お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる




思わず、俺はりーくんのTシャツを掴む指に力が入った。

「一時期、ばあちゃん家に避難したりもしたんだけど。
でも親父の仕事がだんだん軌道に乗り出して、
家庭も“うまく回ってる風”になったから……
俺も家に戻った。実は、今日もコンサートで
名古屋行ってる」

りーくんは淡々と話しているのに、
その言葉のひとつひとつが胸の奥で重たく響く。

「でも、小4くらいの時かな?
コンクール目指すのは、もうやめるって
父親に言った。もう父親もなんも言わなかった」

そこで初めて、ほんの少しだけ笑った。

「今は、指がなまらない程度に好きな曲を弾くくらい。
ピアノは……趣味でいいかなって。
それよりサッカーの方が楽しかったし。
真白も、夏樹もいたしね」

俺は何も言えなくなって、
思わず、りーくんの背中に思いっきり抱きついた。

「ははっ。慰めてくれてるの?」

声はいつもの調子なのに、どこか照れてるのがわかる。
俺は背中に額を寄せたまま、
「まあ俺、サッカー行ってたけど、学年ちがうから、
りーくんのこと全然認識してなかったけどね」

りーくんが「ほう?」みたいに
顎を上げる気配がする。

「俺は真白の事知ってたよ。
“めっちゃ可愛い子いる”って」

風の音が止まった気がした。

「まさかそれがさ~、
クソ生意気で、偉そうな夏樹の弟なんて
ありえんって思ったけど」

「ははは、りーくん、やっぱひでーな」

2人の笑い声が、そのまま夜の空気に溶けていく。
さっきまで締め付けられていた胸の奥が、
今はただくすぐったい。
その時だった。
どこかの家から、
夕飯のカレーの匂いが風に乗って流れてくる。
それに反応して、真白は空腹を呼び起された。


「……ちょっと話、逸れたけどさ」

りーくんの声の温度がゆっくり現実へ戻っていく。

「俺、親父を見てたからさ。不安定な職業には
絶対つきたくないって思ったんだよね」

俺は背中にしがみついたまま、ただ耳を澄ます。

「中学に入って、自分が数字に強いってのがわかって。
とにかく“食いっぱぐれのない安定した職業”に
就きたいなって思って、いろいろ調べたらさ。
自分に一番合ってそうだなって思ったのが、
公認会計士だったんだよ」

自転車のライトが、道路に細い光の帯をつくる。

「だから俺は、それに強い大学を目指してる。
正直、資格の難易度もめちゃくちゃ高いし、
大学だって行けるとこなら一番上……
っていうか、就職に強いところに行きたい」

少しうつむいた気配のあと、
本音がぽろりと落ちる。

「だからさ。今日のこの“芸術発表会”を境に、
来月から塾を増やすことにした」

背中越しに伝わる鼓動が少し早くなった。

「行きはもちろん一緒に行くけど……
正直、帰りは塾の時間が増える。
夏休みも、たぶん夏季講習とか
入ってくるだろうし……
今みたいに頻繁には会えなくなるかもしれない」