやぽやしてる南央の腕の中に戻る。
でも、俺も南央も授業があるのでのんびりはしていられない。

「音和、今日はなんの日か知ってる?」
「一月十日」
「他は?」
「…成人の日の翌日」
「他は?」
「…火曜日」
「他は?」

わざわざ言わせなくてもいいだろ。
ちょっと恥ずかしいから。

「俺と南央が初めて手を繋いでから一年の記念日」

わざと違う答えを言ってみた。

「正解」

…そっちで正解なんだ。

俺を抱き締める南央にそっとキスをすると、南央がふにゃっと笑った。

「音和、可愛い…大好き」

南央と再会してから今日で丸一年。
俺の隣ではいつも南央が笑っている。



END