お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる




今日は、3月9日。
りーくんと、おにいの卒業式の日だ。

まだ朝の空気はひんやりしているのに、
日差しだけが、ひと足先に春の顔をしていた。
けれど、歩き出すと頬に当たる風は少し冷たい。
校門の前の桜並木も、枝先は固いままで、
春の準備をしている途中、という顔をしている。

胸の奥が、静かにざわつく。
おめでたい日なのに、
それだけじゃない感情が、いくつも重なっている。

名前の順に並んだ俺は
先頭で制服の袖を引っぱりながら、
校舎のほうを見上げた。

(……もう、今日で終わりか……)

そう思った瞬間、
春の匂いが、ふっと鼻先をかすめた。

体育館の中には、
保護者と在校生が、少しずつ集まり始めていた。

パイプ椅子がきしむ音、
小さな話し声、
スリッパが床をこする音。
空気の奥に、
張り詰めた緊張感が混じっているのがわかる。
卒業式特有の、
おめでたいのに落ち着かない、あの感じ。

1年1組1番の俺は、
在校生席のいちばん前で、
卒業生がはっきり見える位置に座っている。
壇上に並ぶであろう姿を想像して、
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

(ちゃんと、見届けないと……)

そう思うのに、
まだ心の準備が追いついていなかった。
見たいような、見たくないような、
そんな複雑な気持ちのまま、
卒業生入場のアナウンスが鳴った。

(うぅ……緊張する……
自分が卒業するわけじゃないのに……)

そして、入場の曲が響いた。
体育館の2階から、吹奏楽部の後輩たちが生演奏で
卒業生たちを迎えている。
その瞬間、会場の空気が変わった。
保護者も在校生もざわつきがなくなり、
一斉に入口に注目する。
胸にピンクの花のコサージュをつけた卒業生が
次々に入場し、クラスごとに着席していく。

(ぁ……やばい。もう泣きそう……)

りーくんとおにぃは3年8組だから
一番最後に出てくるはずだ。
それまでにすこし落ち着こうと、
俺は何度も何度も深呼吸した。
途中、「朝比奈くん、大丈夫?」と、横の
女子に心配されるほどだ。

そして俺の前におにぃが、続いてりーくんが
通りすぎていく。
ふたりとも前だけを向いて、堂々と歩いていて
目なんて全然合わなかった。

卒業式は式次第どおり、淡々と進んでいく。
校歌斉唱、卒業証書授与、校長式辞……
正直、校長先生の話は少し長くて、
俺の意識はところどころ飛んでいたけど、
2年生の在校生送辞は、
今までの思い出が一気に呼び起されてちょっとだけ
泣きそうになった。

そして、 卒業生答辞。

(……もうギリギリだから、
あんまり感動させないで~)

なんて心の中で思っていたら、

「卒業生答辞。生徒代表、朝比奈夏樹」

は?
はぁ??
はぁぁぁぁぁあ?

(……あんにゃろう、またかよ!クソ兄貴!!)