置いていかれないように、
俺は慌ててりーくんの後をついていった。
ゆるくカーブを描く階段は、
見上げるだけで胸がそわそわする。
曲がりきった先には、扉が四つ。
ホテルみたいに無駄がなくて、
廊下の先のスリット窓から
優しい光が差し込んでいる。
りーくんは迷うことなく、いちばん奥の扉を開けた。
「どうぞ」
振り返った顔が、少しだけ柔らかい。
「……あ、ありがとうございます」
「はは。なんで敬語?」
その笑顔は、さっきまでとは違う。
いつもの、俺が知ってる優しいりーくんの顔だった。
(りーくん部屋、緊張する……)
部屋の扉をくぐった瞬間、
ふわっと鼻先をくすぐる匂いがあった。
いつもすれ違うたびに胸がざわつく、
あの少しエロくて甘い匂いが
空気全体に薄く漂っている。
部屋の中は、廊下と同じく大きな窓から
優しい光が差し込んでいて、
白とグレーを基調にしたシンプルで整った空間だった。
余計なものがひとつもなくて、
いかにもりーくんらしいと思わせる
上品なオシャレさが、さりげなく全部に滲んでいる。
俺は靴下のまま一歩進んだけど、
床がつやつやしていて
足音まで吸い込まれそうな静けさだった。
思わずスリッパとか履かなくていいのか?
と不安になる。
(いつもどこかが騒がしいうちとは違う……)
ドキドキが落ち着くどころか
さっきよりずっと大きくなっていく。
「ごめんね、ソファなくて。そこらへんでも、
ベッドの上でも適当に座って」
「う、うん……」
「自分の部屋では、勉強か寝るしかしないからさ。
くつろぐスペース、全然なくて申し訳ないけど」
「そ、そんなの全然いいよ。床で……」
うまく言えなくて、声が裏返りそうになる。
緊張してるのが自分でわかって、余計に恥ずかしい。
「飲み物持ってくるから、適当に座って待ってて」
「……はい」
返事をした瞬間、またりーくんが笑った。
「だからなんで敬語?」
その言い方が優しくて、
余裕があって……
りーくんはそのまま軽い足取りで部屋を出ていった。
俺はそっとベッドの横に腰を下ろし、
背中をベッドに預けて床に座った。
緊張がまだ残っていて、膝のあたりが落ち着かない。
ゆっくり視線を巡らせる。
(……ほんとに、これ、高校生男子の部屋なん?)
おにぃは外では完璧な王子演じてるけど、
家の中ではけっこう適当で、
部屋も参考書や洋服が散らばってたりする。
物が少ないからごちゃごちゃには見えないけど、
机の上はまあまあ“生活感”が出てる。
でも、りーくんの部屋は違う。
散らかっていないどころじゃなく、
迷いがないというか、
“整っている”って言葉が似合う空気がある。
机の上も、参考書一冊とペン立てしか出ていない。
棚も、必要なものだけが静かに並んでいて、
装飾品みたいな無駄は一切ない。
そして、意外と本がある。
(……やば。
俺の部屋のぬいぐるみ達、今日から封印しよ……
いや、むしろ燃やしたい……)
心の中で静かに叫びながら、
部屋の清潔さと大人っぽさに圧倒されて、
胸の奥に言いようのない緊張が静かに積もっていく。
その時、コン、と小さくノックの音がして、
りーくんが手にトレーを持って部屋に戻ってきた。

