お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる





すぐ近くでドライヤーの音が聞こえる。
俺はいたたまれなくなって、湯船にもぐりこんだ。

(……もう、もう……なんか、なんかだよ!)

自分の気持ちが全然言語化できない。
自分の家なのに自分の家じゃない感覚。
俺は雑念を追い払うように、
シャンプーを思いきり泡立ててゴシゴシ洗った。



リビングに戻ると、
そこにいたのはおにぃだけだった。

「あれ?りーくんは?」

「もうお前の部屋」

「……そっか」

それだけ答えて、
俺はそのまま踵を返した。
階段を上る足音が、
やけに大きく聞こえる。
自分の部屋のドアを開けると、
布団の上で、りーくんが寝転がっていた。
漫画を片手に、すっかりくつろいでいる。

「真白、お疲れ」

呼ばれて、心臓が小さく跳ねる。

「うん。りーくんもだよ。お疲れ」

「真白んちの布団、めっちゃ気持ちいい。
これ、秒で寝れそう」

りーくんは漫画を閉じて、
急に起き上がった。
そして俺の手をそっとひく。

「真白、一緒に寝よ。なんもしないから。
真白のベッドで寝かせて」

その声は、本当に眠いみたいで
少しくぐもっている。
俺は少しだけ迷ってから、
そっと一緒に布団に入った。

お互いの体温を感じながら、でも触れない距離。
同じ布団の中にいるだけで、
胸の奥がドキドキするのに、
それ以上に、安心している自分がいる。

「……明日、だね」

「うん。明日。真白、手だけ繋いでいい?」

「うん」

「おやすみましろ」

「うん、おやすみ」

それだけ言って、
りーくんは目を閉じた。

すぐに、規則正しい寝息が聞こえてくる。

(……ほんとに、秒じゃん……)

俺は天井を見つめたまま、
その音を子守歌みたいに聞いていた。
緊張して眠れないだろうなと思っていたけれど、
りーくんの寝息につられて、
俺もいつの間にか眠りについていた。




「真白、まーしーろ!」

「……んえ……?」

「真白、受かった」

「そっか、受かった…………受かった??」

俺は慌てて飛び起きた。

「え、な、何?今何時?」

「ただいま朝の10時1分です」

「え?待って!いや、完全に俺が悪いけど、悪いけど!
なんで起こしてくんなかったの?
また独りで合否見たの?」

「独りじゃないじゃん。真白いんじゃん」

「いるよ?いるけど、いるだけじゃん!寝てたじゃん!」

「え、いるだけでよくね?」

「…………」

俺は呆れて言葉を失った。
自分にも、りーくんにも……

「ほら、真白。おめでとうって言って」

りーくんは晴れやかな笑顔で、
両手をひろげて俺を待っている。

「……りーくん……第一志望、合格おめでと!!」

俺は思いきり、りーくんの胸に飛び込んだ。
すると長い腕に抱きしめられ、
りーくんの中にすっぽりと収まる。

その瞬間、
りーくんの首元からは、燈佳みたいな、
すこし幼い子供の匂いがした。
いつもの香水とは違う、りーくん本人の匂い。

(……安心する……)

これからいっぱい喧嘩するかもしれない。
どう足掻いても縮まらない2つの歳の差に、
凹んで押しつぶされそうになるかもしれない。
学校がバラバラになって、俺の知らないりーくんが増えて、
不安で眠れない日が来るかもしれない。
けれど――。

「ほら、真白。外、めっちゃいい天気だよ。
デートしない?」

りーくんが開けた窓から、暖かな春の日差しと
優しい風が入ってきた。

「うん、する。デートしたい!
りーくん、どっか行きたいとこある?」

「実は、真白の好きそうな
ゾンビ映画やってるんだよね」

「マジ?」

「マジ!行く?」

「行く!ねぇ、りーくん」

「ん?」

「大好き!ずっと一緒にいてね」

りーくんは驚いた顔をしたあと、
優しく微笑んでから、
「あたりまえだろ?」と言って、
俺のおでこにキスをした。




fin…………