俺らは、長すぎるキスのあと、映画をみる
約束していたことを思い出しリビングへ降りた。
「映画、タイトルなんだった?」
りーくんはしれっと肩を抱いて、
当たり前にぴったりとくっついてくる。
ほんとは俺の部屋で、
小さなスマホの画面で映画を見る予定だったのに――。
朝比奈家のテレビの2倍くらいありそうな画面で、
これまた座り心地抜群の皮張りのソファに座り、
目の前には高級オレンジジュース。
俺はもう映画館にいる気分だった。
2人でずっと観たかった映画を見て、
気づけば外はすっかり夜になっていた。
「家まで送ってく。自転車あるし、2ケツしよ」
(また、そんなハードルの高いことをあっさり言う……)
俺は断るのも変に思えてきて、
素直に甘えることにした。
玄関を出ると、夏の湿気がまとわりついてくる。
空は雨を降らせるのかどうか、
迷っているみたいな空気をしてる。
りーくんの自転車の後ろに乗りながら、
俺は背中越しの体温に触れ、そっと幸せを噛みしめる。
「そういえばりーくんの親、2人ともいなかったけど
仕事なの?」
「あー、ね。そう、仕事。真白、夏樹からなんか親の事
聞いてない?」
めずらしく歯切れの悪い声が返ってきて、
聞いてはいけないことだったのかと、ちょっと焦る。
「聞いてないよ。あ、でも、あいつんち色々あるから
って言ってた気がする」
「色々かー。まぁ色々かもな。
父親のことも聞いてない?」
「うん。なんにも」
「そっか。俺の父親、ピアニストなんだよね」
「…………え、っはぁ?そうなの?」
「そうそう。スマホで調べてみ?東條卓也って入れたら
すぐででくるから」
「……うん」
(だから家にあんなグランドピアノがあったんだ……)
俺は自転車の後ろでバランスをとりながら
スマホを慎重に取り出し、検索した。
「と、うじょう、たく、や?」
「そう」
スマホの画面が読み込まれた瞬間、
びっしり並んだコンサート写真と記事、
演奏動画のサムネイルが一斉に溢れ出した。
「……うそでしょ。めっちゃ有名人じゃん……」
声に出したつもりなかったのに、勝手に漏れた。
「でしょ?今はそこそこ売れてるからいいんだけど、
昔はなかなか厳しい時もあったみたいで、
大学で教えながら、オーディション受けてたらしい」
「そうなんだ」
自然とそう返すと、背中越しに彼の肩がほんの少しだけ揺れた。
「俺がピアノ弾けるのも、その影響。
当たり前だけど……
父親は俺にピアノをやらせたかったんだよね。
俺もそれが普通だと思ってたから、
小さい頃は何も疑わず弾いてた」
少し間があいて、彼はぽつりと続けた。
「――でも、どうにも面白くなかったんだよね」
俺は黙ってうなずく。
“好きじゃないものを続ける”苦しさなら、
少しはわかる気がした。
「そういうのって、態度に出るんだよな。
ある程度は弾けるようになったけど、
一線越えるところまでは伸びない。
父親には、それが気に食わなかったみたいでさ」
風を切る音の奥で、りーくんの声が静かに響いた。
「まあ……当たり散らされるよね。
うちは母が父親にべったりだからな。
息子より父親の味方だし。
家ん中に誰も味方がいなかった」

