玄関のドアを開けた瞬間、
ふわっと温かい匂いが鼻をくすぐった。
「おかえりー!」
いつものように玄関まで燈佳が出迎えてくれた。
その後ろから、お母さんがひょこっと顔を出す。
「卒業おめでとう、理人くん!
さあ、入って入って!
今、ご飯できたところだから一緒に食出迎えて
「ただいま」
「おじゃまします!」
リビングに入ると、
食卓には沢山のごちそうが並んでいた。
手巻き寿司に、からあげ。天ぷら。
その中でひときわ浮いている真っ赤なマーボー豆腐。
ぜんぶ、おにぃの好きなものだ。
「おっそ!てめーら待ちなんだよ早くしろ」
「ご、ごめん……」
「お兄ちゃん、せっかちだよね~。あー怖!」
「りひと、おまえ……」
「はーい、怒られないうちに手を洗ってきまーす」
「もうキレてんだよこっちは!」
「食後にチョコレートケーキあるよー」
「ママ、先にケーキ食べたい!」
「燈佳、それはだめでしょ?」
慌ただしい声が飛び交って、
テレビはつけっぱなしで、
いつもの夜と、
今日だけの特別が混ざり合っている。
お腹いっぱい食べて、そのまま部屋に行こうとしたけど、
「みんなで人生ゲームやりたい」と、燈佳が
あまりにもごねるので、1回だけつきあってあげた。
「理人くん、おふろどうぞ。
新しいお湯入れたから、ゆっくりはいってね」
リビングからお母さんの声が聞こえた。
俺は、眠気のピークがきて急に寝おちた燈佳を抱いて
2階に上がっていた。
(りーくんが俺んちの風呂に入るのか……
なんか……なんか……うぅ……)
燈佳をベッドに寝かせて、そっと自分の部屋をのぞく。
(ひいいいい、もう布団ひいてある……)
俺は心臓がバクバク音を立てているのがわかった。
しばらくすると、髪が濡れたままのりーくんが
リビングに入ってきた。
「ましろ~?ドライヤーどこ?」
「あ、こっち。ご案内します……」
「はは、なにそれ」
りーくんはずっと上機嫌だ。
いつにもなくニコニコしている。
(……もう、こっちの気も知らないで……)
俺は脱衣所の鏡の中からドライヤーをだして
りーくんに渡した。
「ありがと」
「うん、じゃあ」
俺がリビングに戻ろうとしたその時、
「真白ー!お父さんもうすぐ帰ってくるって!
先にお風呂入っちゃってー」
2階からお母さんの声が聞こえた。
「えっ……」
「だってさ、ほら、入んなよ」
「な、じゃありーくん一瞬ででってよ」
「やだよ。いーじゃん、もう見たことあるんだし」
「だ、だめ!!それとこれとは違うの!」
「えぇー?」
俺はごねるりーくんを廊下に追い出し、
超特急で服を脱いでお風呂に逃げ込んだ。

