お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる





「キャーーッ!」
「なつりひでしょ絶対!!」
「いや違うって!りひなつだから!!」

声がデカい。
耳に入れたくなくても勝手に入ってくる。

(……なつりひ?
 ……りひなつ?
 なにその呪文……?)

首をかしげていると、さらにヒートアップ。

「どっちでもいけるよ!キャーーーー!!」

(いやだから何がどう“いける”ん……?)

「てか二人尊すぎ!!」

(……余計わからん……)

俺の頭の中にハテナが量産されていると、
隣で加藤がひそひそ声で近づいてきた。

「なあ朝比奈……お前知らんの?
 三年の東條先輩とお前の兄ちゃん、
 BL疑惑が出てんだとよ」

「……え?」

「イケメン二人なのに彼女いないし、
 浮いた噂も全くないし、
 しかも仲良すぎるから……
 “そういう関係なんじゃ?”って
 一部の女子が騒いでんだと」

(………………は?)

前の席で小田が振り向く。

「え?びーえる?
 ビューティフルライフ的ななにか?」

「違うわバカ、小田」
加藤がため息をつく。

「なつりひってのは、お前の兄ちゃんが“攻め”で
 東條先輩が“受け”。
 で、逆のりひなつは、東條先輩が攻めで
 お前の兄ちゃんが受け……って意味らしい」

「……は?攻め?受け?なにそれ」

「お前ほんっと何も知らねえな」

加藤が誇らしげに胸を張った。

「俺は姉ちゃんが腐女子だからな。
 BL界には詳しいんだよ」

「ふ、ふーん……?」

小田は完全に“???”を頭に飛ばしまくっていた。

……でも、俺は。
――意味が、わかってしまった。

(……っ……は……はぁぁぁぁ!?
 いやいやいや待って待って無理!!)

胸の奥で、何かがドクンと跳ね上がる。

(りーくんが……“受け”で……
 おにぃが……攻め……?
 いや意味わからん!!なんでだよ!!)

思考が爆発寸前だった。




(……なつりひ、りひなつ……いや、
言いたいことはわかる。でも処理できんのよ……)

あの理解不能な単語たちが、
頭の中をぐるぐる、ぐるぐる回り続けたまま
ホームルームが終わった。

(……はあ……もう、なんなんそれ……)

全然落ち着かないまま
いつも通り靴箱へ向かおうとしていた、
そのときだった。

反対側の廊下から、
わらわらと三年の集団が歩いてくるのが見えた。
その中心にはいつもどおり、おにぃとりーくんがいる。

「ねえ見て!やば……!」
「ほらほら、あの二人……絶対できてるよ……!」
「眼福……尊……」
「お似合いすぎる……ヘタな女より全然許せる」

後ろの女子たちの声が、
もはや爆音レベルで耳に刺さってくる。

(……やめて……聞きたくない……)

視線を向けたら――。
りーくんとおにぃが、
肩を組んで笑っていた。
いつもと変わらないはずの光景。
……なのに。

(……ん?……え、なんか……ムッとする……)

胸の奥が、ぐり、と小さく捻られたみたいに痛む。

(……いやいやいや、ちょっと、無理。
 無理無理無理……)

胸のざわつきが、一気に濃くなる。

(りーくんの彼氏……俺なんだけど!?)

思わず心の中で叫んだ。
でも声には出ない。
出せない。
ただその場に立ち尽くして、
胸のモヤモヤに飲まれるしかなかった。